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読む・楽しむ 放送文化基金賞特集
放送文化基金賞の受賞者へのインタビュー、対談、寄稿文などを掲載します。

2018年10月3日
第44回放送文化基金賞

対談

テレビドラマ番組 [演技賞]

終わらないでほしいと思えた幸せな時間

宮﨑 あおい 河合 祥一郎

 特集ドラマ「(くらら)~北斎の娘~」は、葛飾北斎の娘・お栄(葛飾応為)の半生を描いた物語だ。絵師として父の背を追うお栄は、父の病、母の死、善次郎(溪斎英泉)との実らぬ恋を経て、独自の境地にたどり着く。
 作品は、4Kの美しい映像で葛飾応為の光と影の世界を表現すると同時に、女性絵師の気迫と粋とを示す見事な作品だったと優秀賞を受賞。お栄役を演じた宮﨑あおいさんには演技賞が贈られた。
 7月3日にホテルオークラ東京で行われた贈呈式の直前に、テレビドラマ番組の河合祥一郎審査委員長が、宮﨑あおいさんにお話をきいた。

宮﨑 あおい さん (みやざき あおい)
1985年、東京都生まれ。2001年公開の映画『EUREKA(ユリイカ)』で、多くの新人賞を受賞。以降、数多くの話題作に出演し、日本を代表する女優として存在感を発揮する。近年の出演作に映画『怒り』、『バースデーカード』(ともに2016年)、『ラストレシピ ~麒麟の舌の記憶~』(2017年)、連続テレビ小説「あさが来た」(NHK/2015年)、特集ドラマ「(くらら)〜北斎の娘〜」(NHK/2017年)、 「あにいもうと」(TBSテレビ/2018年)などがある。

河合 祥一郎 さん (かわい しょういちろう)
テレビドラマ番組審査委員長
東京大学大学院教授。専門はイギリス演劇、英文学、表象文化論。『シェイクスピア 人生劇場の達人』(中公新書)、『ハムレットは太っていた!』(白水社、サントリー学芸賞受賞)など著作多数。自ら新訳・演出を担当し、原文の真の面白さを伝える公演を行うKawai Projectで、2018年9月にシェイクスピアの『お気に召すまま』を上演(角川文庫、2018年8月刊行)。

葛飾北斎との出会い

河合

 今回は演技賞ご受賞おめでとうございます。

宮﨑

 ありがとうございます。

河合

 最初にオファーが来て台本をお読みになった時はどのようにお感じになりました?

宮﨑

 すぐ、やりたいですとお返事しました。プロデューサーの佐野元彦さんは『篤姫』(NHK)以来、何度かご一緒させていただき、とても信頼していますし、脚本が素晴しかったんです。素直に台本に書いてあることを受け取って、そのまま表現すればそれがきちんと正解になる感じがしました。

河合

 この番組は、私はNHKワールドの海外向け番組で先に観ていたのですが、そちらでは宮﨑さんが大英博物館の葛飾北斎展を訪れる特典映像がついていました。イギリス人の北斎研究家の方ともお話しになっていましたが、いかがでしたか。

宮﨑

 実物を見ることができたのはもちろん、海外の方から見た北斎さんについて聞けて、とても良い時間だったと思います。北斎さんのことを勉強している方にお会いしたり、子どもたちに北斎さんの絵について教えている授業を見学したりしました。

河合

 授業を見学なさったんですか。

宮﨑

 ええ。日本とは違う国で、違う感性の人が、北斎さんの絵に触れて、受けとめているということが刺激になりましたね。

河合

 イギリスでのロケでは他に何かエピソードがありますか?

宮﨑

 ロンドンの画廊で北斎さんの本物の絵に出会ったんです。1枚の値段は高いのですが、それをぴらぴらって見せてくれて、触らせてくれるんですね。その瞬間、これ、北斎さんが、お栄さんが触ったかもしれないと思って、2人の存在を身近に感じられるようになりました。

河合

 絵は購入されたんですか?

宮﨑

 北斎さんの絵はさすがに買えなかったので、溪斎英泉さんの絵を買ってきて、本読みのときに英泉(善次郎)役の松田龍平さんにも見せたんです。

特訓した日本画の描き方

花の色付けをするお栄

河合

 作品では手練の筆裁きを見せて下さいました。かなりの期間、準備されたのではないですか?

宮﨑

 まずは筆の持ち方から教えていただきました。鉛筆は筆を中指で支えますが、日本画の場合、薬指で支えるんです。普通はそこで苦労するそうなのですが、私、子どもの頃に薬指で鉛筆を持っていたのを直したことがあって、わりと違和感なく薬指で筆を持てました。先生たちもみな素敵な方で、練習の初日からとても楽しかったです。

河合

 筆は持ち変えるんですか?

宮﨑

 そうです。2本同時に持って、ペン回しみたいな感じでこう、くるくるくるってやるんです。家でずっと筆を持ちながら練習しました。

河合

 練習すれば出来るものなんですか?

宮﨑

 はい。あるとき急に、「あ、これだ!」というのがあって、そこから出来るようになりました。

河合

 持ち方の特訓の後に、絵を描く練習をされたのですか?

宮﨑

 そうです。最初は竹の節を描く練習で、和紙に描くともったいないので、新聞紙にひたすら描いて。そのあとは牡丹を写す練習もしました。色をグラデーションにするために色の付いた絵筆と水で延ばす絵筆の2本を使い分けて描く、というのを練習しましたね。

自然に演じられた“お栄さん”

河合

 宮﨑さんが画面に映るときに眼の色が、お栄の眼そのものでした。ご自身の演技に関して、心がけていたことはありますか?

宮﨑

 あまり正面から人と対峙しないようにしたいな、と思っていました。それで、向き合うのではなく、横向きで視線を外して話をする、というのを意識しました。

河合

 台本から、お栄さんはそういう人だろうと読み取られたのですね。

宮﨑

 はい、そうではないかなあと。それ以外はそんなに意識していなかったと思います。感じたまま、現場でやってみようっていう感じですね。

河合

 受賞の言葉の中に、「自分はどこかお栄さんに似ている部分があったのではないか」とありましたが、どんなところですか?

宮﨑

 たぶん少し頑固なところとか、こうと決めたらやらなきゃ気が済まないみたいなところとか…。

河合

 “なりふり構わず”というのがお栄さんだと思うんですけど、なかなか普通の人にはできないことですよね。

宮﨑

 そうですね。でも、足でものをよける感じとか、雑なところも演じていてすごくしっくりくるというか。普段から自分がそうしているわけではないのに、すとんって腑に落ちるところがいっぱいありました。

河合

 自然とお栄さんになれたのですね。

宮﨑

 そうですね…自由で自然にできました。

河合

 お栄さんが絵を描くこと以外は眼中にないみたいな人だったように、今まで宮﨑さん自身が何かに夢中になった経験はありますか?

宮﨑

 私自身すごく凝り性で、一つ好きになるとわりと長いスパンで好きでいるんです。たとえば、手芸とか刺繍はもう何年もやっています。手を動かして物を作ることが元々好きなんです。そこもお栄さんと通じる部分かもしれないですね。

河合

 まさに宮﨑さんのための役だったんですね。

宮﨑

 本当に出会えてよかったなと思っています。

作り込まれた世界観

河合

 撮影現場はいかがでしたか。

宮﨑

 ゴール地点がきちんと定まっていて、全ての人の想いがそこに向かい合っているというのをすごく感じられました。現場に入ればそのままお栄さんになれる空間をつくってもらっていたので、ありがたかったです。

河合

 ゴールが見えているから、役も作りやすかった?

宮﨑

 そうだと思います。とてもチームワークが良くて、セットも北斎さんの仕事場はこうだっただろうってみんなで考えて、それがきちんと再現されていました。あの世界観の中にいると、セットということを忘れて自然と役に入り込めました。

河合

 江戸の時代の佇まいといいますか、たとえば胡坐をかいて着物を着てというのはいかがでしたか。

宮﨑

 お着物に関しては、着崩したのが初めてだったので…それは楽しくて。お姫様とか位の高い人だと、あのように胡坐をかいたりはしないですし。また衣装が本当にかっこよかったんです。男の人のように着物をちょっと腰に巻いたり、帯を下げて着ている感じとか、この衣装がお栄さんにしてくれたというのもすごくありますね。

河合

 なるほど。何かご苦労はありましたか?

宮﨑

 苦労は一つもなかったです。準備する期間も撮影中も楽しくて。終わらないでほしいって思える現場に関われることが本当に幸せでした。

河合

 ご自身で完成した作品をご覧になったときに何か発見はありましたか?

宮﨑

 かっこいいなあって…。とても素晴しく切り取っていただいて、お栄さんとして生きている瞬間がちゃんと一本のドラマの中にぎゅっと詰まっていて、嬉しかったです。

二度目の親子を演じて

親父どのとお栄

河合

 お栄さんというキャラクターは、「父には届かない、自分には出来ない」というもどかしさをずっと抱え込んでいるように見えました。それを演じる難しさみたいなものはありましたか?

宮﨑

 北斎さんを演じられた長塚京三さんとは、『篤姫』でも親子を演じさせていただいていたので、それがすごくプラスになりました。

河合

 “お父さん”って自然に思えるような存在だったのですね。

宮﨑

 はい。「かっこいいな」という思いがベースにあるので。『篤姫』ではとってもユーモアのあるチャーミングな父上でした。今回は、大きな背中の“親父どの”を見せてくださって、自然と尊敬できました。

河合

 印象に残っているシーンはありますか?

宮﨑

 橋の上で親父どのが欄干にあごを乗せながらお栄と話すシーンがあるのですが、あれは長塚さんのアドリブなんです。そこに長塚さんのチャーミングさが出ていて、北斎さんがより魅力的なキャラクターになったと思いますね。すごく好きなシーンです。

河合

 なるほど。他に思い入れのある長塚さんとのシーンはありますか?

宮﨑

 親父どのが倒れて寝たきりの日々の中で、お栄に向かって「養生は…もう飽いた!」と片言で言ったときに、思わず嬉しい気持ちがこみあげてきたんです。まだ描くことを諦めていないんだって。それはこの台本を読んだ時点では想像が出来なかった感情で、そういうことの積み重ねで出来上がっていくのかなぁと。

河合

 「長塚さんって素敵だ」という思いが基本にあり、それがお栄の親父どのに対する思いと重なって、いろんな化学反応が起こっていったということなんでしょうね。

宮﨑

 そうだと思います。10年前の『篤姫』がなければ、また違った感覚で演じていたんだろうなと思います。

()」はお栄を象徴する言葉

河合

 放送されて、まわりから何か反響はありましたか?

宮﨑

 はい。普段、連絡をもらわないような人からほめていただいて。私も胸を張って「そうでしょ」といえる作品だと思っていたので、嬉しかったです。

河合

 タイトルが『お栄』ではなく『(くらら)』でした。“()しい”“幻惑させられる”…そういう女性としてお栄が描かれていると思いますが、ご自身で演じられていて何か“()しさ”みたいなものってお考えになったことはありますか?

宮﨑

 善次郎さんと男女の関係になったときに、「目眩(めまい)がした」という台詞があるんです。お栄さんの気持ちというか、お栄さん自身をとても象徴しているような…すごく良いタイトルだと思いますね。

河合

 本当に良い作品になりましたね。プロデューサー自身がお栄役は宮﨑さんでなければ、とキャスティングをお願いしたとおっしゃっていました。NHKワールドでも海外に向けて放送していて、反響がきているようです。日本人として、「どうだ、観てください」って、一視聴者の私としても素晴しい作品、日本が誇るべき作品だと思っています。

宮﨑

 嬉しいですね。ありがとうございます。

河合

 これからもご活躍を楽しみにしています。