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読む・楽しむ 放送文化基金賞特集
放送文化基金賞の受賞者へのインタビュー、対談、寄稿文などを掲載します。

2017年8月28日
第43回放送文化基金賞

寄稿

個人・グループ部門 [放送技術]

気象情報の手話CG生成システムの開発
手話CG生成システム開発グループ(NHK)

代表 東 真希子

東真希子さん、梅田修一さん(贈呈式にて)

 手話CG生成システム開発グループは、聴覚障がい者への天気予報などの気象情報のサービスを拡充するため、気象庁のデータから手話CGを自動で生成するシステムを開発し、個人・グループ部門(放送技術)を受賞しました。
 このシステム開発について、代表の東真希子さん(NHK放送技術研究所)にご寄稿いただきました。

1.はじめに

 生まれつき聴覚に障がいのある聾者にとって手話は第一言語です。聾者の中には日本語はあまり得意でないと感じておられる方々もいらっしゃいます。そういった方々に放送番組の内容を説明するためには日本語字幕によるサービスだけでは不十分で、手話による情報提示が望まれています。しかしながら、手話通訳士の絶対数は少なく、手話通訳士に放送局に常駐いただくことは困難であり、手話通訳付きの放送番組は少ないのが現状です。
 そこで、手話による情報提示サービス拡充のため、気象庁から配信されている気象防災情報の電文(以下、気象電文)を使用し、随時最新の天気予報を表す手話CGアニメーション(以下、手話CG)を自動で生成するシステムを開発しました。本稿では、この「気象情報手話CG生成システム」についてご紹介します。

2.気象情報手話CG生成システム

図1 気象情報手話CG生成システム概要

 気象情報手話CG生成システムでは、使用する気象電文に対応する手話の定型文を、穴埋め箇所を含んだ形で予め作成しておき、電文を受信するつどそれを解析して穴埋め箇所に入る手話単語やフレーズを変更することで全体の手話表現を決定します。次に、モーションキャプチャ技術で予め取得したネイティブの手話者による手話モーションの中から、全体の手話表現に必要なモーションを選択し、それらを接続して全体の手話モーションを生成します。最後に、生成したモーションデータで3DCGモデルを動かしてCGを描画します(図1)。
 手話は人によって表現が様々であるため、定型文や単語・フレーズの表現は、聾者、CODA(Child of Deaf Adults:聾の大人に養育された聴者)、手話通訳士など複数名のご意見を参考に、綿密な調整の上、データベース化しました。作成した手話定型文には、意味の区切りでのうなずき動作や直前の手の形を残しながらのうなずき動作などを入れて、手話らしい表現を可能にしています。また、常に定型文をそのまま使用するのではなく、電文のデータを比較することで、提示する情報にふさわしいニュアンスや言い回しで情報提示できるよう、使用する手話モーションを自動で適切に変更することを可能にしました。例えば、今日、明日の天気データが同じ「雨」だった場合、定型文をそのまま使用すると、「今日の天気は雨、明日は雨でしょう」となってしまいますが、自動変更機能により、明日の天気を表現する際には、「明日も雨が続くでしょう」というように「続く」という手話単語のモーションを後ろに追加するようにしています。さらに、最高気温が35℃以上では猛暑日、30℃以上では真夏日等の決まりがありますので、それを満たすデータを受信した場合には、「今日は猛暑日となりそうです」といった一文も自動挿入するようにしています。
 これまでに、本システムが生成した天気・気温・降水確率についての手話CGに関し、聾者を対象に、理解度評価や、わかりやすさ・自然さを問う主観評価の実験を行いました。実験の際には、聾者にご協力いただくため、言語負荷や日本語の解釈の違いから起こるエラーを軽減し、かつ、伝えたい内容が伝わっているかを正しく評価できるように、質問や回答の方法を熟考しました。例えば、理解度評価の実験においては、質問文、選択肢、ともに簡潔な日本語とし、画面上に順番に出てくる質問にひとつずつ選択肢で回答していく、という形をとりました。実験の結果、全体の正答率平均が96.5%となり、システムが手話による情報提示に有用であることが確認できました。

3.インターネットによる一般公開

図2 一般公開した気象情報手話CG評価サイト
https://www.nhk.or.jp/strl/sl-weather/

 本システムの有効性を確認した後、一般の方々から広く評価を頂くために、NHKオンラインのサイトから閲覧できる気象情報手話CG評価ページを2017年2月に一般公開しました(図2)。
ページの主な内容は次のとおりです。
・関東7都県の県庁所在地の最新の天気予報について、手話CG動画を掲載。
・気象庁発表に従い、原則1日3回(5時、11時、17時)自動更新。上記時間以外に気象庁から予報の修正が出た場合にも随時自動更新。
・アンケート(「よくわかる」「まあまあわかる」「あまりわからない」「わからない」の選択肢とコメント投稿)の機能を搭載。
 また、レイアウトに関しては、天気予報を見たい地名を地名の羅列から選ぶのではなく、地図から選択可能にしました。これは、羅列された漢字表記の地名から目的の地名を選ぶよりも、地図のように目的の場所を視覚的に探しやすくした方が、聾者の負担が軽減されるとの考えからです。
 サイトの反響としては、公開から一定のアクセス数・アンケート回答数が得られています。アンケートの結果を分析すると、「よくわかる」「わかる」と回答している方が、大部分を占めており、概ね理解されていることがうかがえます。また、コメントも「とても素晴らしい」や「聴覚障がい者が喜ぶ」など好意的なものが多く寄せられております。

4.おわりに

 「気象情報手話CG生成システム」についてご紹介しました。研究開発においては、聾の方々や手話通訳士の方々をはじめ、たくさんの方々にご協力や応援をいただきながら、ここまで形にすることができました。今後も、放送文化基金賞の受賞を糧に、人にやさしい放送技術の研究開発に勤しみ、放送文化の発展に寄与していきたいと思います。

プロフィール

東 真希子 さん (あずま まきこ)
NHK放送技術研究所 ヒューマンインターフェース研究部 研究員
2008年東京大学工学部卒、2010年同大学院工学系研究科修士課程修了。同年、NHK入局。仙台放送局を経て、2013年より放送技術研究所に勤務。手話CGの研究に従事。