ラジオ選考記
- ラジオにできること 金田一秀穂(杏林大学教授)
- 関係を生きる 小島ゆかり(歌人)
- 少数派の声に耳を澄ます 鈴木嘉一(放送評論家、ジャーナリスト)
- 蓄音機とくしゃみ 須藤 晃(音楽プロデューサー、作家)
- 耳は目ほどにモノを言う 桧山珠美(フリーライター)
金田一秀穂
目の見えない人と話していて、顔色を窺うということができないと言われた。そりゃそうに違いない。しかし、なまじ目が見えるばっかりに、相手に騙されてしまうことも多いのではないか。相手の顔など見ずに、声だけで判断したほうが、よほど本当のことがわかるのではなかろうかと思ったりする。
ラジオは小回りがきき、プライバシーにもぎりぎりで踏み込まないで済む。しかも、ほんとうのことをナマで伝えられる。色彩の代わりに音楽の愉しさがある。その特性を生かした番組が、聞いていて楽しい。
朝日放送ラジオ『ラジオと童謡と「サッちゃん」の阪田寛夫が残したもの』は、阪田寛夫について分析するならば、本でも映像でも舞台でもなく、ラジオでしかできないということを、見事に示した。朝日放送の大先輩ということもあって、過不足なく愛情をもって描き出して成功している。
山形放送『わたしは、LGBT』は、微妙な問題を驚くほど明るく伸び伸びと扱っていて、ラジオの特性を見事に生かしている。審査員一同感嘆した。
小島ゆかり
静岡放送の『SBSラジオギャラリー 幸せのカタチ〜本当の親子本物の親子〜』は、あまり知られることのない里親制度の現実を粘り強く取材し、体験者それぞれの困難や心の交流をていねいに伝えた。里親里子の問題を超え、人生とは関係を生きることだと気づかされる。デリケートなプライバシーを守る、ラジオならではの優れた番組と思う。
地方民間放送共同制作協議会 火曜会の『神田・神保町 レコード屋のおかみさん』は、ゆったりと音楽を聴き、ゆったりと語りを聴く、ラジオ本来の魅力を存分に味わえる豊かな時間をもたらしてくれた。
NHKの『原爆の惨禍を生き抜いて〜知られざる“原爆孤児”〜』もまた、音声のみのラジオだからこそ実現した貴重な証言の記録である。証言を生かす構成にも注目した。
ほかに朝日放送ラジオの『ラジオと童謡と「サッちゃん」の阪田寛夫が残したもの』、NHK大阪放送局の『FMシアター蛍の光 窓に雨』など、心に残った。
鈴木嘉一
静岡放送の『SBSラジオギャラリー幸せのカタチ』(最優秀賞)は、血縁関係のない乳児を引き取り、養育する里親をテーマに据えた。里親に対する里子の「試し行動」や、生みの親と育ての親をめぐる「真実告知」など、里親制度のさまざまな問題が当事者たちの生々しい声によって浮かび上がる。里親と里子が一から築き上げていく新しい親子の関係には、現代の家族のあり方をも考えさせる要素がある。
これは取材対象のプライバシー保護のため、テレビでは真正面から取り上げにくいのではないか。相手の話にじっくり耳を傾けるラジオの特性が、いかんなく発揮されている。
地方で暮らす性的マイノリティーの現状や苦悩を伝える山形放送の『わたしは、LGBT』と、「子供の貧困」の実情に迫ったCBCラジオの『1/6の群像』は最終選考に残ったが、惜しくも選に漏れた。この2作もラジオだからこそ、十分な配慮が求められる題材を深く掘り下げられたのだろう。
少数派の声に耳を澄ます。ラジオはそれにふさわしいメディアだ。
須藤 晃
ラジオの一番のよさはノイズではないか?映像がないぶんインタビューの背後から聞こえて来る生活音やくしゃみなどの語る空気感が好きだ。いい音質、洗練されて完成度の高い構成、圧倒的な取材量とか無駄のない進行、そういったものだけがラジオに求められているわけではないと感じさせた今回の選考会だった。火曜会『レコード屋のおかみさん』はレコードの文化的意味合いと音楽に人々がどれほど救いを求め続けたかが見事に表現されていた。語りの間をつなぐ流行歌の贅沢な使い方も、これがいつも聞いていたラジオだと思い起こさせた。静岡放送『幸せのカタチ』は里親制度の現状をわかりやすく描いて興味深かったが養母だけが浮き彫りにされて、父親の存在の影が感じられず残念だった。ただ女性アナウンサーの洞察力が群を抜いていたので、続編として「本当の夫婦」という番組を作ってくれると個人的には嬉しい。山形放送『LGBT』も企画としては秀逸。被爆の傷跡を丹念に追い続ける番組も多かったが、なかでもNHK『原爆孤児』が胸を打った。
桧山珠美
「目は口ほどにモノを言う」というが、今回の審査で多くの作品と出会い、あらためて気づかされたのは「耳は目ほどにモノを見る」ということ。耳から伝わる言葉はダイレクトに心に届き、それが何倍にも増幅していく感覚はまさに「耳福」。
最優秀賞・静岡放送『SBSラジオギャラリー 幸せのカタチ〜本当の親子 本物の親子〜』は里親たちの苦悩や思いに迫ったドキュメンタリー。映像を必要としないラジオだからこそ聞けたであろう里親たちの声は、血縁あるなしに関わらず、親子の在り方を考えさせるものとなった。
奨励賞・NHK『原爆の惨禍を生き抜いて〜知られざる“原爆孤児”〜』は原爆孤児の存在をあきらかにし、過酷な運命を生き抜いた彼らの軌跡から原爆の惨禍を伝えた。
優秀賞・地方民間放送共同制作協議会 火曜会『神田・神保町 レコード屋のおかみさん』は音楽で時代を紡いだラジオの魅力にあふれたエンターテイメント作品。手練れた職人技に感服!