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放送文化基金賞

テレビドキュメンタリー選考記

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現在進行形
桐野夏生

 毎年同じテーマを掘り下げ、新資料を発掘し、別の角度から丁寧に作り続けるものと、社会の変化をアップデイトに追うものと。風化させないためにも、前者は必要だが、現在進行している事柄から目を背けてはならないと思う。
 最優秀賞に選ばれた『父を捜して』は、太平洋戦争中のインドネシアで、日本人の軍人・軍属と、現地の蘭印系女性との間に生まれた「日系オランダ人」の、戦後の苦しみを描く。これまで語られなかった子供たち、さらに次世代へと続くトラウマの連鎖。日本の加害性とも向き合い、それでもなお、希望を持って生きる人々の姿には胸を打たれる。
 優秀賞の『防衛フェリー』は、戦時中の「徴用」に等しい制度が、自衛隊に取り入れられていた事実を明かす。まさに今、伝えなければならないことを人々に伝える重要な作品である。
 奨励賞の『ヤメ暴』は、暴対法、暴排条例の施行で、廃業に追い込まれた暴力団員たちがどこで何をしているのかを追う。被写体との信頼関係を築いた上で、表にはなかなか出にくい陰の生き方を描く。
 奨励賞の『銀嶺の空白地帯に挑む』天才クライマーたちによる自撮り映像の手に汗握る素晴らしさ。この映像の迫力と臨場感に比肩し得るものを見たことはない。
 同じく奨励賞の『亜由未が教えてくれたこと』は、相模原障害者殺傷事件に衝撃を受けたディレクターの「僕」が、障害者の妹「亜由未」にカメラを向けるセルフドキュメンタリーである。介護する家族の深い愛情と、それにこたえる「亜由未」さんの姿に感動を禁じ得ない。

言葉の伝達力
河本哲也

 入選作だけでなく、苦難からの「心の再生」を描いた力作が多く、それらの作品群に共通したのは視聴者の胸奥に届く声、言葉であった。証言、対話、会話、ざわめきが伝えるリアリティーが番組の骨格をなしていた。テレビだけでなく、ありとあらゆる映像があふれるネット社会、何を見ても「どこかで見た」という既視感を突き破るのは、言葉の力である。話し手の表情、口ごもる戸惑い、沈黙、視線もまた時に、言葉以上の「心中」を表現する。それがよく出ていたのが『父を捜して 日系オランダ人 終わらない戦争』であった。半世紀もの間、秘めてきた愛憎を描き切った「心のロードムービー」になっていた。力投型の作品群の中で異色だったのが『ヤメ暴〜漂流する暴力団離脱者たち〜』舞台は元暴力団の組長が元組員の更生を支援するために立ち上げた土木会社。カメラはそこで交わされる言葉を丹念にスケッチ、その日常の空気感がテーマの重さを静かに語りかけてきた。

強い言葉が伝えるメッセージ
川本裕司

 「過去を忘れてはならない。直視して向き合わなければならない。決して容易ではないけれど、私は打ち勝てたと思う」。今回の審査で視聴した番組で最も強いと感じた言葉は、最優秀賞の『父を捜して』で出会った。16歳で継父から性的虐待を受け出産したインドネシアの日系オランダ人の女性が72歳で発した言葉だった。実父が日本人軍属で戦後は苦難の道を歩み、呪いたくなるような体験を経た末に語られる「戦争を起こしてはいけない」というメッセージは深く響いた。
 入賞はしなかったが、今年もNHKスペシャルの歴史ドキュメンタリーは、スクープに満ちた事実を掘り起こし、高い水準を示した。『沖縄と核』『731部隊の真実』『戦慄の記録 インパール』が選に漏れたのは、今年の豊作ぶりを裏付けるものだった。
 いま、民放のドキュメンタリーの屋台骨を支えるのは、地方局の職人芸的な制作者だ。「NHKは予算とスタッフが潤沢だから」という言い訳めいた口実を理由に、民放キー局が本格的なドキュメンタリー制作に取り組まないのであれば、NHKとの報道番組における力量の差は回復不能なものになるだろう。制作会社と連携しながら、NHKにできないドキュメンタリーの切り口を探り、民放キー局は本気で取りかかってもらいたい。

「おそるべき家族」の映像
関川夏央

 本年も力作ぞろいだった。長時間の視聴に疲労したが、充実感は例年に増して大きかった。
 また戦争ものか、とやや溜息まじりに見始めた『BS1スペシャル 父を捜して 日系オランダ人 終らない戦争』(椿プロ、NHKエンタープライズ)だが、すぐに惹きつけられた。ことに「後編」、オランダ取材における劇的展開は尋常ではない。主人公たるオランダ人家族の探求心と行動力、そして「過去の置き場」をさぐる懸命さに、感動以上のものを味わった。
 『ヤメ暴〜漂流する暴力団離脱者たち〜』(CBC)、『ETV特集 亜由未が教えてくれたこと』(NHK青森)は、まったく異なる主題を扱っている。しかるに両作品とも映像における「リアリズム」とは何かを教えてくれた。
 民放、とくにキー局のドキュメンタリーへの意欲が失われて久しいといわれる。その一方で深夜枠を中心に、バラエティに「軽いノリ」のドキュメンタリー的手法を合体させた番組づくりを行う傾向は強まっている。それは「エンタテインメント」なのか「ドキュメンタリー」なのか。ジャンル区分の方が、やがて時代潮流に取残される可能性を思わないではない。

人間の強さ、逞しさ
丹羽美之

 最優秀賞の『父を捜して』は、戦争がもたらす憎しみや苦しみの連鎖だけでなく、それを乗り越えていこうとする人間の強さ、逞しさまでも描いた傑作だった。過去に向き合い、互いの痛みを分かち合うことによって、憎悪や心の傷を克服していく登場人物たちの姿は感動的ですらあった。
 優秀賞の『防衛フェリー』は、米軍と一体化が進み、民間船と民間人の活用が水面下で進みつつある自衛隊の実態を明らかにした一級のレポートである。戦争は過去の話ではなく、現在進行形のテーマだ。そのことに真正面から切り込んだ制作者の勇気に心から賞賛を送りたい。
 奨励賞の3本は、それぞれスタイルもテーマも異なるが、どれも映像に圧倒的な力があった。『ヤメ暴』は、元ヤクザの自立支援の現場にカメラを持ち込み、その困難さをよく撮っていた。『亜由未が教えてくれたこと』は、障がい者とその家族の日常を描き出すセルフ・ドキュメンタリーの手法が新鮮だった。『銀嶺の空白地帯に挑む』は、カメラが映し出す極限の世界から一瞬たりとも目が離せなかった。

個人(・ ・)への視線が想像を凌駕する
舩橋 淳

 事実は小説よりも奇なりというが、法規制の枠外に放り出された市民や巻き込まれるはずのない戦争に巻き込まれた労働者が、いかにして国・権力により個の人生を翻弄されたのか、当事者にキャメラが寄り添い続けることで、我々の想像をはるかに越えた苦難・葛藤を目撃するに至る。そんな作品が選考の最後に残った。
 『父を捜して』は、ジャワ島を駆逐した日本軍の加害の余波、日本人を今でも憎むオランダの子孫を描き、戦争の功罪がいかに根深い禍根を残すのか、現在もつづく個人(・ ・)の痛みを通し活写した。全く予想だにできない最後は圧巻であった。『防衛フェリー』は、戦争は過去にあらず、今も眼前にある脅威であるという視点が傑出していた。日本政府の指令でペルシャ湾に派遣されイラク軍のミサイルに晒された個人(・ ・)(民間輸送船船長)が「もう二度と行きたくない」と吐いた言葉が突き刺さる。『ヤメ暴』は、厳しい暴対法で暴力団をはじき出され、そう簡単に社会に戻れない個人(・ ・)に迫った。法は人を締め付けはするが、人生の面倒までは見ない。『銀嶺の空白地帯に挑む』は、世界最高峰に挑む登山家個人(・ ・)が自撮りにより、見たことのない世界の苦闘を見せてくれた。『亜由未が教えてくれたこと』は、個人(・ ・)によるセルフドキュメント。障害者の家族は不幸なのか、という重いテーマを内的な世界から沈思させてくれる秀作。