HBF 公益財団法人 放送文化基金

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放送文化基金賞

第42回放送文化基金賞 講評

テレビドキュメンタリー番組 講評

吉田 喜重 委員長
 2016年度の放送文化基金、テレビドキュメンタリーコンクールは、前年が戦後70年であることから太平洋戦争を題材とする作品の数が多かった。風化しがちな歴史を再認識することは、テレビメディアに課せられた重要な役割だが、残念ながら新たなる発見は難しく、物足りなさを感じたのも事実だった。
 それを示すかのように本年度の最優秀賞に選ばれたのは、戦争批判といった大いなるテーマではなく、私たちのささやかな日常周辺を題材にした、民放の青森放送制作『しあわせ食堂 笑顔と孤独と優しさと』であった。
 青森市の温泉街として栄えた浅虫も、現在は過疎化して高齢者家庭が多い。そして必然的に求められる医療介護に取り組む病院に焦点を合わせ、その移り変わりを記録したものである。このシリアスなテーマを病院長とその妻が医療だけではなく、高齢者の食生活を重視、しかも一般市民まで受け入れ、和やかな老人コミュニティーが拡がってゆく。国家、戦争といった大いなるテーマではなく、小さな街の出来事を重視する作品を選んだ、審査委員一同の気持ちを読み取っていただければと思う。
 優秀賞にはNHK制作『原発メルトダウン 危機の88時間』が推挙された。3年前に当コンクールで最優秀賞を受賞した作品を継承しながら、その後新たに発掘された事実を再現ドラマ化し、難解な原発の仕組み、メルトダウンの恐怖を真摯に伝えている。
 奨励賞には次の3作品が選ばれた。北日本放送制作『沈黙の70年 富山大空襲と孤児たちの戦後』は、終戦直前の爆撃により親を失い孤児となった人たちの、その後を描くものだが、戦後70年を静かに追想するありようが評価された。
 NHK大阪・神戸放送局制作『震度7 何が生死を分けたのか〜埋もれたデータ 21年目の真実〜』は、神戸・淡路大震災後に新たに発掘された、様ざまな被害状況を示すデータを総括することによって、大都市災害の問題点を鮮やかに捉えていた。
 『女たちの太平洋戦争 従軍看護婦 激戦地の記録』は、当コンクールでも幾度か評価されてきたテムジンとNHKの共同制作によるものだが、これまでどおりに一貫として「戦争と女性」を追究する姿に心を揺さぶられるものがあった。

テレビドラマ番組 講評

河合祥一郎 委員長
 最優秀賞『赤めだか』は満場一致で決まった。落語家・立川談春の同題のエッセイを元に、17歳で立川談志に入門して二ツ目になるまでの談春(二宮和也)を描く成長物語だ。一見理不尽な「厳しい教え」に耐えて、談志の精神を受け継ごうとする若者たちの「芸への思い」が圧倒的なパワーをもって描かれた。厳しさを自らのものとすることで人は成長できることを教えてくれる啓発的ドラマでありながら、大いに笑えるところは、稀に見る長所だ。
 優秀賞となった『天皇の料理番』は、審査員から「100点満点のドラマ」という評価が出た。杉森久英の小説のドラマ化。佐藤健のほか、黒木華、鈴木亮平ら俳優たちの演技の質がみな高かったことが特に評価された。次が観たいと思わせる、ドラマの王道を行く作品である。
 今年は戦後70年をテーマとした番組が多かった。なかでも、NHK広島の『戦後70年 一番電車が走った』や、TBSの『レッドクロス〜女たちの赤紙』が最終審査まで残ったが、惜しくも選に漏れた。70年経って戦争を描くのが難しくなったという声が上がった。
 奨励賞となったNHK福岡の『いとの森の家』(東直子原作)は、糸島の自然を描きつつも、戦時中の罪の記憶を背負って生きる老女と小学生との交流を追憶のなかに描くドラマとして、戦争をすくい取った点が評価された。なによりも、静かな感動を与えてくれた樹木希林の演技が光った。
 もう一つの奨励賞のBS朝日の『美味でそうろう』は、時代劇の設定に美食とミステリーとを加えた新しい企画であり、メインの登場人物たちがいずれも魅力的に描かれて親しみをもって楽しめる作りとなっていた。特にエンターテインメント性の高さが評価された。
 本年は、テーマ性よりも、よい脚本によい演技というドラマの本来のおもしろさで勝負した作品が勝利したが、演技の質が高まっていることが悦ばしい。

テレビエンターテインメント番組 講評

堀川とんこう 委員長
 選考は、例年通り討論と投票を繰り返す方法で行った。
 応募作品のなかに昨年の『しくじり先生』のような機知とアイロニーに富み、同時にエンターテインメント性の高いものがなく、そのことを惜しむ委員の声が高かった。放送中のクイズ、バラエティ番組が一定の成果を収めて安定しているために、新しいものが生まれてこない時期ともいえそうだ。
 その代わり、味わい深い数編の佳作を得た。最優秀の『人生フルーツ』は、90歳と87歳の老建築家夫婦の日常をまさしく二人の生活のテンポのようにゆったりと描いた。二人が落ち葉を集め大地になじませ、野菜や果物を収穫する姿に豊かな人生の果実を感じる。『100分de平和論』は、タイムリーであると同時に完成度の高い知的エンターテインメントで、制作陣の演出力の高さを思わせる。個人的にはヴォルテールの寛容論を扱った部分に深く感動した。『水木しげる93歳の探検記』は水木最後の里帰りを描いて感慨深い。私は妖怪漫画よりは「総員玉砕せよ!」などの戦争漫画に強い印象を持っているせいか、妖怪の誕生を出雲という風土だけに求めたことに不満を抱いた。「忘れかけていた幼少期の妖怪を、戦争で生死をさまよっているときに思い出した」と彼が語るのを読んだことがある。『ブラタモリ』は、数ある散歩番組のなかで一線を画する内容の濃い番組である。タモリの地層、断層や汽車、電車に関する不思議な教養は厭味がなく見ていて楽しい。授賞は遅きに失した感さえある。
 いわゆるスペシャル版、拡大版の参加が相変わらず多いのだが、どうもこれは高評価につながらないようだ。番組のコンセプトはレギュラー版にこそ生きている、といえる。
 審査の過程で参加作品62本からまず10本にしぼったが、入賞した4作品のほかの6本、いわば予選通過番組は次のとおりである。今後の参考にしていただきたい。
 『拝啓 高倉健様』『風雲!大歴史実験 戦国鉄砲隊VS騎馬軍団』『園山俊二と「国境の二人」』『夜の巷を徘徊する 3時間特集』『京都人の密かな愉しみ 夏』『世界ナゼそこに?日本人 ホンジュラス編』

ラジオ番組 講評

金田一秀穂 委員長
 すぐれた放送番組は、世間で言う常識とか良識とか言われるものに疑問を投げかけ、聴取者に新しいモノの見方を拡げてくれるものであるだろう。今年はそのような気付きに満ちた作品が多かった。
 審査会では、委員たちの意見が様々に割れた。熱心な討議の結果、妥当な三作品が選ばれた。大変充実した内容だった。
『贄の森』は、自然保護という「良識」に対して、農家への有害鳥獣被害の声を取り上げて、一筋縄ではいかない現状を、岐阜の山間部から伝える作品だった。駆除という行政的行為が、自然とともに暮らしてきた日本の狩猟の伝統を殺そうとしている、その悲鳴が聞こえてくる内容だった。
 『あいちゃんは幻』は、もろく崩れやすい現代の若者たちの気分を、巧みな脚本によって浮かび上がらせた秀作ドラマだった。計算されたリアルなセリフによって、ネット世界と現実とが入り混じって、何が本当で何がバーチャルなのか、その境界が不分明になっている若い女性たちの、薄明るい不安定な世界に、聴く者はいつのまにか入りこまされる。
 『福山雅治「被爆クスノキ」へのメッセージ』は、戦争を取り上げる中で新しい可能性を見せる作品だった。今回も戦争に関する作品は多かったが、たいていは、戦争の悲惨さを描くのに終始していた。この作品は、長崎の原爆を投下する前に、その予行演習としてされたいくつかの空襲を取り上げる。それは、原爆を効率的に爆発させるための実験であり、米軍爆撃機の乗員たちの被害を防ぐための実験だった。味方の被害を少なくして、なるべく多くの敵を殺す行為として戦争をとらえる視点は、あまり取り上げられることがなかったけれど、これからの日本に必要不可欠である。その先駆けとして、この作品を評価したい。

放送文化 講評

河野 尚行 委員長
 ことし、個人・グループ部門には14件の応募があり、故人2名が推薦されていたが、ここ数年の活躍に重きを置くことを再確認し、残念ながら見送ることにした。選ばれたのは次の個人2名と2つのグループである。
 さだまさし。音楽活動を通じ放送界に長年貢献を続ける。広く愛唱される唄や、民放・NHKを問わず数々のテーマ曲の作曲、それに加え巧みな話術で視聴者を魅了する。東に西に災害あれば現地に飛び、被災者を慰め勇気づける。『今夜も生でさだまさし』はNHKの全国54放送局すべてをめぐり、11年目に突入している。
 CBCの藤井稔プロデューサー。『山小屋カレー』、『えんがわ』など、老夫婦の生活に寄り添い、年寄りのおしゃべりに耳を傾け、庶民の日常を見つめることで定評がある藤井が、『隣のプレイルーム』では、同じ態度で地域社会の隣人になったイスラム教徒の生活を見つめ、教会を中心に描いて見せた。グローバルの時代を偏見なく見つめるとはこういう態度をいうのだろう。放送人としての姿勢と目線が高く評価された。
 NHK仙台の「被災地からの声」制作チーム。津田喜章アナウンサーの東日本大震災の被災者へのインタビューは、インタビューというより同じ体験をした者同士の会話だ。災害に打ちのめされた人々の気持ちに真摯に向き合う、そのことだけでも被災者の心のケアにつながるだろう。この仕事を続けて5年、最近の福島県葛尾村での帰宅困難者との対話からは、地震や津波などの自然災害と、そこに更に原発事故が加わっての災害との違いが如実に伝わってくる。そして元住民の無念さと健気さが痛いほどわかるのだ。東日本大震災をひたすら見守り続ける『被災地からの声』の姿勢に、持続することの大切さを改めて教わった思いだ。
 NHK「ハートネットTV」班 戦後70年関連 制作チーム。定時番組『ハートネットTV』や『戦後史証言プロジェクト』などの枠の中で、戦後70年の障害者福祉の歩みや医療制度を振り返る。それは世間の偏見と行政を相手とした闘いであり、高齢者や児童福祉にも通底する課題でもある。また、『ETV特集 それはホロコーストの“リハーサル”だった』では、ナチスのユダヤ人大量虐殺の前に、精神障害者の虐殺が実行されていたという衝撃の事実も明らかにされた。

放送技術 講評

羽鳥 光俊 委員長
 今年の応募件数はNHK3件、民放7件の合計10件で、昨年と同じ応募件数となった。いずれも放送の質の向上に資するものばかりであった。日頃の熱心な取り組みに心から敬意を表したい。選ばれたのは以下の4件である。
 テレビ朝日の『FPU,SNG共用受信アンテナ』は、非常災害時に本社の番組送出機能が喪失して親局送信所のみが健在な場合、系列局から通信衛星で(SNG)親局送信所に放送素材を伝送してもらい、これを使って放送を継続するというものである。親局送信所である東京スカイツリーに新たにSNG受信アンテナを設置するのは難しく、既設のFPU受信アンテナの受信帯域を広げてSNGも受信できる共用受信アンテナを開発。実用化にも目途をつけた。
 山陽放送の『自局放送プログラム確認システムの開発』は、一般視聴者やスポンサーからの問い合わせなどに、より迅速に対応しようというものである。HTML5を用いて、局内に長期保存されている自局の放送番組のデータと営放システムとを連携させるシステムを構築。外部からの問い合わせ等に対して、イントラネットのPCがあれば社内のどこからでも容易に確認作業を行う事が出来るようになり、営業や編成スタッフの作業効率が大幅に改善された。
 NHKの『多視点ロボットカメラによる「ぐるっとビジョン」』は、カメラマンが操作する1台のカメラの動きに対応した複数(15台)のカメラが連動して被写体を追尾するもので、従来の固定カメラを利用したものに比べ設営が簡便でスポーツ中継のように広範囲で動く選手(被写体)への多視点映像化を可能とさせ、被写体の周囲を周りこんで見ているかのような新たな映像表現の適用範囲を格段に拡大させた。今後、立体映像研究への貢献も期待できる。
 フジテレビジョンの『現行地上波でのHDと4Kのサイマル視聴の実現』は、Hybridcastを活用して4Kの番組(JavaScript)をインターネット経由で4K対応の受信機に送り、それをHD放送映像と同期させて画面に再生させるものである。現在地上波では視聴が出来ない4K番組もHD放送とのサイマルの形で視聴可能となった。4K番組の視聴中に緊急地震速報等が出た場合には、HD放送映像に復帰させる技術も確立。今後の広がりが期待される。