対談
テレビドラマ番組 [奨励賞 & 演技賞]
“妄想ごっこ”が大好き
…しゃっくりするみたいに、ふと気がつくと、妄想してるんです
『土曜オリジナルドラマ 連続ドラマW グーグーだって猫である』(WOWOW)は、漫画家大島弓子が飼い猫との日々を綴ったコミックエッセイを、映画版と同じく犬童一心監督がドラマ化した作品。番組に奨励賞が、大島弓子をモデルとした主人公・小島麻子を演じた宮沢りえさんに演技賞が贈られた。
7月7日にホテルオークラ東京で行われた贈呈式の直前に、テレビドラマ番組の河合祥一郎審査委員長が宮沢りえさんに話をきき、その魅力にせまった。
宮沢 りえ さん (みやざわ りえ)
1973年東京都生まれ。'88年『ぼくらの七日間戦争』で映画初主演。映画、演劇と幅広く活躍し、映画『紙の月』で第38回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞、舞台『MIWA』で菊田一夫演劇賞を受賞。今年5月より、舞台『海辺のカフカ』で初のワールドツアー(ロンドン、ニューヨーク、さいたま、シンガポール、ソウル)へ。
河合 祥一郎 さん (かわい しょういちろう)
テレビドラマ番組審査委員長
東京大学大学院教授。専門はイギリス演劇、英文学、表象文化論。著書に「ハムレットは太っていた!」(白水社、サントリー学芸賞受賞)など。
猫との演技で培った忍耐力
演技賞の受賞、おめでとうございます。
ありがとうございます。
『グーグーだって猫である』では、実に自然に猫と接していらっしゃいましたね。
今回、猫がどうしたら気持ち良くなるのか、どこを触られたら喜ぶのかってすごく研究しました。こんなに濃密に猫と過ごしたのは初めてです。犬童監督はとても素敵な方で、猫を無理やり演技させようとなさらず、出来るまで待つんです。
宮沢さんもひたすら待つ?
私はけっこう責任を感じて、このままだと夜中になるってときには、必死になって猫のご機嫌を伺いながら、誘ってみたりしました。
猫によってそれぞれ誘い方が違うわけですか。
そうですね。すごく気の強い子もいれば、少しの物音でビクビクする子もいます。個性があって、媚びないやつらと共演するのはとても面白かった。何より鍛えられたのは、「用意スタート」から彼らがその気になるまで、自分のテンションを保ち続けることでした。彼らがいい動きをしたのに私がNGを出してしまったときの残念がられかたっていったらないんです。
スタッフに…(笑)。
そうなんです。だから、とにかく自分のテンションとか役へのアプローチを延々キープして待つ。そういう忍耐力、継続する力がつきました。
今までにない待ち時間の多い撮影だったわけですね。
待ち時間というか、本番に向けて、これから飛躍するっていうときの助走時間が長いんです。
せりふの行間を感じて演じる
一度映画で『グーグーだって猫である』を撮っている犬童監督が、今回はテレビドラマとして「できるだけ自由に作る」ということを言われていました。それは具体的には、「待つだけ待つぞ」、という姿勢にも現れているのでしょうか。
そうですね。監督は、田中泯さんとのシーンでも、長塚圭史さんとのシーンでも、お互いに喋っていない間に何を考えているのか、ということをすごく大事にされていました。
非常に精神的な世界が描かれているように見受けられました。例えば、井の頭公園を歩いていて、宮沢さん演じる麻子が空を見上げて何か考えている――それだけで見ている方は、「何を考えているんだろうなぁ」、とその世界にすっと引き込まれてしまうんですよね。
それはもしかしたら、犬童監督の大島弓子先生への敬愛の念なのではないかと。私の演技についても、「宮沢さんの中の大島先生が動くまで待ちます」って…猫といっしょです(笑)。
台本に書かれていないものを、すごく緻密に、しかも精神的なもので埋めていらっしゃる。
せりふが他の台本よりも少ない分、行間で自分が何を感じるかを問われていたと思います。
台本を受け取ったときに、どう演じるか考えてから現場に臨まれるんですか、それとも撮影のときに、言わば感性で模索していくのでしょうか。
現場で模索する方が多いですね。細かな設定は現場に行ってからでないと決まらないですし。ただ、なぜこのシーンがあるんだろうっていうことはすごく妄想します。
どんな妄想でしょう。
撮影に入る前に、大島先生…麻子は、彼女のアンテナに触れるものがあったときに、一気にそちらに集中する人なんじゃないか、それなら、ものすごく“前のめりで歩く”っていうのはどうかなと思って、一週間ほどそういうスタイルでやったんです。そしたら監督が、「撮ったもの、軽く繋げたんだけど、宮沢さん、前のめりで爪先立って歩いてる。いつもそうですか?」って。
いつもは違うんですよね。
私自身は背筋を伸ばして大股で颯爽と歩く方なんです。そうお伝えしたら、監督、すごく驚かれて、「この本、ただ歩くシーンが多いでしょ、それなのに飽きないんだよね。この歩き方がとっても特徴的ですごくいいんですよ。」って。気付いていただけて嬉しくて。今回演じるときに、そういうことにすごく気をつけました。
確かに、ただ歩いていらっしゃるだけなのに、見入ってしまう――それには仕掛けがあったわけですね。小島麻子という女性が、子猫と一緒に、優しさを大切にしながら生きていく、その哲学的、精神的な強さと華奢な部分を両方兼ね備えた歩き方になっている。さらに言うと、あの吉祥寺という空間を愛しながら歩いているように感じました。
ほぼ井の頭公園、吉祥寺周辺で撮影しました。
あの辺りは、どうお感じになりましたか。
もうほんとうに住みたくなりました。背伸びしてない街っていうか、みんながとても謙虚で、頑張りすぎず、日常というものを愛している人たちがすごく多いなという印象でした。
作品に滲み出る、役者同士の信頼関係
みなさん穏やかに生きていらっしゃる。泯さん、長塚さんをはじめ、ほかの登場人物もみんな穏やかなキャラクターでしたね。
そうですね。それぞれにユーモアがあるし。
泯さんなんか、ほんとうにいるのかいないのかわからないような不思議な存在感がありました。最後に二人が心の中で出会うシーンは非常に美しかった。泯さんとはあまり言葉を交わす場面はありませんでしたね。どうでしたか。
そうですね。プランなどもお話しにならないし、「とりあえず、やってみましょうか」っておっしゃって。私がずっと彼について行くシーンがあったんですが、常に五感を働かせている感じでした。そうしないと何が起こるかわからない。
一瞬たりとも気を抜けない。
すごい緊張なんですけど、とても心地いい緊張でした。泯さんは、ボロボロの衣装の上に、見えないマントを纏っているように感じていました。一緒に歩いていてそのマントを踏んでしまわないように、泯さんがくるっと向きを変えたときに、そのマントに絡まれないようにって。いつも“肉体”で表現されている泯さんのすごいところだなって思っていました。
長塚さんも自分で演出もなさるし、演技にこだわりのある人ですよね。
圭史さんとは間の取り方とかせりふの返し方とか細かな話を密にしました。巧みな方なので、的確な返事をくださるんです。
作品を見ながら、役者さん同士の信頼関係が伝わってきて、とてもいい座組みだなと思いました。
自分の表現することに責任を持つ
とっても楽しかったです。時間的には結構ハードなときもありましたが、朝起きて、「やったぁ、今日も吉祥寺に行ける」っていう感じでした。それも大島先生のお力かな。久々に先生の漫画を読んでいるのですが、精神的に深く掘り下げていったかと思えば、宇宙に届きそうなまでに飛躍してしまう瞬間があって、とても哲学的で。
大島さんの漫画は独特ですよね。
ふつうの漫画はほぼ読まないんですけれど、大島先生の漫画は大好きなんです。もちろん天才でいらっしゃるんだろうなと思いますが、一方であんな世界を描くことってほんとうに苦しいんだろうなって。自分の表現することに責任を持つ…それは苦悩を伴うものだろうと。
そこは宮沢さんと共通する部分が大きいのではないですか。
そういう人間でありたいと思いますし、アーティストが作品を作り上げるまでにどういう道を辿るのか、そこに嘘がないように表現したい、と思いながらやっていました。
舞台『海辺のカフカ』の世界に生きて
最後に、演劇のお話を伺います。ご出演されている『海辺のカフカ』(蜷川幸雄演出)は、私も日本で拝見しましたし、ロンドン公演も素晴らしい成果だったと聞きました。この作品は、猫と会話ができる不思議なナカタさんが登場したりして、猫と触れながら精神世界へ飛んでいくところが『グーグー』の世界と近いですよね。宮沢さんのようにそれを表現する力を持っている女優さんはなかなかいないでしょう。ご自身ではどう思われますか。
“妄想ごっこ”が大好きだからかな。しようと思ってするのではなく、しゃっくりするみたいに、ふと気がつくと、妄想してるんです。
じゃあ『カフカ』の世界は大好きですか。
大っ好きです。自分が一番自分らしく生きられる場所です。
見ていてわかります。空想の世界というか夢醒めやらぬ世界といったものが次々展開されていきますね。ロンドン公演はいかがでしたか。
初日、カーテンコールに出て行った瞬間に、一気に観客全員が立ち上がってものすごい拍手をいただきました。自分でもなかなかない経験でした。出発前、蜷川さんに「自分たちが今やっていることに誇りと自信を持って」と言われたことを自分の身体で感じました。何より嬉しかったのは、ゲネプロで「今回の蜷川はどんなものを見せてくれるんだい」っていう少し斜めからの視線で見ていたイギリスのスタッフみんなが、その観客の反応を見た瞬間に、心から興奮し、喜んでくれて、同じ誇りと自信をもつスタッフに変わったことです。演劇っていろんなことを超越して一瞬にしてパワーに変えてしまうんだなって。
野田秀樹さんの舞台に立っていらっしゃるときの宮沢さんからは真剣でまっすぐなパワーがいつも伝わってきていました。今回の『カフカ』の場合は、それとは少し違うアングルの、ふわぁっとした、ちょっと『グーグー』的な要素が入っていて、それが宮沢さんの魅力をさらに大きく膨らませているような気がしました。
演じているときは、現実の世界に生きているときよりも深く呼吸ができるような、そんな感覚があるんです。そういうこともかかわっているのかもしれないですね。
次のニューヨーク公演、ご成功を祈っております。
楽しみに頑張ります。ありがとうございました。
それでは後ほど贈呈式でお会いしましょう。