HBF 公益財団法人 放送文化基金

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放送文化基金賞

受賞のことば 放送文化基金賞50周年記念賞

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黒柳徹子
女優・ユニセフ親善大使
テレビ草創期から今日に至るまでテレビ出演者として放送文化を具現化

 私、小学校一年で退学になったんですね。そういう子でもがんばればこういう賞をいただけるようになるって、長生きして本当に良かったって思いました。
 テレビを作っている若い人たちに言いたいのは、視聴率、視聴率ってみんなが言うけれど、本当に面白いものを作ろうと思えば、人は見てくれると私は信じています。ですから、作り手の皆さん、いろいろ心配してらっしゃるかもしれないけど大丈夫です。私が1人で大丈夫ですって言っても、そんなの信じられるかってお思いの方もいらっしゃるかもしれないけれど、「世界ふしぎ発見!」にしても、「ザ・ベストテン」にしても、「徹子の部屋」にしても、視聴率を考えて作っていたわけではないんです。自分が大好きで、絶対これやりたいと思ってやっている番組は、ご褒美っていうか視聴率をいただけると私は信じて今でもやっています。ですから、皆さん心配せずにいいものを作ろうって思って作っていただきたいです。
 こんな素晴らしい賞をいただいて、ますます励むようにと言っていただいたような気がして、少なくとも100歳まではテレビに出ていようと思います。どうぞ皆様、優しい心で見守ってやってくださいませ。頑張りますので、皆さんも頑張ってください。

相田 洋
ドキュメンタリスト
長年にわたる優れたテレビドキュメンタリーの企画・制作

 88歳になりますが、この歳になりますと悲しいことや大変なことが色々起きてまいります。妻そして、私自身が病気で手術をし、最後には娘が亡くなるということが次々と起こり、非常に落ち込んでいるちょうどその時に、放送文化基金から電話があり、こういう賞をいただけると、それを聞いた瞬間、私の人生が日本の放送のために役立ったんだと感じて非常に嬉しかったです。急に元気が出て、これからがんばろうと思っております。
 若い作り手の方には、そのことに取り組もうと決心したからには逃げないで確信するまで突き詰めてほしいと伝えたいです。ありがとうございました。

重延 浩
テレビマンユニオン会長・ゼネラルディレクター
テレビ番組製作業界を理論的に牽引、38年にわたり『世界ふしぎ発見!』をプロデュース

 私はいつもテレビジョンと向き合う時に、誰もやっていないことをやりたいと思っておりました。50年前、テレビジョンで立体テレビをやりたいと考え、日本テレビさんの協力を得て、「オズの魔法使い」の日本版テレビドラマの中で、魔女がガラスの球を覗くときの3分間の映像を、赤と緑の色眼鏡をかけて立体に見えるようにしたんです。日本で初めてだったと思います。その映像は非常に世の中の多くの方から興味をもっていただきました。テレビジョンが多くの人に喜んでもらうためのとても大事な媒体だと感じた仕事でした。
 また、ベルリンがまだ東西に分かれている時代に、ベルリンのミュージアムを映像で一つに統一するという企画をNHKさんにもっていき、初めて民間のテレビジョン製作会社を迎え入れてもらいました。完成したのがNHKスペシャル「ベルリン美術館」です。ベルリンの東西の壁だけではなく、NHKと民間の壁という二つの壁を崩したことがとても嬉しい仕事でした。
 そしてみなさんに一番知られている「世界ふしぎ発見!」。はじめは「セブンミステリー」という企画書でしたが、40年間もTBSで番組を続けることができました。
 私は、本当にテレビジョンというものから、たくさんのことを学ばせていただきました。改めて放送文化にありがとうと申し上げたいと思います。

NHK連続テレビ小説制作班
放送開始から110作品、日本の朝を元気にする“朝ドラ”を制作

左から岡本幸江さん、樫山文枝さん、尾野真千子さん

 毎朝15分ずつドラマを放送するというのは正直大変な作業でして、関わっているスタッフは毎日ただひたすら前を見つめて一生懸命収録をしております。本日は樫山さん、尾野さんにもお越しいただきましたが、皆の熱い思いを背負って真ん中に立ってくださる主人公の方にパワーを得て、毎朝その日を楽しく感動して始められるように祈りを込めて作っています。110作品を振り返ってみると、その時々の空気や価値観といったものが封じ込められていて、それを見ると歴史、時代というものがわかる作品群になっており、そういう意味では放送文化の一翼を担うことができたのかと誇りに思います。同時に、それを毎朝楽しみに見てくださっている視聴者の方たちがあってこそ、ここまで作り続けてこられたことを、110作品のスタッフキャストを代表して御礼申し上げます。ありがとうございました。

NHK 岡本幸江

「かぐや」搭載ハイビジョンカメラ開発グループ及び番組制作グループ
初めて見る“地球の出”中継の実現

 2000年に開発が始まった頃、宇宙の専門家に、放送用の機材は宇宙の厳しい環境にさらされたらすぐ壊れて役に立たなくなるからやめた方がよいと言われ、困惑しました。ですが、日本の製造メーカーさんの技術力を頼り、協力いただき、とにかく環境試験をして壊れたらそこ直すということを繰り返しながら、徐々にその信頼性を高めていきました。
 もう一つ困ったことは、最初、1分間の動画を2本だけ撮らせてもらう約束だったんです。そこで放送と技術が連携し、どうしたら印象的で効果的な映像が撮れるかを、太陽の光線、月の地形、衛星の軌道など考えて検討しました。約束の2本の動画以外にもしかしたらもう少し撮らせてくれるかもという期待もあり、いろいろオプションを上げていたところ、最終的に、1年半の運用で1分間の動画630本を撮ることができました。皆さんに非常に喜んでいただき、「かけがえのない地球の映像を見て私も明日からは生活を変えたい」というような視聴者の方からの反響もありました。駄目だと言われたことをやって、うまくいって本当に良かったと思いました。本日はどうもありがとうございました。

NHK財団 山崎順一