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読む・楽しむ 放送文化基金賞特集
放送文化基金賞の受賞者へのインタビュー、対談、寄稿文などを掲載します。

2016年9月26日
第42回放送文化基金賞

対談

テレビドキュメンタリー番組 [最優秀賞&企画賞]

明暗の逆転を可能にした作り手の力

小山田 文泰×吉田 喜重

 『第30回民教協スペシャル しあわせ食堂 笑顔と孤独と優しさと』(青森放送)がテレビドキュメンタリー部門の最優秀賞を受賞、小山田文泰ディレクターは企画賞を受賞した。贈呈式の翌日、吉田喜重委員長が小山田さんに話をきいた。

『しあわせ食堂 笑顔と孤独と優しさと』
  青森市浅虫の医師・石木基夫先生は、「一日一食でも高齢者にバランスの取れた食事を」と、2003年に「浅めし食堂」を立ち上げた。食堂はその健康長寿ランチが人気を集め、次第に地域の高齢者に受け入れられていった。
 1918年(大正7年)生まれの阿部シゲさんは「浅めし食堂」の常連客だ。長く仙台で暮らしたシゲさんが内縁の夫と死に別れ、生まれ故郷の浅虫に戻ってきたのは79歳の時。アパートで一人暮らしを始めたシゲさんは、知人も少なく、賑やかな食卓に飢えていた。そんな時「浅めし食堂」がオープンしたのだ。
 2013年、「浅めし食堂」は高齢者施設の中に移転し、入居者の三度の食事も出すことになった。石木先生に勧められ、シゲさんはこの食堂のある施設に引っ越した。若い頃から苦労を重ねてきたシゲさんは、97歳になる今、ここに自分の居場所を見つけた。
 番組では、高齢者の健康を守ろうという小さな食堂の挑戦から、「幸せな老後」とは何かを探る。

小山田 文泰さん(おやまだ ふみやす)
青森放送テレビ編成制作局
テレビ制作部部長

吉田 喜重さん(よしだ よししげ)
テレビドキュメンタリー番組審査委員長

吉田

 テレビドキュメンタリー部門の最優秀賞受賞おめでとうございます。あらためてお祝い申し上げます。

小山田

 ありがとうございます。

吉田

 昨日行われた贈呈式では、受賞された作品が大きなスクリーンに映しだされ、受賞された方々がその前で盾を受け取られました。テレビドキュメンタリー部門では5作品の受賞作品があるのですが、例年、災害や戦争といった悲劇的な暗いテーマが選ばれるケースが多いのです。今年も戦争関連の番組が2本、東日本大震災、神戸・淡路大震災がそれぞれ1本ずつ、計4作品が重い暗いテーマでした。会場の皆さんも緊張してドキュメンタリーの重さをかみしめていたことと思います。そして最後に最優秀賞に選ばれた『しあわせ食堂 笑顔と孤独と優しさと』がスクリーンに映し出されたとき、このタイトル通りに、会場の皆さんが何かほっとしたというか、豊かな気持ちになったという印象を、私は感じ取ることができました。しかし、実はこのドキュメンタリー作品も暗いテーマなのです。高齢化し過疎化した青森市の浅虫地区。大抵の場合、ドキュメンタリーは暗い部分を追うことが使命かのように撮りますが、この番組はそういった暗さを吹き飛ばすような明るさに充ちあふれている。今日は是非、何故そのように表現することができたのか、そのことを是非伺いたいと思っています。まず、この番組を制作するきっかけは何だったのかお話しください。

小山田

 浅虫温泉は、かつて栄えていた場所ですので、その賑わいを知っている人からすると、現在はかなりさびしくなってきているのは事実です。そこに帰ってきた石木先生というお医者さんがホーム介護、在宅医療をやっていく中で、高齢者の人たちの食の貧しさというのを感じ、また地元を何とかしたいという思いから小さな食堂をつくりました。
 私はこれを人が繋がる空間の話だと思ったのです。食堂で働いている人たちも地域の主婦の皆さんが調理師免許を取ってやっている。地域でできる力を持ち寄って、あの場所を作っていく、育んでいくようなことが見られたんですね。それは、やって来る高齢者の人たちもその一員であると思いました。どうしても一人暮らしをされていると社会からの繋がりというのは希薄になっていきますが、あの空間が社会と繋がれる場所。食べて、会話をして笑顔になれるという空間を描こうと思ったのが最初のきっかけですね。皆で持ち寄った力でなんとかしていこうという、その様を撮っていきたいなと。

吉田

 このドキュメンタリーを拝見していて、長い期間をかけて撮っているというのが分かります。「浅めし食堂」が作られたのは10年以上前ですが、その頃から企画されていたのですか?

小山田

 食堂が出来たということは知っていて、情報番組やラジオなどで何回か紹介することはあったのですが、その頃、私は関わっていなかったので、具体的には考えていませんでした。面白そうだなとは思っていましたが。2011年に津軽半島の限界集落の人々を描いたドキュメンタリーを第25回民教協スペシャルで放送しました。70数人しか住んでいないところで、しかも50歳以上しかいなく、子どもがいない。10分ぐらいで全部歩けてしまえるぐらいの集落です。その時に地域を愛して生活しているお年寄りのひとりひとりにお話を聞いていくと、番組がつくれるということを肌で感じました。その放送が終わったあとに、「浅めし食堂」の話をやってみたいと思いました。

地元に根ざした取材が明暗の逆転を可能にした

吉田

 民放にはスポンサーが必要ですが、暗い話、悲しい話にはスポンサーになりたくないと考えるのは、残念ながら当然のことです。私自身もこのコンクールの審査に長年かかわってきて、民放でドキュメンタリーをつくるのは至難の業であるということを、たえず感じています。この番組はどのようにしてつくられたのですか?

小山田

 ローカルでドキュメンタリー番組を手掛けることはやはり難しくなっていますね。私たちが出来る手法としては、日々の情報ワイドやニュースの特集枠で積み重ねて行くことだと思っています。『しあわせ食堂』もローカルの10分枠位の放送を2回しました。そうした中で、ドキュメンタリー番組として成立するかどうかの感触を確かめながら制作しています。
 でも、逆の捉え方をしますと、ローカルで番組制作を続けられることは、贅沢なことだと思っています。ローカルだからこそ、長いスパンでひとりひとりと向き合っていける。そういう深度はローカルにへばりついている私たちの方が東京キー局より圧倒的に有利だと思っていますし、ローカル局の強みだと思っています。だから、それを活かすような番組をつくっていくのが私たちの仕事なのかなとも思っています。

吉田

 地元に根ざした取材という意味では、小山田さんご自身も青森の出身です。そういう地元同士ということが、このドキュメンタリーの被写体になっておられる地元の方々を安心させ、心を開いて応答されているのが映像をとおして心地良く感じられるのでしょう。
 制作者として、街や社会のささやかではあるが、様ざまな矛盾を長い期間見続けてきたからこそ、こうした暗いテーマであってもこのように開放的に楽しく見せてくれている。それが思わぬ明暗の逆転を可能にした理由です。

突然訪れた訃報

吉田

 この番組の大きなテーマのひとつは、石木先生という方が10年以上前に病院を設立、その時に患者以外の人たちも自由に利用できる食堂をつくられたことです。広く街の人たちとコミュニケーションをとりながら、ただ病院としてだけではなくて、高齢化社会を見据えて、日々の食事をとおして医師として、一市民として向き合うことを考えるという、先見の明がおありだった。

小山田

 取材をしていくと、お年寄りの方々が自分が生まれたところに対して誇りや愛着を非常に持たれているのが分かります。先生もそのひとりであると思います。お父様が地元のお医者さまで、高齢になられたのでそれを継ぐために戻ってこられたんですけれども、戻ってきた時に、地元の現状を見て、「あっ、これじゃいかん」ということで、いろんな事を石木先生は始められました。やはり地元に対する思いというのは、すごくにじみでていると思いますし、浅虫にとどまらず、地域で困っている人たちに手を差し伸べるということを一所懸命やっている先生で、またその奥さんの公子さんもそういう気持ちを強くもっていました。この二人だったからこそ、食堂を立ち上げられたのではないかと思っています。

吉田

 いま石木病院長の奥さまの話が出ましたが、この番組のなかでひとつだけ非常に暗い話がにわかに出てくる。それは地区の人たちに自由に解放された食堂を発想し、それを十数年支えてきた石木先生の奥さまが、突然ガンで亡くなってしまう。作品の大半は、奥さんが生き生きと活動されている姿ですが、突然この訃報が伝えられたとき、視聴者にとっては衝撃的でしたね。

小山田

 そうですね。実は亡くなる半年ほど前から、取材に伺ってもあまり姿を見かけなくなっていました。やつれた感じがしていたので体調が悪そうだなとは思っていましたが、訃報を聞いた時は本当にびっくりしました。治療に専念することなくご自身の病を受け入れた事を知るのですが、もう少し奥さんに話を聞きたかった、というのが今の私の気持ちです。とにかくあまりにも突然でした。

吉田

 この衝撃的な出来事が周りの人たちをいっそう強くして、また余計に明るく見せてくれているのかもしれません。

故郷を想う気持ちを表現

吉田

 もうひとつ、このドキュメンタリーの表現のありようとして、この作品は大変心地よく、見やすいという印象を抱く視聴者が多いと思われます。登場人物も明るく捉えている。さらに映像そのものも解放感があり、なにか心地よく見られてしまう。
 おそらくその理由のひとつとして、テレビドキュメンタリーではよく使われる表現手法ですが、「定点観測」といって、あらかじめある特定の場所の風景を決めておき、春、夏、秋、冬の四季折折の風景を撮影し、それをドキュメンタリー作品にモンタージュすることによって、おのずから時間経過を示してゆく。今回は浅虫海岸の沖に「湯の島」という小さな島があり、それを定点観測しながらドキュメンタリーを視聴者に見せてゆく。それがこの作品ではとても心地よく感じられました。これは小山田さんの発想だったのですか。

小山田

 例えば、東京に住んでいて青森に帰る。帰ったときに、故郷に帰ってきたなぁと思う風景がそれぞれにあると思うんですね。それが、津軽の人だったら岩木山であろうし、浅虫の人であれば湯の島であろうと。故郷を想う気持ちというものを、表現できたらいいなと思いました。地域の風景を織り込むということは、そこで生活してきている人たちの想い、その人たちが吸ってきた空気の感じ、あたたかさ、匂いとか、そういうものを含んでいくものだと思っています。
 阿部シゲさんが、お散歩しながら花を摘んで歩くというシーンがありましたが、地域に咲いている大したことないといえば大したことないお花なんですが、それを非常に愛おしく思っている。それを追いかけて行って、シゲさんが花を摘んでいる、それを飾ってうれしいなと思う気持ちを番組に込めていく。それがおそらく明るいという風におっしゃっていただきましたけれども、重いテーマをそういう風に見ていただけた要因のひとつではないかと思います。

吉田

 普通は被写体になっていただいている登場人物を撮るときに、作り手側がそこに自分の作為を過剰に出し過ぎ、「こういうふうにやってください」「こういう表情をしてください」と誘導するようなことがよく見受けられる。しかし、今回はそうした意図がまったく感じられなかった。被写体となっている高齢者の方たちが、皆さん自然体で、そこにカメラがある、撮られているということすら忘れて、映し出されている。カメラがある、撮られているということすら忘れて、ご自身の自由な姿、行動といったもの、花を摘んだり、食事をしたり、会話をしている。それがこの作品の大きな魅力となっており、このドキュメンタリーを支えていると思うのですが、どのような努力をされたのですか。

小山田

 日々の生活を撮影しようと思うと、その方との距離感が大事になってきます。いきなり行ってもそういうことは成立しないので、やはり歳月をかけて、その人と話をしてという感じですね。時にはカメラも持たずに行って、話して、一緒にご飯を食べて帰るということもありました。そういうことを繰り返していました。それが信頼関係に繋がっていくので。
 ご高齢の方々は携帯電話をお持ちでないというのもあってですね、基本的に取材に行くときはアポイントを取らないんですよ。おじいちゃん、おばあちゃんのペースに合わせるといいますか、出てきたら、「どこに何しにいくんですか。一緒に付いて行ってもいいですか。」というスタンスで撮影をさせていただいていました。それがごくごく自然な姿として記録されていったんだと思います。

彼女の幸せが視聴者にも届いた

吉田

 高齢者のなかで、主要な役割を果たしている阿部シゲさんは、もう90歳を超えられている。一時は故郷の浅虫から離れていた時期があったようですが、年を取られてから帰ってこられた。このドキュメンタリーでは最長老の方ですが、かぎりなく明るく振る舞っておられる。それは阿部さんのキャラクターであるにしても、その明るさを自然な姿で捉えられているのは、それは作り手側の力だと思えてなりません。

小山田

 阿部さんのやさしさを微笑ましく見られることのひとつに、私はあまり描いてはいないのですが、阿部さんが歩んできた人生がとても大変だっただろうということが想像できるのだと思います。彼女が歩んできた人生の中で今のこの時間が愛おしく、彼女自身が幸せに思えていることが視聴者にも届いたのではないでしょうか。

吉田

 いまお話しいただいたなかに、この作品が成功した鍵があると思います。多くのドキュメンタリー作品の場合、思わず阿部さんが高齢になって、どうして故郷に帰ってこられたのですか?とか、質問したくなります。しかし、そうした詮索をすることなく、いま映し出されている阿部さんの日常の行動、その表情だけを追ってそれ以外のことには触れようとはしない。この被写体である人間とのあいだに、「すがすがしい」とでも表現したくなるような節度がこの作品を支えているように思えてなりません。
 今回のコンクールの最優秀賞を『しあわせ食堂 笑顔と孤独と優しさと』に贈ることができ、審査に当たった私たちもまた、「しあわせ」な気持ちになれたことを、感謝したいと思います。

小山田

 昨日のあいさつのときにもお話させていただいたんですけれども、地方から何かを発信したいという気持ちで制作していまして、「青森からあなたへ」という思いを先輩から受け継いだので、そういう思いでこれからも良い番組をこころを込めて作っていければなと思っております。
 ありがとうございました。

プロフィール

小山田 文泰 さん (おやまだ ふみやす)
青森放送テレビ編成制作局テレビ制作部部長
1991年青森放送入社。ラジオ、テレビの制作現場を経て現職。制作した主な番組に「ラジオドラマ県立戦隊アオモレンジャー」(99年連盟賞最優秀賞)。「RABラジオスペシャル 『2001年の三段ドロップ』」(01年放送文化基金賞番組賞)。「検体番号6号~六十一年目のダモイ(帰国)」(05年ギャラクシー賞奨励賞)。「母の衣に抱かれて 津軽袰月ものがたり」(11年連盟賞優秀賞)。「一輪車はとまらない!」(13年連盟賞優秀賞)など。