HBF 公益財団法人 放送文化基金

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助成

研究報告会 2011

放送文化基金は、これまでに助成したプロジェクトの成果を発表する場として、
助成金贈呈式とあわせて研究報告会を開催しています。

 放送文化基金の平成22年度の助成金贈呈式は、2011(平成23)年3月4日、東京・平河町の海運クラブで開催されました。毎年この時期に開催される贈呈式は、助成対象の研究者や事業者同士、また放送文化基金とをつなぐ貴重な交流の場となっています。この日も関係者95人が参加し、分野を越えたさまざまなコミュニケーションの輪が広がりました。贈呈式は、研究報告、目録贈呈、懇親会の3部構成で行いました。
 基金はこれまで、毎年秋に、助成した研究プロジェクトの研究報告会を別途開催してきました。今回初めての試みとして、贈呈式での研究報告の機会を設けることになり、平成20年度の助成を受けたプロジェクトの中から代表して、文教大学准教授の前嶋和弘さんが、「アメリカの放送メディアにおける政治情報提供の変化と台頭するメディア監視団体」について報告しました。アメリカでかつては政治に対して「客観的な鏡」の役割を担っていたメディアが、イデオロギーを基にする情報提供者そのものに変容していった結果、メディア監視団体という新たなグループが台頭してきたという興味深い最新の動きが報告されました。前嶋さんは22年度助成対象者でもあり、アメリカの政治とメディアの関係についてさらに研究を進められるということで、今回新たに助成を受けた方々にとっても大きな励みとなる研究報告でした。

人文社会・文化 研究報告

アメリカの放送メディアにおける政治情報提供の変化と台頭するメディア監視団体
文教大学准教授 前嶋 和弘

 本来中立であるべきメディア機関が客観性を捨て、右と左の特定のイデオロギーに立脚した政治報道を行う傾向が近年、アメリカでは目立ってきた。特に、CATVのケーブルニュース専門局(Fox NewsやMSNBC)と聴取者参加型「トーク・ラジオ」の各番組がその代表格であり、これまでの客観性を重視した報道から、保守・リベラルの政治イデオロギーを鮮明にした報道への転換が進んでいる。
 アメリカの報道の変化には、放送・通信政策と放送文化をめぐる4つの急変に直結している。第1は放送内容についての規制緩和が大きく進んだ点である。かつては「フェアネスドクトリン(公平原則)」の名の下、「イコールタイム原則」(テレビ放送などで、2大政党やその党の候補者にほぼ同じ時間を割いて報道させる原則)などが運用され、連邦通信委員会(FCC)は放送における政治報道がバランスを欠いていないかどうか、厳しく規制していた。しかし、規制緩和の流れの中で1987年にフェアネスドクトリンが撤廃され、メディア側の自由裁量部分が大きくなった。表現の自由を最大限に尊重する連邦最高裁の判断の影響も大きく、放送を規制するFCCの規制摘発も慎重になっている。
 第2点目は、放送・通信政策の規制緩和により、衛星・CATVの普及をきっかけとしたテレビの多チャンネル化である。放送局の所有制限が緩和された一方で、CATVは全米各地で視聴可能を徹底する政策が運用された。多チャンネル化に伴い、多様な情報を提供する一環として、これまでの「客観」報道を超えて、リベラル・保守のそれぞれの立場からの情報発信が試みられることになった。政治イデオロギーを明らかにした報道は、この多様化を背景としている。
 第3点目は、インターネットの爆発的な普及に代表されるデジタル化の流れである。多様な情報を提供する対抗する一環として、テレビのほか、新聞、ラジオという既存のメディアはメディアとしての生き残り戦略を急いでいる。大手新聞の政治報道の政治的立場の差異が極めて明確になりつつある点や、政治的な左右の差異そのものを題材に、聴取者拡大を進めてきた「トーク・ラジオ」の隆盛はその一環である。 
 第4は、マーケティングの普及でメディア界全体がユーザーごとにセグメント化が進んだ点である。放送も雑誌と同じように、政治的な立場が異なる視聴者ごとに政治情報の内容を分けて提供する必要が生じている。政治報道の「消費者」のニーズを探った結果、保守・リベラルの政治イデオロギーを鮮明にした政治報道につながっていった。
しかし、保守・リベラルの政治イデオロギーを鮮明にした政治報道は、公共の電波を使った政治的プロパガンダにつながりかねない。実際、政治報道の客観性の欠如を危惧する声も数多く、ジャーナリストが作り出す報道のコンテンツが偏向しており、「客観性の欠如」につながっているという見方が国民の中に広がっている。各種世論調査でも「メディアには政治的に偏りがある」「メディアの情報はしばしば不正確だ」とする意見が増えている一方、「メディアは民主主義を守る」とした回答が目立って減りつつある。偏った政治情報が広がっていくと、最終的には客観性を保つことを信条としている主要なメディアの言説も歪んでしまうとみる批判もある。
 この批判を背景に次々に生まれているのが「メディア監視団体」であり、報道機関の現状に危機感を持つ市民の声を反映する公的利益団体として、注目されている。各団体は報道の内容を検証し、偏向についての情報提供や、報道機関への改善要求を行っている。また、各団体が作成しているニュースレターやウエブサイトなどが新聞やテレビの報道で特集されることで、国民を啓発する運動は大きく広がっている。市民は献金などの形で各団体を支持し、政策形成過程の中で新しい形の市民運動となっている。
 一方、それぞれのメディア監視団体の提供する情報をみれば団体そのものにも政治的偏向が目立つケースも少なくない。「保守派」とみなされるメディア監視団体(例えば、「アキュラシー・イン・メディア」と「リベラル派」の監視団体(例えば、「メディア・マターズ・フォー・アメリカ」が存在し、保守派の団体はリベラル派の報道機関を批判し、リベラル派の団体は保守派の報道機関を批判する傾向にある。それぞれの政治的立場のアドボカシー団体になっているケースも少なくなく、各団体の「中立」「客観性」そのものが大きな問題となっている。これに対し、リベラル派、保守派の政治的な立場を超え、さらに中立な観点からメディアの政治情報をチェックする監視団体(例えば、「ファクトチェック・ドット・オーグ」など)が大学や財団を母体に発足し、活発に活動している。
 限界はあるものの、アメリカの放送メディアにおける政治情報提供の急変の中、メディア監視団体を通じて、政治・社会とメディアとの新しい関係が生まれつつある事実は特筆したい。

・研究報告者 プロフィール
前嶋 和弘(まえしま かずひろ)
文教大学准教授
1965年生まれ。上智大学外国語学部英語学科卒業後、新聞記者を経て、ジョージタウン大学大学院政治学部修士課程修了、メリーランド大学大学院政治学部博士課程修了(PhD)。敬和学園大学を経て、現在、文教大学人間科学部准教授。専攻はアメリカ政治(主に、メディア、選挙、議会)。主要著作は『アメリカ政治とメディア:政治のインフラから政治の主役になるマスメディア』(北樹出版、2011年)、『インターネットが変える選挙:米韓比較と日本の展望』(共編著,慶応大学出版会、2011年)、『オバマ政権はアメリカをどのように変えたのか―支持連合・政策成果・中間選挙』(共編著,東信堂、2010年)ほか。