対談
テレビドラマ番組 [演技賞]
一番を目指して勝負したい
「天皇の料理番」(TBSテレビ)は、明治、大正、昭和にかけての激動の時代に、料理に夢を見た一人の男と、彼の夢を支える人達の愛の物語。番組は、キャスティング、ストーリーの構成、どれをとっても完成度が高いと評価され、優秀賞を受賞。主演の佐藤健さんには、破天荒な人物を多くのハードルを越えて演じ切り、ドラマの強力な牽引力となったとして演技賞が贈られた。
7月5日にホテルオークラ東京で行われた贈呈式の直前に、テレビドラマ番組の河合祥一郎審査委員長が、佐藤健さんに話を聞き、その魅力を探った。
佐藤 健 さん (さとう たける)
1989年埼玉県生まれ。近年の主な主演作品に、TVドラマ「仮面ライダー電王」(2007)、「ビター・ブラッド」(2014)、映画「リアル~完全なる首長竜の日~」「カノジョは嘘を愛しすぎてる」(2013)、「るろうに剣心」シリーズ(2012~2014)、「バクマン。」(2015)、「世界から猫が消えたなら」(2016)などがある。TVドラマ「天皇の料理番」(2015)の演技で、東京ドラマアワード主演男優賞、橋田賞など受賞。映画「何者」が2016年10月15日に公開を控える。
河合 祥一郎 さん (かわい しょういちろう)
テレビドラマ番組審査委員長
東京大学大学院教授。専門はイギリス演劇、英文学、表象文化論。近著に「シェイクスピア~人生劇場の達人」(中公新書、2016年6月刊行)、そのほか「ハムレットは太っていた!」(白水社、サントリー学芸賞受賞)など著作多数。自ら新訳・演出を担当し、原文の真の面白さを伝える公演を行うKawai Projectで、2016年9月にシェイクスピアの「まちがいの喜劇」を上演、10月19日よりベケットの「ゴドーを待ちながら」を上演予定。
過剰なくらい準備して、あとは監督に委ねる
『天皇の料理番』での演技賞受賞、おめでとうございます。
ありがとうございます。
はじめに、今回の篤蔵(とくぞう)という役がオファーされた時に、どのようにお感じになりましたか。
まず、驚きました。今まで演じたことがないタイプの役だし、普段の自分が持っているものとも全く違う役柄だったからです。ただ、オファーしてくださったのがデビューした時からずっとお世話になってきた方たちだったので、何かそこに意図があるのだろうと思いました。また、最終回までのプロットを読んで、なんて素敵な物語なんだろうと思ったし、篤蔵さんの人柄にも惹かれました。すごくハードルは高いけれども、飛び込んでみたい、挑戦してみたいと思いましたね。
演じる前に、不安はなかったのですか。
台本を読んだ時に、自分が演じている姿が見えたんです。そういう意味では、挑戦だとは思いましたが、そんなに不安ではありませんでした。
私は、第一話で、「のくてぇ子」(だめな子)として登場した佐藤さんの演技を拝見して、これまで『るろうに剣心』などで見せてきたシャープで理知的なイメージが、がらっと様変わりしていたことに非常にびっくりしました。それは、単に髪の毛を短くしたとかいうことではなく、目つきから違っていた。町の中を走っていくシーンでも、例えば狂言師のような、ちょっとコミカルで、下手をすると芝居がかってやり過ぎてしまうような走りなんだけれど、絶妙なバランスで演じていらした。並みの演技力ではあの走りはできないんじゃないかと思いました。
走りのシーンに関しては、今のお話を伺ってなるほどと思いましたが、そこまで考えて苦労したわけではないんです。ただ、普段のふるまいや台詞の言い方に関しては、おっしゃる通り、演技過多になりがちでしたし、僕が一人で好き勝手にやっていたらそう見えてしまったと思います。そこは、監督や周りの方々に調整して頂きました。
調整というのは?
最初は、自分で色々考えて用意していったものをやるのですが、監督に、「そんなにやらなくていいから」とか「もっと普通でいいから」と言われて、しぶしぶ抑えてやってみたら、「それがよかったよ」とOKが出る…みたいなことです。
OKが出た時に、なぜOKだったのかを理解してから次にいくんですか。
その場ではわからなくて、オンエアを見て、なるほど、自分はtoo muchなことをしていたんだなと気付く感じです。
俳優って自分とは違う役が来た時に、頑張っちゃうんです。こういうキャラクターに見せたい、という思いでたくさん用意していくのですが、それがそのまま採用されたとすると、過剰な芝居に見えてしまう。でも、いい演出家はいいところだけ使うんですよ。篤蔵っぽく、篤蔵をよく見せるために、いいところだけを編集で繋いでくれる。
何気なく「演技過多になる」っておっしゃるけれども、準備をしていって、過剰であったとしても、ある種のベクトルを示すからこそ監督がそれを抑えられるわけですよね。
そうなんです。だから準備していくこと自体は大切です。いまは、そういう形が理想かなと思っていますね。
それは監督の方としては楽ですよ。抑えればよいわけだから。その大きなベクトルを出してくれる人、そういう人が演技派俳優って言われるんじゃないですかね。
でも、俳優が準備して方向性を示すだけではだめなんです。それを調整してもらって初めて形になる。ですから、演技の評価という点においては、誰と組むか、いかに優秀な監督と組めるかということが大きいんだなということを改めて学びました。俳優の力って本当にちっぽけなものだなって。
篤蔵を形作っているもの
謙遜なさっているけど、お話を聞いていて、本当に冷静で明晰な自己分析をされる方なんだなと思います。想像力が豊かで、演ずる前に目指す方向が見えているのでしょうね。ほかにも印象的だったのは、何かに夢中になった時にスイッチが入る篤蔵のキャラクターを実に上手に作っていらっしゃった。もしかしたら、ご自身もそういうスイッチをお持ちになっているんじゃないですか。
そうですね。僕も昔から一つのことに夢中になったらのめり込む方でした。小さい頃はゲームを朝早くからひたすらやったり、最近では一時期オセロにはまっていましたね。ただ、それをやり過ぎると周りからどう見えているんだろうっていうことも一応考えているので、アウトプットの仕方は篤蔵さんとは全然違うと思うんですけど。
なるほど。
それから、僕は負けず嫌いでもあるので、やるって決めたら負けたくないし、カッコ悪い姿を見られたくないという思いは強いですね。
そういう真直ぐなところも佐藤さんの篤蔵を形作っているのでしょうね。
一人の人間の一生を生き切った達成感
撮影中たいへんだったのはどのあたりでしょう。
撮影が長期間だったので、絶対いいパフォーマンスをしなきゃいけないって意気込む気持ちやモチベーションを半年間キープするのが難しかったです。
通常の連続ドラマは3か月クールですから、精神面でハードでしたね。では、楽しかったことは?
共演した桐谷健太さんや柄本祐さんと一緒にいる時は、芝居中も本番の合間でもとにかく楽しかったですね。役同士の人間関係と同様に、気を抜くことができましたし。兄やん(鈴木亮平さん)や俊子(黒木華さん)との関係は重いですから。
佐藤さんの役作りも相当なものだと思いますけど、鈴木亮平さんが、結核を患うという設定に合わせてガリガリに痩せたり、今回のキャストは力が入ってるなぁと感じました。
力が入っていたのは主に僕と亮平君ですね。一方で、華ちゃんなんかは、スッと来て、テンションが変わることなくそのまま役に入って、一番おいしいところをもっていく、みたいな感じでした(笑)。
それはどういうことでしょう?
亮平君とか僕はストイックに頑張って勝ち取る、というタイプで、彼女は、もちろん努力もしていると思いますが、佇まいとか存在感で突破していけるっていうんですかね。現場では淡々としていて、オンエアをみたら、ああ、やられたって(笑)。
ストーリーの上では、兄やんも俊子も病気で亡くなってしまいますよね。
物語の後半は、亮平さんや華ちゃんの顔を思い浮かべるだけで涙が出てくる、という身体になってましたね。
それだけ役に入り込んでいたんですね。
亮平君とは現場でもほとんど会うことがなくて、一緒に芝居をすることもあまりなかったんです。だから、お互い、空を見上げて心の中で会話する、みたいな感じでした。
オンエアはいつご覧になっていたんですか?
毎週見て、毎週泣いていました。
やり終えて、達成感がおありになったでしょうね。
ドラマの中ですけど、一人の人間の一生を生きさせてもらったという達成感はありましたね。
この物語は、一つのことをやるぞと決意した男が、一生をかけてそれを成し遂げていくという、見ていてスカッとするようなお話でしたが、おそらくそれが佐藤さんの負けず嫌いなところ、あるいは、こうと決めたらやるぞと奮起して努力するところとぴったり合ったからこそ、視聴者も心を動かされたんじゃないかと思います。
自分のこれまでのキャリアの中でも特別な作品でした。
ジャガイモと格闘した日々
ところで、作品の中では見事な包丁さばきを披露していらっしゃいました。
プロの方に比べたら全然ですが、野菜を見ると刻みたくなる衝動に駆られるくらい包丁が好きになりましたね。
これまでにご経験はあったんですか?
全くやったことがありませんでした。
ずいぶん準備をされたのでしょうね。
料理教室に行って、先生にどういう練習をしたらいいのかを教えてもらって、あとは自分で練習しました。
ご自分が作られた中でお気に入りの料理ってありますか。
僕が一番練習を重ねたのがジャガイモのジュリエンヌっていう切り方なんです。ただひたすらそれを練習するので、ジャガイモの細切りがとんでもない量になるんですね。それをフライパンでピザみたいな形にまとめて焼いて食べるんです。そればっかり食べてました(笑)。
映像の世界と舞台との違い
これまでに、舞台では「ロミオとジュリエット」に出演されていますね。
はい。すごく勉強になりました。ただ、何しろ難しすぎると思いました。
どんなところが?
演じていると出来ないことに始終直面します。ドラマや映画だったら、出来ない日を終えたら次の日は同じことをしなくていいですよね。一回リセットして、明日からまた頑張ろうって。でも、舞台は出来ないことを次の日もやんなきゃいけないんですよ。
抱えなきゃいけない。
これがなかなか出来るようにならない!もちろん努力して徐々に良くはなっていくのですが、こんな出来ないんだ、自分…って。
そこは演出家の指示でどうにかなるんじゃないかと思いますが、ご自分の問題として捉えていらっしゃるんですね。
舞台は俳優の個の力が大きいと思うんですよ。もちろん演出家の指示はありますが、舞台上では頭からつま先まで常にさらされている。ドラマや映画だったらOKテイクは監督が決めるし、編集もあります。
演技のベクトルが強い方でいらっしゃるから、もちろん映像の世界でも活躍なさると思うけれども、舞台でそれがパーっと出ると、素晴らしいことが起こるのではないかなって思ったんですよ。
いい出会いがあったらぜひ挑戦したいとは思います。ただ、舞台の世界にはとてつもなく才能ある人たちがいて、舞台に立ち続けていらっしゃるじゃないですか。そこに、ぽっと自分が出ていっても、かなうわけがないなって思っちゃう。どうせやるんだったら、一番を目指せるところで勝負したいなって気持ちがあるので、そういう意味で、遠ざかってしまっているところは正直ありますね。
「勝つ」っていうのは佐藤さんにすごく合う言葉ですよね。
勝てるところを選んでいる時点でずるいんですけどね。まだ映画とかドラマの方が勝負出来るなって思うんです。
非凡な魅力を持つ人を演じたい
では、これからの勝負においてはどういう役をやってみたいですか。
一つの仕事を終えると、前回とは違うことがしたいっていうマインドになるんですよ。『天皇の料理番』は重かったので、その後は何も考えないで出来るコメディみたいなバカバカしいのをやりたいなって気持ちがありましたし、『るろうに剣心』のようなアクションものの後は、ヒューマンやラブストーリーをやりたいなと思いました。今は、わりとどんな役でも大丈夫な状態です。あえて考えるとしたら、やっぱり篤蔵さんみたいな人がいいですね。彼は個性的だけど、本当に魅力的な人物です。最初はなんてダメなやつなんだと思いながらも、見ているうちに、応援したくなるし好きになる。そういう非凡な魅力を持っている人を演じたいですね。
これからの佐藤さんのご活躍が楽しみです。今日はお話し頂き、ありがとうございました。