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放送文化基金賞

テレビドラマ選考記

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中味の濃い作品が目白押し
河合祥一郎

 今回は最優秀賞を決定するのに難航した。『アンナチュラル』が受賞したのは、野木亜紀子氏が担当したオリジナル脚本のリサーチ力、ストーリー展開やキャラクター描写のうまさが圧倒的だったためである。
 優秀賞となった『(くらら)〜北斎の娘〜』は4Kの美しい映像で葛飾応為の光と影の世界を表現すると同時に、女性絵師の気迫と粋とを示して見事だった。強敵がいなければ最優秀賞となったはずの作品である。
 奨励賞となった『どこにもない国』を最優秀賞として推す声もあった。終戦後旧満州からの150万人を超える「引き揚げ」を実現したのは民間人の尽力によるものだったという衝撃の事実を壮大なスケールでドラマ化した見ごたえのある作品だ。
 もう一つの奨励賞の『娘の結婚』は、原作の良さに加えて、中井貴一氏の確かな演技が作品に味わい深さを与えた点が評価された。
 惜しくも賞を逃したのは、池井戸潤原作、役所広司主演『陸王』、橋田壽賀子ドラマ『渡る世間は鬼ばかり』、福岡発地域ドラマ『You May Dream』である。

最も旬な脚本家
笹島拓哉

 『重版出来』『逃げるは恥だが役に立つ』と、原作ものの脚色でヒットを連発した野木亜紀子のオリジナル脚本とは、どんなドラマなのか  。『アンナチュラル』が放送された当時の期待感は相当高かった。そして、それに見事に応えてくれた。謎解きは、二重三重の仕掛けが施され、毎回、目が離せなかった。最近のドラマの定番である「事件もの」と「医療もの」をうまく盛り込み、さらに「お仕事ドラマ」の要素まである。それでいて、詰め込み過ぎず、バランスが保たれている。構成における完成度の高さは圧倒的だった。野木は間違いなく「最も旬な」脚本家で、今年度というタイミングで、最優秀賞を与えるべきだと思った。
 奨励賞の一つ、『どこにもない国』は、満州(現・中国東北部)からの帰還が「民間外交」によって実現したという、埋もれた歴史を掘り起こした。ある意味、ドラマを超えた“テレビの使命”を果たしたことは、大いに評価されるべきだと思う。

『アンナチュラル』の意気込み
白石公子

 最終選考で残った作品のどれもが甲乙つけがたく、それぞれの推薦意見を聞く度に迷いに迷った。別の言い方をすれば、飛び抜けた一作がなかったと言えるかもしれない。
 しかし最優秀賞受賞『アンナチュラル』にはまったく異論はない。従来のようなクライム・サスペンス、犯人捜しになることなく「不自然な死」を通して、かけがえのない「生」を浮上させる人間ドラマになっていた。張り巡らされた伏線と企みに満ちた構成、スリリングな展開。小気味よく、味わい深いセリフ、等身大の演技、そして驚愕の結末。綿密に練り込まれた脚本をはじめとして、演出、キャストなど「これまでになかった日本の連続ドラマを」といったような意気込みが伝わってくるものだった。優秀賞の『(くらら)〜北斎の娘〜』は、お栄役の宮﨑あおいの演技がすばらしかった。ひたむきな少女時代から老年期まで、光と闇の美に魅せられていくお栄を、繊細かつ重厚に演じていた。特に絵を描くことに憑かれてしまった老婆の姿には「凄み」が感じられ、絵の世界をそのまま映像化したような、その美しさには息をのんだ。

夢の衝撃
竹山 洋

 (夢を見ているようなドラマだ!)
 『(くらら)〜北斎の娘〜』を見た時、強い衝撃をうけた。画面はまるで絵のようだった。光と影の細部まで精緻に写し出され、宮﨑あおいの凄い芝居がキリキリと胸にくい込む。このドラマが最高点だと思った。が  しかし、もっと重い夢を見た。『特集ドラマ どこにもない国』。満州からの邦人百余万人の引き揚げは日本国が行ったのではない。ある民間人の命がけの奔走が占領軍司令官マッカーサーを動かし、実現したのだという戦争秘話のドラマである。目がさめて、夢の重さに呆然とする  このドラマはまさにそういうドラマで、日本国とは何か、日本人とはどのような民族かと深く考えた。
 これが最高点だと力説したが、突如  
 衝撃の鐘が鳴り響いた。
 『金曜ドラマ アンナチュラル』。これにはびっくりした。人間の死を凝視すると、匿れている人生が姿をあらわす。かくれている人生、かくれている命。謎の面白さと、それを解明するミステリーとサスペンスが美事に重なり、キャストの素晴しい演技に息も出きないくらい引きつけられた。
 野木亜紀子の脚本の凄さに大衝撃をうけた。見たことのない夢を見せてもらった。

老若女性脚本家の対決。
松井久子

 ひろがる貧困と格差のせいだろうか、今年のドラマは犯罪者や社会からドロップアウトしていく人びとを主人公にしたものが多かった。が、総じて語られる言葉の劣化が気になったのもまた、世相の反映か。
 そんななか、脚本の力が際立ったものが二本あり、結局選に漏れてしまって、今も心残りな作品について触れておきたい。大御所橋田壽賀子さんの『渡る世間は鬼ばかり』の脚本である。30年もの間同じ設定のまま、変わらず見る者の心を捉えて放さないテンポの良さと説得力。御年94歳。橋田さんの健筆ぶりはもはや神業と言ってよく、心底リスペクトに値するものだった。なんとか顕彰したいとの願いは、ついに叶わなかったけれど。
 『アンナチュラル』は設定の斬新さと、脚本・野木亜紀子さんの若き才能に加えて、演技、演出のみずみずしさ。総合力で最優秀賞に輝いたのに異論はない。が、今年とくに嬉しかったのは、奨励賞に選ばれた『娘の結婚』とともに、家族の機微を丹念に描いたオーソドックスなホームドラマが健在だったこと。そして、「テレビドラマの命は脚本である」と、改めて確認できたことだった。
 橋田壽賀子さん、これからもお元気で書き続けてください。