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放送文化基金賞

テレビエンターテインメント選考記

頑張ろう!エンタメ
堀川とんこう

 今年のエンターテインメント部門は、全体的に生真面目、おとなしいものが多かった。東アジアの緊張、改憲、共謀罪などなど世相がシリアスであることを忖度した?まさか。エンタメはそうであってはいけない。忖度、自粛の壁を打破して、存分に自由でなければならない。硬直したモラルや秩序を攪乱して、よどんだ文化を活性化する役割を担うのはエンターテインメントだから。
 大笑いできる番組はなかったのだが、抜群という評価で皆が一致したのは、『寅さん、何考えていたの?渥美清・心の旅路』である。このタイトル、凄いと思いませんか。あの寅さんに「あなたが何を考えていたかわからない」といってる。あのわかり易いはずの寅さんに対して。
「赤とんぼ じっとしたまま 明日どうする」
「蟹 悪さしたように生き」
 渥美清が残した俳句だという。渥美さんは、お調子者、おっちょこちょい、日本一わかり易い寅さんを演じながら、こういう俳句を作っていた。自由律ながら鋭い言葉。心の屈折と闇。 「着ぶくれた乞食 じっと見ているプール」
 いい番組に出会えた。

知っているつもりと知らないこと
伊奈かっぺい

 誰もが知っているつもりのヒトや誰もが知っているつもりのコト。ところが実はね…と思いもよらぬ方向へ案内をしてくれる。そんな表現や流れに巻きこまれるのが好きだ。
『寅さん、何考えていたの?渥美清・心の旅路』―映画の中での寅さんと、それを演じている渥美清さんとのギャップ。それを自作の俳句と重ねて“知っているつもり”に迫ってくる挑発にも似た構成の楽しさ。
 『古舘トーキングヒストリー〜忠臣蔵、吉良邸討ち入り完全実況〜』―これまた誰もが知っているつもりの“忠臣蔵”に異論と反論と新解釈のような説を綯い交ぜ、時代劇の実況中継とは畏れ入る楽しさの連続。最優秀賞作品を一本に絞らなければならないとは。この際、二作品に最優秀をと思った私だった。
 知っているつもりの驚きと思いもよらなかった事を知らされる驚き。
 『天空のお花畑 大雪山“小さな賢者”の物語』映像の美しさに加え、思い及んだ事すらなかった高山植物の知恵と工夫とも言えるような現実に新鮮な驚きと感動を覚えた。
 「ああ、ずっと観ていて良かった」と、思わせてくれるのがエンターテインメント番組なのだと今も信じて。

震災をモチーフにしながら未来を描き、見る人を元気にする
豊﨑由美

 撮影初動は、あの震災からわずか一ヵ月後。熊本県益城町の中学校に通う三年生の子らの泣き笑いを、半年間追いかけた『15歳 私たちが見つけたもの〜熊本地震 3年3組の半年〜』に惹きつけられました。震災後、家族のことや家のこと、仕事のこと、生活のことでシビアな立場に立たされる大人ではなく、大きな変化に遭うことを余儀なくされても、自分自身ではほとんど何も決定できない子供に視線を注いだことで、むしろ、「何があっても人生は続く」「どんな目に遭おうとも“成長”は決して止まらない」という真理が際立つ内容になっていると感じ入ります。このドキュメンタリーで描かれているのは未来、そう思って熱烈推薦しました。
 でも、一方で「テレビエンターテインメント番組部門」の審査に携わる一員として、毎年のように思うのは、もっとエンタメど真ん中の応募作が増えてほしいということ。一個人の例にすぎませんが、わたしが自宅で毎回楽しみに視聴している『月曜から夜ふかし』『ゴッドタン』『今夜くらべてみました』『マツコ会議』のような番組についても、他の審査員の皆さんと意見を交わしてみたいなあ。来年は是非ぜひぜひ!

選外にも優れた番組が目白押し
丹羽美之

 奨励賞のETV特集『15歳 私たちが見つけたもの〜熊本地震 3年3組の半年〜』(NHK熊本)は、倒壊した家屋とピアノを練習する少女をワンカット長回しで収めたオープニングショットに一瞬で心を奪われた。震災を経験した中学生の戸惑いや小さな成長を見つめる細やかな眼差しが素晴らしい。ただし、本来、この番組はエンターテインメント部門ではなく、ドキュメンタリー部門にエントリーすべきだったのではないか。
 他の入賞番組については、別の委員の講評に譲り、ここではあえて選外の優れた番組にも触れておきたい。『ご本、出しときますね 超人気小説家大集合SP』(BSジャパン)は、今回の選考で最も大笑いした番組だ。西加奈子・綿矢りさ・村田沙耶香・朝井リョウら若手人気作家と「読書芸人」のオードリー・若林正恭による軽妙なトークで、魅惑的な読書の世界へ誘う。本好きも、本が苦手な人も、楽しみながら奥へ奥へと入っていけた。
 『世界ふしぎ発見!30周年スペシャル』(テレビマンユニオン)は、レギュラー番組として30年間ぶれることなく、「へぇー」と驚く世界の不思議を紹介し続けてきたことにまずは感嘆する。30周年を迎え、いわゆる総集編ではなく、未来を変える冒険者に注目して新作を制作したのもこの番組らしい。見たことのない世界を見せることこそ、テレビ・エンターテインメントの原点なのだと改めて教えてくれた。

迷いに迷った、その結果。
水島久光

 テレビエンターテインメント部門には様々なジャンルの番組の応募がある。その幅広さに、何をもって「優れた番組」と言うか迷いに迷った。結果、開き直った。「心が揺さぶられたもの」—まずは感性の声に耳を澄まそうと。迷いが消えたきっかけは『寅さん、何考えていたの?渥美清・心の旅路』である。圧縮された俳句表現を通じて「寅さん」というファンタジーと「渥美清」という現実の往還を静かに描く構成は、美しく懐かしい映像と相俟って、まさに心に沁みた。美しいと言えば『天空のお花畑』である。しかしそれは最新の4kカメラや映像技術だけで演出されたものではない。高原の花々や虫たちが「官能的」にすら映った要因は壇蜜を起用したキャスティングの妙にある。
 『忠臣蔵、吉良邸討ち入り完全実況』も、古舘節がゲーム感覚の画面構成を引っ張り、磯田道史のマニアックな歴史解釈を絶妙にアレンジしきった。やっぱりエンタテインメントの発展には、新たな表現の発明が必要だ。最後まで迷ったのは、『15歳 私たちが見つけたもの』である。本来ドキュメンタリーとして評価して欲しい作品である。しかしオープニング・シーンを思い返したとき、迷いは飛んだ。瓦礫が積み重なる街角。雨音に少しずつピアノの音色が混ざる—あ、これはエンターテインメントだ。そう思った。楽しいばかりがエンターテインメントじゃない。