第41回放送文化基金賞 講評
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テレビドキュメンタリー番組 講評
吉田 喜重 委員長
それがドキュメンタリー作品であるかぎり、事実をきびしく追究するのは当然だが、究極には人間の尊厳を描くことに行きつくことを鮮やかに示したのが、本年度のコンクールであった。最優秀賞に選ばれたNHK制作『薬禍の歳月〜サリドマイド事件・50年〜』は、妊娠中の女性が使用した睡眠薬によって正常でない姿で誕生した子供たちの、その後の人生を問いかけるものである。事件発生10年、ようやく薬禍と認められ補償されたとしても、被害者である子供たちの苦しみは消えるものではない。しかも苦痛に耐え生き続けてきた人びとが語る言葉は、なんと限りない尊厳に充ちあふれていることだろう。
優秀賞に選ばれたテレビユー福島制作『ふつうの家族 ある障がい者夫婦の22年』は、みずからの身体に重大なハンディキャップを背負って生まれた男女が、健常者と同等の生き方を求めて結婚、健常者である息子と娘を育て、成人するまでの長い苦闘の記録である。民放でありながら歳月を費やして記録を撮り続けてきたことへの、審査委員一同の敬意の表われでもある。
奨励賞を贈られたNHK福岡・長崎放送局制作『知られざる衝撃波〜長崎原爆・マッハステムの脅威〜』、及びNHK広島放送局制作『水爆実験 60年目の真実』は、両局ともに原爆をテーマに数多くの受賞歴がある。今回は長崎で被爆した人たちの多くが、爆風の凄まじさで亡くなったことがアメリカ側の記録によって判明、しかも死者たちが名前不明のまま、非情にもナンバーでのみ記されていた。NHK広島の作品では太平洋上での米軍の水爆実験により、放射能を浴びた日本人漁船員がいながら、漁獲したマグロの放射線のみを検査、漁船員の被爆状況が不問にされた。そのいずれもが人間性の尊厳を無視するものであった。
奨励賞のテムジン/NHK制作『女たちのシベリア抑留』は、これまで2度にわたり受賞した製作者たちと同様の、インタビュー形式のものだが、今回は抑留された女性が70年過ぎたいまでも女性の慎ましさ、その尊厳のゆえに口を閉ざし、事実追求は不可能であった。
それにしても本年度は、過去の事実を対象にした作品のみが受賞、現在進行中の現実を追求する作品がなかったことが心残りである。
テレビドラマ番組 講評
河合祥一郎 委員長
今年ほど評が割れた年も珍しい。甲乙つけがたい作品が揃ったということだろう。特に最優秀賞を決める議論は難航した。『相棒season13』が最終的に選ばれたのには、長年にわたるシリーズが培ってきたスケールの大きさが評価された面が大きい。水谷豊と成宮寛貴のコンビの良さも魅力だった。
優秀賞となった『55歳からのハローライフ』は特に第5話「空を飛ぶ夢をもう一度」の火野正平の瀕死のホームレスの迫真の演技が絶賛された。生きることの意味を深く考えさせる作品となった。
2014年の大きな特徴として、死を見つめながら生きていくというドラマの多かったことが挙げられる。震災を乗り越えるに当たって、死を自分のなかに取り込むというふうに視点が移ってきたのだろう。木皿泉脚本の『昨夜のカレー、明日のパン』(日本放送協会)は、文字通り死者と共に生きるという世界を描き、時代を象徴していたように思える。選に漏れたのは残念だった。
もうひとつ、今年の特徴として、逆境にめげずに頑張る人に取材したドラマが多かった。ダウン症の書道家、予期せぬ妊娠に悩む女性を支援するNPO法人、災害救助犬のNPO法人、広島市の「被爆体験伝承者」事業など。なかでも『全盲の僕が弁護士になった理由』(TBSテレビ)では実在の全盲の弁護士に密着取材した松坂桃李の細かな演技がすばらしく、ドラマに説得力を持たせた。
しかし、演技賞ということで言えば、『グーグーだって猫である』の宮沢りえの不思議なオーラを放つ存在感と、『坂道の家』の柄本明の鬼気迫る演技はあまりにも圧倒的であり、群を抜いていた。テレビドラマは脚本が重要なのはもちろんだが、こうした素晴らしい演技に魅了されて初めて濃厚な時間を過ごしたと言えるだろう。
テレビエンターテインメント番組 講評
堀川とんこう 委員長
今回は実に久しぶりに最優秀賞に「お笑い系バラエティ」を選ぶことができた。ここ数年この部門では、ドキュメンタリー部門から流れてきたソフトなドキュメンタリーや教養番組系のものに最優秀の栄誉を譲ってきた。エンターテインメント部門らしく、番組に格別の意味や意義を求めず、ただおもしろいもの、純粋に笑えるものなどを選ぼうと思い定めていても、結果はいつも「意味、意義」に敗れてきたのである。確かに、番組の「創意、密度、満足感」などで比較すると、バラエティはどうしても見劣りしてしまうのだった。
最優秀の『しくじり先生 俺みたいになるな!!』は、一度は表舞台に立ちながら、何か「しくじり」があって転落の憂き目を味わった人が、教壇に立って自分の失敗を振り返る構成。絶え間なく笑わせながらも、挫折体験から教訓を得ようとするところもあって、味の濃いバラエティになっている。生徒役の机に置かれた教科書がうまくできていて、先生の生傷をこすって笑わせつつ、救いにもなっている。
優秀賞の『漱石「こころ」100年の秘密』は、一転、知的アクロバットを見るようなおもしろさだ。名作の誉れ高い「こころ」の矛盾点、不可解さ、俗っぽさなどを、評者たちが縦横に棚卸しする読書会形式。ミステリーに富んだ傑作というのが結論だが。
気になったことがある。レギュラー・サイズより長いスペシャル版の参加についてだ。去年はレギュラー版で十分におもしろかった『YOUは何しに日本へ』が、拡大版で内容を薄めてしまい、残念な結果になった。今年も、レギュラー番組として非常におもしろい『ぶっちゃけ寺』が、密度の薄い拡大版を出品した。評判のいい番組はレギュラー版がおもしろいのであって、期首や年末の編成で制作されるロング・バージョンは、決まって見ていてダレる。審査の場では、「盛りだくさん」は裏目に出る。そこのところが制作者自身には見えないらしい。至極残念なことだ。
笑いが内に秘めている破壊力、批評性ということを考える。分かりやすい例は川柳だ。たくさんのバラエティは次第に淘汰、洗練されて、時代のトリック・スターになれるかと夢見る。
ラジオ番組 講評
金田一秀穂 委員長
今年もいくつか長すぎる番組が目立った。時間枠にとらわれていて、時間つなぎ的な部分が目立つのは残念だった。しかし、撰に残ったものは、さすがに最後まで聴かせる緊張感を保っていて、ラジオを聴く喜びを与えていただいた。
震災から3年たって、震災関連のものは多いが、一時期の興奮はさめてきて、じっくりと落ち着いた番組が出てきた。最優秀賞の『花は咲けども』では、かつてのフォークゲリラの末裔たちが、時を越えてしっかりと山形の地に根付いていて、白河以北一山百文の立場から、原発事故について歌う。時にユーモラスに時に明るく、しかしあくまでも誠実。一筋縄ではいかないしたたかな成熟。生活臭があって説得力ある歌声を聴くことが出来た。
『大須演芸場盛衰記』は、演芸場が人になって語るという構成が適切だった。たかが演芸場であるという下からの視線をたもちつつ、けっして不遜にならず、けれど実はとても大切な人々の楽しみや心意気を語っていく。登場する数人の芸人たちの話術もそれぞれ見事である。名古屋の土地にふさわしい謙虚で人懐っこく、しかも深いプライドも覗かせる。聴後感という言葉があるかどうかわからないが、聴いた後の気分がとてもいい。
『学童疎開船・対馬丸撃沈70年』は、沖縄戦の過去の思い出や歴史を語るだけでなく、これからどのようにこの歴史を生かしていくかに重点を置いた、意欲的な戦争物である。沖縄には戦争の悲惨さを語ることのできる人々がたくさんいて、その子どもや孫も、大勢生きている。今の日本にあって、この人々の声を聴くことは、ますます重要なことになっているのではないだろうか。きわめて今日的な価値を持つ作品になっている。
放送文化 講評
河野 尚行 委員長
審査の冒頭、この「個人・グループ部門〔放送文化〕」は、番組単独の優劣を判断する部門でなく、一連の放送活動の中で、最近活躍が顕著な個人・グループを表彰する部門であることを再確認する。今年は応募推薦された16件の中から4件を表彰することになった。
まずTBSテレビの八木康夫プロデューサー。円熟のシナリオライターと監督、それぞれ10人に『おやじの背中』という同一テーマのドラマを競作させるなど、長年積み上げてきたプロデューサーとしての企画力、交渉力が高く評価された。
これもTBSテレビだが、20年続く『世界遺産』の制作チーム。審査員の中にも番組の熱烈ファンがいて、常に最先端の撮影技術を駆使して美しい映像記録を残し続け、最近では4K撮影の先端を切り開いていると称賛された。
次に、40年間続いているニッポン放送系のチャリテイ番組『ラジオ・チャリティ・ミュージックソン』の実行委員会が選ばれた。ラジオ音楽番組を通じて募金を行い、目の不自由な人のために全国に2,980基、音の出る信号機などを提供している。その趣旨と持続力に敬意を表して。
最後の一件は、NHKプロデューサー三村忠史さんの一連の仕事に。三村さんの特定秘密保護法、集団的自衛権、女性の貧困などを扱った調査報道、それに関東軍の活動資金を暴く『圓の戦争』などの歴史番組が評価された。また、ビッグデータを扱った番組については災害などの事後分析に新しい視点を提供しているという評価がある一方で、本当に災害が起きた際の状況をどこまで想定出来るのか課題もあるという声もあった。巨大化する情報都市の新たな災害防止や減災に役立つ可能性を秘めており、更なる番組開発を望みたい。
今年は地域推薦委員の働きもあり、地域放送局の応募が増えた。入賞にもう一歩及ばなかったのが残念である。
放送技術 講評
羽鳥 光俊 委員長
今年の応募件数はNHK2件、民放8件の合計10件とほぼ平年並みの応募件数となった。分野は多岐にわたり、いずれも内容の濃いものばかりであった。受賞に至らなかったものについても熱意をもった取り組みに敬意を表する。
フジテレビジョンの「新周波数帯受信アンテナ」の開発は、周波数の再編に対する放送事業者の不安を解消する助けとなる。周波数の再編によって700MHz帯のFPUとラジオマイクは2019年3月末までに1.2GHz及び2.3GHz帯の周波数帯に移行することになっているが、この周波数帯は放送事業者の使用実績が無く円滑な移行へ向けて新たな受信アンテナが開発された。このアンテナは、現用の700MHz帯アンテナと同等の高利得・広半値角を有するタイプ、利得を抑え更に広い半値角を有するタイプ、両者の中間の特性を有するタイプの3種類で、ロードレースなどで安定した中継システムを実現した。
NHKの「ハンディカメラによるバーチャルスタジオ」は、バーチャルスタジオの可能性を一段と膨らませるものである。実写映像とCGをリアルタイムに連動させて映像を合成するバーチャルスタジオでは、CG描画の際にカメラの位置情報などが必要なため、従来は大掛かりな機器が使われて演出の自由度が制限されていたが、新たに自律的に動作する小型・低コストの姿勢センサーを開発してハンディカメラによるバーチャルスタジオを構築。カメラワークの自由度が格段に向上して、より豊かな映像表現が可能となった。
日本テレビ放送網の「連絡無線音声改善技術の開発」は、放送事業用連絡無線の「アナログFM変調方式」から「デジタル・ナロー方式」への変更に伴う音質と明瞭度についての問題解消に資する。デジタル・ナロー方式で選択された方式では音声の明瞭度の低下などが懸念されたが、今回、開発された技術は「音質を大幅に改善」するもので、FPGAのソフトウェアで対応できることから、既に販売された製品にも導入が可能で、全国の放送事業用連絡無線の改善に大きく寄与することが期待される。同様の方式は放送事業以外でも広範な活用が予想される。