HBF 公益財団法人 放送文化基金

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助成

研究報告会2017

放送文化基金は、これまでに助成したプロジェクトの成果を発表する場として、
助成金贈呈式とあわせて研究報告会を開催しています。

 放送文化基金の平成28年度の助成対象が決まり2017(平成29)年3月3日、東京・平河町のホテルルポール麹町で助成金贈呈式が開催されました。贈呈式は、第1部研究報告会、第2部助成金目録贈呈、そして懇親会の3部構成で行なわれました。
 第1 部の研究報告会2017は、技術開発部門より、千葉大学工学部教授 黒岩眞吾さんから『情報通信技術を利用した失語症者向け言語訓練及びコミュニケーション支援技術』について、人文社会・文化部門より、時代考証学会会長 大石学さん(東京学芸大学 教授、副学長)から『時代考証学の可能性』についての報告がありました。報告会には約60名が参加し、質疑応答の時間にも活発な意見交換が行われました。

報告① 技術開発部門(平成25年度助成)

『情報通信技術を利用した失語症者向け言語訓練及びコミュニケーション支援技術』
千葉大学 工学部 教授 黒岩 眞吾

失語症とは
 失語症とは、脳梗塞等で言語野が損傷されることにより、一旦獲得した言語機能に障害を受けた状態のことをいう。言語の理解や生成に困難さを伴うため認知症と誤認されやすいが、言語を用いない思考に関する機能は維持されており、認知症とは根本的に異なる。誤解を恐れずに言えば、目が覚めたら言葉の全くわからない外国にいたという状況を想像していただければと思う。頭の中は大学教授のまま、しかし、言葉が通じず認知症と勘違いされる・・・そんなことにならないよう多くの人に失語症という症状を理解して頂ければと思う。
失語症の方向けの言語表出訓練タブレット&ロボット
 従来、失語症では慢性期に入ると言語機能の回復は期待できないと言われてきたが、タブレットやロボットを用いた継続的かつ高頻度の言語訓練により回復の可能性が見え始めてきた。これらは、音声認識による発声評価機能を搭載した呼称訓練アプリ(絵を見てその名称を発声する)をタブレット(ActVoice Smart)やコミュニケーションロボット(ActVoice for Pepper)に実装し病院や自宅でのフィールドテストにより得られた結果である。このうち、タブレットアプリはGoogle Playで公開しているので、試していただければと思う(iPad版も公開しているが音声認識が使えないという問題がある)。これ以外に、頭の中で浮かんだモノの単語が出てこないときに、スマホ上で提示される質問に答えていくとその名称が提示されるアプリや、いつもそれが置いてある場所を画面上の家の中でたどっていくことでその名称を提示するアプリの開発も行っている。
失語症の方の言語理解支援
 長い文や発声を理解しにくい失語症者は多い。失語症の方も参加する講演会等では全文字幕とは別に、要約筆記(図や記号も活用)を提示し理解の支援をしている。自動翻訳等の自然言語処理技術を活用すれば、要約筆記の自動化(現段階では半自動化システムを試作)も可能となりTV等への要約字幕付与も可能となると考えられる。また、失語症の方には映像を用いた説明も効果的で、映像を活用したインタラクティブなナースコール説明アプリによる実験では、失語症者が必要な時にナースコールを押下できるようになった。
ロボットの良さ
 人との呼称訓練ではいつまでも言えるようにならないことを相手に申し訳ないと感じたり、相手が飽きているだろうなと想像して、失語症者は同じカードでの訓練を何度もやってもらうことを遠慮しがちである。これに対して相手がロボットであれば気兼ねする必要を感じさせないという利点がある。人には人の、ロボットにはロボットの良さがあり、それらを有効に活用していくことが我々の社会において今後ますます重要になってくると思う。


・平成25年度助成 「失語症者向けニュース字幕要約手法に関する研究開発」

プロフィール
千葉大学工学部教授。1964年生まれ。KDD研究所において機械翻訳システムおよび電話音声認識システムの研究・開発に従事し,2000年に電気通信大学にて博士(工学)取得。その後,徳島大学助教授を経て,現在,千葉大学工学部教授,副理事(産業連携研究)を兼務。話者認識,音声認識,コミュニケーション支援を目的とする福祉情報工学の研究に従事。(株)ロボキュア特別顧問。日本音響学会技術開発賞,Microsoft Innovation Award 2014等を受賞。

報告② 人文社会・文化部門(平成22~25年度助成)

『時代考証学の可能性』
時代考証学会会長 大石 学 氏(東京学芸大学 教授、副学長)
 

 近年、「江戸イメージ」に変化が見られる。江戸時代の差別・抑圧の側面に注目し、明治維新後の文明化・西洋化時代との断絶を強調する「前近代イメージ」=「封建イメージ」から、世界でも稀有な265年に及ぶ長期の平和=「徳川の平和」(パクス・トクガワーナ)といわれるような社会の安定化・文明化・均質化の側面に注目し、明治維新後の国家・社会との連続面を強調する「初期近代(アーリーモダン)イメージ」へのパラダイムチェンジである。
 これは、勧善懲悪ストーリーのもと、ヒーローが主人公として活躍する「チャンバラ」時代劇の終焉と、個人・集団の生活や苦悩・葛藤など「リアル江戸」を描く、新たな時代劇への転換と連動する。この新たな時代劇を基礎から支えるのが、歴史史料や最新の研究成果にもとづく新たな時代考証である。そして、この新たな時代考証の基盤となるのが「時代考証学」である。時代考証学とは、かつて時代考証家とよばれる人々が、個人でおこなっていた考証作業を、被服史、食物史、建築史、生活史、風俗史、遊戯史、医学史、音楽史、技術史、科学史、地域史、言語学など、諸学問の研究方法・成果を総合し、時代考証の科学的確立を目指す新しい学問である。この背景には、先に述べた日常性を描くストーリーに加え、レベルアップかつ多様化した視聴者のニーズもある。
 2009年に「時代考証学会」を設立し、東京でシンポジウムを8回、全国各地でフォーラムを4回開催してきた。この間、2010~13年度まで4年間にわたり、放送文化基金の助成を受け、シンポジウムやフォーラムの充実、成果刊行など、時代考証学の普及と深化に結実させてきた。毎回、時代劇の制作スタッフ、研究者、役者、市民など多様な参加者を得、時代劇や時代劇を取り巻く環境などについて貴重な意見が交換された。
 議論の対象となる時代劇・時代考証も、テレビ、映画のほか、マンガ、小説、アニメ、ゲーム、CMなど、さまざまなメディアに及んだ。また、アジアやヨーロッパなどの諸国・諸地域との交流の必要性も論じられた。
 そして、さまざまな議論を通じて、1回しかない史実(事件、ヒストリー)を、無限に再現・評価し物語(ストーリー)化するのが時代劇であり、時代劇のクオリティーを保証し、市民の「時代劇リテラシー」の向上のため、時代考証・時代考証学は重要な役割を果たすことが共有された。と同時に、時代考証・時代考証学の進化・発展のためには、資料の蓄積・データ化が必要であることも確認された。
 これらの資料は、①テーマ、ストーリーの相談、②台本チェック、③大道具・小道具のチェック、制作、③現場からの問い合わせ、④映像チェック、⑤視聴者からの問い合わせ、など制作諸レベルで発生する資料、さらには完成後の台本、DVD、宣伝用ポスターなど膨大な量になる。しかし、これら日々発生する膨大な資料の収集・整理の作業は、個人や集団の善意、熱意、そして努力だけでは到底実現できるものではない。国家・公共政策として大規模に展開される必要がある。
 こうした基盤整備によって、はじめて新たな時代劇制作、時代劇視聴、時代イメージの形成が可能になるのである。


・平成22〜25年度助成 「時代考証学の構築にむけてⅠ〜Ⅲ」「時代劇アーカイブズの収集・整理・保存と資料論的研究」

プロフィール
時代考証学会会長。東京学芸大学教授、副学長。1953年生まれ。東京学芸大学卒業。筑波大学大学院博士課程単位取得。主な著書に『近世日本の統治と改革』、『新しい江戸時代が見えてくる-「平和」と「文明化」の265年-』、『時代劇の見方・楽しみ方-時代考証とリアリズム-』(吉川弘文館)。主な時代考証に、NHK大河ドラマ『新選組!』『篤姫』『龍馬伝』『八重の桜』『花燃ゆ』、NHK時代劇『蟬しぐれ』『慶次郎縁側日記』『薄桜記』『陽炎の辻』『ちかえもん』『ブシメシ』、映画『大奥』『柘榴坂の仇討』『るろうに剣心』『沈黙-サイレンスー』など。