HBF 公益財団法人 放送文化基金

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放送文化基金について

設立40周年記念寄稿⑦

2014年に40回目の放送文化基金賞を迎え、番組部門のテレビドキュメンタリー番組、テレビドラマ番組、テレビエンターテインメント番組、 ラジオ番組、そして個人・グループ部門の放送文化、放送技術の6名の委員長に各部門の10年を振り返っていただきました。

放送文化
時代を映し出した人びと
河野 尚行 委員長

 個人・グループ部門〔放送文化〕の「30年の歩み」に続く、ここ10年の受賞者リストを改めて眺めてみますと、実に多様な職種の人が受賞しているのに気付きます。ディレクター、プロデューサー、記者、カメラマン、シナリオ作家、アナウンサー、ナレーター、音響デザイン。放送は多彩な才能によって支えられています。受賞対象になった作品には50年続く音楽番組もあれば、人間の深層をえぐるドラマも含まれていますが、ここでは、この10年、変貌する時代を捉えた人々の番組を振り返ってみます。
 2008年、リーマンショックが世界を襲い、日本も手荒い洗礼を受けます。NHKスペシャル『マネー資本主義』は、IT技術で武装したグローバル経済の実相に迫り、世界で流通するマネーの4分の3は、投資でなく投機に使われている現実を伝えました。この10年の急成長で世界第2の経済大国に躍り出た中国はいわば「共産党資本主義」の国ですが、内部には様々な課題と悩みを抱えていることをNHKスペシャル『激流中国』シリーズは伝えています。
 敗戦時から60年以上の歳月が流れ、日本の政治や経済の体制を担う人たちの中でも戦争の記憶を持たない人が多数を占めるようになりました。そんな中で、『あの日、昭和20年の記憶』や、それに続く『戦争証言プロジェクト』が作られました。それは戦争体験者の証言を出来るだけ集め、あの15年戦争を多角的に克明に記録し、戦時レジームの実態を、社会の共有財産として残す試みです。
 2007年、高精細カメラで月から中継した「地球の出」。漆黒の宇宙を背景にした、その清冽な映像は、人びとの宇宙観に強烈なインパクトを与えました。
 以上は、NHKのプロジェクトチームが残した成果なのですが、地方民放局の放送人たちは、時代にもまれながら地域社会で暮らす人々の喜怒哀楽を、じっくりと個性豊かな作品に結晶させています。
 例えば、石川テレビの赤井朱美さん、山口放送の佐々木聰さん、IBC岩手放送の関芳樹さん、東海テレビの齊藤潤一さんたちです。彼ら(彼女ら)が描く人間像は心の琴線を震わすと同時に、その背景にある冤罪の問題、原発建設とへき地社会、人口減少社会が投げかける問題などを深く捉えています。そして、もう一つ大切なのは、そこには地域の自然環境を見つめる視点も備わっている点です。
 “笑われるより笑わせよう”を合言葉にNHK大阪の福祉グループは障害者と共にバラエティ番組『バリバラ』を2012年に開発、障害者に対する世間のステレオタイプ思考に風穴を開けました。
 2011年3月11日、東日本大震災が発生しました。放送はあらゆるメディアを使い、これまでの経験を総動員して災害報道に取り組みました。中でも現地に新しい組織による取材放送拠点を作った画期的な取り組みとして、JNN三陸臨時支局の報道活動があげられます。また、災害時におけるコミュニティFMの役割については新潟中越地震当時から注目されました。FMながおかとエフエム雪国の働きが表彰されています。しかし、これまでの地震や明治29年と昭和8年の三陸大津波と決定的に違うのは、原子力発電所の存在です。原発3機が、相次いでメルトダウンという未曽有の事態が発生しました。ETV特集『ネットワークでつくる放射能汚染地図』はその現実を見続けました。廃炉は順調にいって40年かかり、核廃棄物の処遇に至っては全く見通しは立っていません。

 常に大衆の目にさらされる放送は、同時代の人びとの共同記憶の核になります。例え猥雑な放送であっても、単なる消耗品ではありません。その記憶は、次世代に伝承される大衆文化の一翼をも担っています。
 健忘症を装う時代に対しては、放送文化のアーカイブスは歴史の証人になり得るのです。

(2014年9月30日)