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放送文化基金賞

テレビドラマ選考記

時代を考えさせる作品が選ばれた
河合祥一郎

 最優秀賞は、全員の意見が一致して即決した。『トットてれび』はテレビの黎明期の懐かしい昭和の活気をくっきりと伝え、生放送で番組を作っていた撮影現場の魅力を楽しく表現して、時代の牽引力としてのテレビのパワーを再確認させてくれた。優秀賞の『夏目漱石の妻』は、演出、美術などのスタッフワークがすばらしく、尾野真千子と長谷川博己の演技が称賛され、これもすんなり決まった。
 奨励賞については、“時代を映す鏡”として『逃げるは恥だが役に立つ』がまず選ばれた。もう一作品は、岡田惠和脚本・峯田和伸主演のプレミアムドラマ『奇跡の人』か、『NHKスペシャル「未解決事件」File. 5 ロッキード事件』のどちらを選ぶべきか議論がなされた。後者は、ドキュメンタリードラマという位置づけで捉えた場合、過去の映像、資料を駆使して、バランスのよい呈示の仕方をしていたと評価する声が勝った。『奇跡の人』は僅差で惜しくも賞を逃した。

テレビはおもちゃ箱
岩崎信道

 テレビを「おもちゃ箱」と表現したタレントがいた。
 言い得て妙だ。子どもの頃、私もそう思っていた。開けてみるまで何が飛び出すか分からない不思議な遊び道具。しかし、ワクワクしながら開けた子どもたちの期待を裏切ることは決してなかった。
 『トットてれび』で描かれているテレビの世界は、まさにおもちゃ箱だった。箱の中から出てきた色とりどりのおもちゃはどれも魅力的で、光り輝いていた。それらに囲まれ、私は久々に童心に戻って遊んだ。展開やストーリーはもちろんのこと、端役に至るまで目くばせのきいたキャスティングもすばらしい。
 最優秀賞、優秀賞、そして奨励賞の1本をNHKの番組が受賞する結果に終わった今回の選考会。民放からの出品作に総じて勢いが感じられず、NHKの上位独占を許したといえなくもない。来年の巻き返しに期待したい。

清々しい満場一致
白石公子

 最優秀賞の『トットてれび』は、満場一致の異論なし、そのスピード決議には拍手が巻き起こった。ファンタジーと現実とノスタルジーがないまぜになった画面からは幸福感が満ち溢れ、思わずニンマリしてしまうキャステングと、粋な演技には感嘆させられた。特に満島ひかりは、黒柳徹子「そっくり」を超越して、一瞬たりとも見逃せない奔放な魅力を放っていた。もう黒柳徹子役は彼女以外考えられない、と思ってしまうほどのあたり役である。テレビ黎明期を支えた人々、懐かしの番組へのオマージュも感じられ、日本テレビ界への祝祭のようなドラマになっていた。
 あたり役といえば『夏目漱石の妻』で漱石を演じた長谷川博己も鮮烈だった。明治という時代を感じさせる繊細な演出のもと、これまであまり描かれることのなかった文豪の負の部分を、壮絶かつユーモラスに演じ、漱石像に愛すべき人間的な深みを与えていた。『NHKスペシャル「未解決事件」File.5ロッキード事件』は、ドキュメンタリー・ドラマならではの緊張感・迫力に引き込まれた。ドキュメンタリー・ドラマというジャンルが、いかに可能性を秘めているかを教えてくれる。応援の意味を込めての奨励賞である。

企画が大事なのでは
竹山 洋

 「企画書をかいてくれますか」
 昔、よく言われた。脚本家は企画書が書けなくてはいけなかった。この頃は企画書を出したいと言うと、ありがとうございます、是非と応じる方がすくなくなった。芸能プロと密着して、主演は決まっている、やることも決めてある。「今はプロデューサーの時代ですから」と若いプロデューサーに挑戦的な顔で言われたことがある。
 テレビドラマは危ない。脚本家の思いの欠如したドラマばかりが量産されることになる。
 しかし、今年のドラマは企画のバトルだった。『NHKスペシャル「未解決事件」File.5ロッキード事件』の実録ドラマは、今までに何度もドラマ化されかけて潰れたロッキード事件のドラマ化に挑んだ企画だが、裏の闇によく踏み込んでいる。疑惑の首魁の田中角栄に辿り着くまでの肉迫感が佳かった。NHKの気迫を感じた。同じくNHKの『夏目漱石の妻』も悪妻と評判の鏡子夫人に光を当てた作品だが、よく知られているようで殆ど何もわかっていない明治の小説家の家を見事に活写している。こういうドラマは民放では多分企画が通らない。抜群なのは『トットてれび』だった。面白さという点において、このドラマは他を圧倒している。テレビの黎明期から今日に至るまで、テレビファンが熱狂した夢の世界の楽しさに酔いしれた。こういうドラマが書きたい。企画を出したいと思った。

あのキラキラを、もう一度
桧山珠美

 最優秀賞の『土曜ドラマ トットてれび』はテレビ女優第1号としてNHKに採用された黒柳徹子の若かりし頃を描いたものだ。つまり、それはテレビの草創期でもある。そんな時代の空気までをも自由な発想と柔軟な表現で見事に再現した脚本の中園ミホと演出の井上剛、そして、なによりも誰からも愛される“トットちゃん”をまるでホンモノの黒柳徹子がタイムスリップしてきたのかと錯覚してしまうほど、チャーミングに演じた満島ひかりに、とびきり大きな拍手を送りたい。
 土曜ドラマからはもう一作『夏目漱石の妻』も優秀賞になった。こちらはベテラン脚本家池端俊策の確かな筆致、尾野真千子、長谷川博己の卓越した演技が光った。
 奨励賞『逃げ恥』は爽やかで口あたりのいいドラマだが、その奥に女性の働き方、夫婦の在り方など現代ならではの悩みが内包された社会派ドラマの側面もあり、ただの人気ドラマだけでないことがわかる。もうひとつの奨励賞『NHKスペシャル 未解決事件』は忘れてはならない歴史の真実に迫った意欲作だ。
 『トットてれび』からはあの頃のテレビにあったキラキラを感じることが出来た。あのキラキラは何処へ……。

女性活躍の時代に
松井久子

 世界のジェンダー・ギャップ調査で144カ国中111位と依然男女平等の進まないこの国で、今年のテレビドラマ界は嬉しいことに女たちの仕事が際立っていた。
 まさに女性活躍の草分け、象徴的存在が黒柳徹子さん。彼女の魅力とテレビ草創期の時代の空気をみずみずしく甦らせた中園ミホさんの脚本と満島ひかりさんの演技で『トットてれび』が満場一致、最優秀賞に輝いた。
 ただ、現代の黒柳さんの老けメイクは男性演出家の発想に違いなく、どうして?と首を傾げてしまう。
 優秀賞の『夏目漱石の妻』も奨励賞の『逃げるは恥だが役に立つ』も女性にとって普遍的な結婚がテーマ。
 一目惚れで無邪気に結婚に飛び込んだものの、妻をかえりみない夫との相克に、きりきりと自我に苦しむ明治の女と、感情よりも理性を優先させて契約結婚を選ぶ21世紀の女。
 その対比が面白く、男も女も、傷つくことを極度におそれる今の時代は「ドラマチック」の意味も大きく変わったという感慨をもった。