HBF 公益財団法人 放送文化基金

文字サイズ:

HOME放送文化基金賞テレビドキュメンタリー選考記

放送文化基金賞

テレビドキュメンタリー選考記

生きつつある記憶としてのドキュメンタリー
吉田喜重

 本年度のテレビドキュメンタリーコンクールは、各制作局の置かれた立場、その独自性を踏まえてつくられており、その配慮のありようが魅力的であった。
 最優秀賞に選ばれたNHK大阪放送局制作『ある文民警察官の死』は多くの人が忘れ去っていた、カンボジアにおけるポルポト派による国民への残虐行為、それを阻止するために国連軍は軍を投入するのだが、我が国の場合は戦争放棄という国是があり、自衛隊は参加できず、代わって警官を派遣、しかしその警官もまた武器使用が禁じられていた。そして起こるべくして起きたポルポト派の襲撃によって、無抵抗のまま文民警官が犠牲となる。この忘れ去っている悲劇を現在、問いかける意味は限りなく重い。
 優秀賞のチューリップテレビ制作『はりぼて』は地方議員が必要経費として認められる領収書を偽造、不当に利益を得ていた事件を、富山の地方紙とテレビ局が追求、議員たちを謝罪させるという、痛快な報道で面白い。
 奨励賞のNHK熊本・福岡放送局制作『水俣病 魂の声を聞く』は、公害の原型である水俣病発見からすでに60年、不自由な体となった女性がいまもなお苦しんでいる姿は痛ましい。
 テレビ愛媛制作『じいちゃんの棚田』は山深い過疎化した農村の棚田で働く老夫婦の姿を描く。そして周辺の小学生たちが参加する姿が微笑ましい。
 『決断なき原爆投下』はオバマ前大統領の広島訪問を機会に、原爆投下を決定した元大統領トルーマンの苦悩を追跡する興味深い作品。

私が大切にした4項目
相田 洋

 「放送文化基金賞」のドキュメンタリー部門審査に、私は今回で18回参加したことになります。長い間、放送現場で働いてきましたので、次の4点を大切にしてきました。【1】放送番組は「放送時点での世相や事情」と切り離しては考えられない。「只今現在における視聴者の関心事に応える」ことが使命の一つ。勿論、「いつの時代にも通ずる永遠の関心事」も重要だが先ずは現在。【2】放送番組は不特定多数の視聴者に視て貰う宿命にある。お客様は台所で料理中かもしれない。泣き続ける赤児を抱いているかもしれない。そのような日常に囲まれたお客様の目と耳をテレビに向けて貰わなければいけない。【3】放送番組は時々刻々と流れていき、ページめくりの出来ないメディアである。放送中に理解出来ないことが溜まると、お客様にチャンネルを捻られてしまう。だから構成や編集が非常に重要。【4】加えてNHKの番組は受信料を払うに価する内容であるべきだ。「この1本を見ただけで、半年は受信料を払ってあげよう」と受信者に思って貰える番組を推したい。その観点からすると、今年の最終作品5本に納得できました。

正統派作品に加え登場した新しい風
川本裕司

 埋もれた真実を掘り起こすというドキュメンタリーの最大の使命を同時進行的に描いて見せたのが優秀賞に選ばれた『はりぼて』だった。市議給与増額を可決した富山市議会のお手盛りに疑問を抱いた記者が情報公開請求から不正受給を暴いていく過程は、ジャーナリズム精神の見事な成果を示した。初めは頼りなげだった追及が、時がたつにつれ鋭さを増す変化を見せていく描写は新鮮だった。
 警察官が犠牲になった1993年のカンボジアPKOの実像を検証した最優秀賞の『NHKスペシャル ある文民警察官の死』、水俣病患者とその家族への差別を当事者が語る奨励賞の『ETV特集 水俣病 魂の声を聞く』は、オーソドックスで行き届いた取材の確かさを改めて見せた作品だった。
 また、奨励賞の『じいちゃんの棚田』は地域に溶け込み自然な表情をとらえた映像が見る者の心を豊かにしてくれた。選外だったテムジンの『レッドチルドレン』のリサーチ力と巧みな構成も忘れがたい。

即効と遅効
桐野夏生

 政治の世界では、慢心とか腐敗といった言葉では言い表せないような醜い事態が、あちこちで起きている。こんなことが許されるはずがないと思っても、平然と嘘を吐いて居座る姿は無恥そのものだ。
 優秀賞に輝いた『はりぼて 腐敗議会と記者たちの攻防』に描かれた富山市議会の様子は、国政の縮図でもある。議員報酬引き上げを巡る承認のあり方、政務活動費の不正取得、不干渉を決め込む無責任な市長。この汚濁に、地元テレビ局が斬り込む様は爽快でもある。ジャーナリズムの臨場感と即効性を新鮮に感じた。
 最優秀賞の『NHKスペシャル ある文民警察官の死〜カンボジアPKO 23年目の告白〜』は、衝撃だった。起こるべくして起こった高田さんの死の状況と、彼の同僚の証言に驚いた。彼らの多くは、現地の治安の悪さに備えて自動小銃を自費で手に入れていたという。この作品の価値は、高田さんの死の理不尽としか言いようのない重みである。
 個人的には、『水俣病 魂の声を聞く〜公式確認から60年〜』に思い入れがある。元チッソ社員による、800本もの被害者の聞き取りテープ。その夥しいテープの量と、証言の生々しさに項垂れる。悲惨な公害の生きる証となるのは、被害者の姿だけではない。81歳になる元チッソ社員の存在も同じなのだ。

民放地方局の存在理由
関川夏央

 チューリップテレビ『はりぼて―腐敗議会と記者たちの攻防』は、富山市議会の議員たちによる政務調査費のごまかしを実証した地方民放の記者たちの記録である。
 記者たちはおずおずと市議会のボスに質問し、一喝されておずおずと引き下がる。しかしあきらめることなく、情報公開をもとめて手にした9千枚の領収証を1枚ずつ地道に、かつ綿密に点検して、議員たちの嘘を完膚なきまでにあばく。「告発」「糾弾」といった古典的「社会派」の方法とは正反対の「素人くさい態度」と「玄人っぽい粘り」の共存が実に新鮮だった。
 時間をかけた取材で、いわば「明るい悲しみ」をえがいたテレビ愛媛『じいちゃんの棚田』も、「社会派」の方法を採用してはいない。
 NHK各放送局も意欲的作品を出品してきたが、今年は、民放地方局には存在すべき理由があると実感させる仕事に多く出会えた。ただし民放キー局が、この部門で不毛に近かったのは例年とおなじである。

問題意識の確かさ、そして、被写体への直実な視線
舩橋 淳

 我々審査員は、はっと胸を突く鋭さで見る者の先入観を問い質し、被写体と作り手の直実な関係と、そこから見えてくる社会背景を捉えたドキュメントに出会いたいと懇求している。が、本年はそこまでの傑作はなかったと言わねばなるまい。
 『ある文民警察官の死』は、国内と国外、机上の空論と現場の混沌の圧倒的な乖離を活写した。後方支援だから殺し合いには加担しないという国会議論は、前方も後方もない戦場においては無意味であり、いつ弾が飛んでくるか分からない中、丸腰の警察官たちが現地で拳銃を購入せざるを得なくなるという極限状況、そこで一人が銃殺されるという悲劇を「国際貢献」と謳うことの偽善を糾弾するものだった。この主題を今日描くことの問題意識の確かさを評価した。
 『はりぼて』は、ジャーナリストは権力とここまで闘える、ということを示した記録として貴重であった。奨励賞『決断なき原爆投下』は、トルーマン大統領がいかに軍部に押し切られた形で原爆投下が行われたのか、「戦争を終わらせるために必要」というレトリックが後付けであったのかを暴き立て、字面だけの歴史の矛盾と戦争という殺戮ゲームの業の深さを痛感させた。『水俣病 魂の声を聞く』は、金で社会的な償いは為された後に浮上してくる、患者たちが真に失ったもの(=人生)を描き出した。公害問題で最も困難な、しかし直視すべき不条理である。『じいちゃんの棚田』は、限界集落ものとしての紋切り型を超越した、人々の素顔に迫った作品だった。