インタビュー
個人・グループ部門[放送文化]
地域住民と喜怒哀楽をともにするメディア
中海テレビ放送の代表取締役会長でサテライトコミュニケーションズネットワーク代表取締役の髙橋孝之さんに、個人・グループ部門[放送文化]の賞が贈られた。
髙橋さんが30年前に立ち上げたケーブルテレビ局、中海テレビ放送は、6つのコミュニティチャンネルを駆使し、地域の文化を掘り起こし、住民の願いや主張に耳を傾け、産業や行政を刺激し、まち興しの中心になった。そして、災害時にあっては真っ先に危機の警鐘を鳴らし、鳥取県西部の地域のメディアとして地域住民の厚い信頼を積み重ねてきた。
放送文化の河野尚行審査委員長が米子を訪ね、髙橋氏に話をきいた。
台風の接近で天候が危ぶまれる中、無事、汽水湖・中海に滑走路を伸ばす米子鬼太郎空港に到着。まずは、中海テレビ放送(以下、中海テレビ)の会議室でお話を伺う。
今回の賞はケーブル関係者としては初めてです。改めておめでとうございます。
地元の新聞にも大きく取りあげてもらい、地域の皆さんにも大変喜んでもらって恐縮しています。
中海テレビには、地域向けのコミュニティチャンネルが6つもあり、ニュース専門のチャンネルがあると聞いていますが。
はい。まず、中海テレビを立ち上げた理由の一つが、地域に民間放送局の数が少ない上に、自主制作番組が少ないことでした。それには、情報のギャザリングの仕方が大事です。地域社会の情報をどう集めるか、ニュースをどう集めるかです。
小さい町だからといって、放っておいて情報が集まるわけではありません。記者ごとに担当はありますが、どのくらいその地域の中心になる人物と知り合い、電話番号を知っているかが勝負です。絶えずこちらからの電話で情報のきっかけを掴み、現場に足を運ぶ。放送したニュースには担当者の名前を必ず出すようにしています。現在18時から30分間生放送で、その日のニュースを平均8本放送、それを一晩中リピートします。翌日昼の13時30分からの生放送で午前中のニュースを取り入れます。24時間ニュースの時間なので、災害などの緊急事態が発生すれば、その場で差し替えられます。
事故のニュースもそのままにせず、追跡します。例えば、ある道路が片側1車線から2車線になり、そこでの事故が急増、わずか700mの区間で5年間に死亡者が7人も出たことがあります。その原因を探り、現場に横断歩道と信号機と照明が必要だというキャンペーンを繰り返す。自治体と粘り強く交渉し、成功。以来、そこでの事故はぷっつり無くなり住民に感謝される、といった具合です。この他に、視聴率が一番高い総合チャンネルでも、毎朝6時30分から8時までの1時間30分、生で地域のニュースを伝えています。
地域ごとの行政・学校・公民館などの広報的なチャンネルの他に「パブリック・アクセス・チャンネル」というのがありますが、これはどういう性格のものですか。
“まるごと市民のチャンネル!”と称し、地域の文化団体や青年団体など発信機能を持つ33団体で番組運営協議会を設け、これらの団体の発表の場にするほか、学校や個人の投稿作品も歓迎しています。まちを総スタジオ化する“市民のチャンネル”です。また総合チャンネルでも放送する「医療最前線」「健康ぷらざ」などの健康番組は、米子にある鳥取大学医学部と地域の医師会の全面協力のもと、出演者も推薦してもらいます。健康に不安な視聴者は、番組に出演した先生に直接診断を受けることも可能で、視聴者からも大変好評をいただいています。
その精神・狙いは良く分りますが、中には他人のプライバシーを激しく傷つけるなど、公序良俗に著しく反する過激な表現が飛び出す心配はありませんか。
そのために、番組審議会の他に、弁護士などの有識者からなる「カンファレンス評議会」という組織があり、放送すべきでなかったもの、すべきだったものについてのアドバイスをもらっています。博打系と宗教のPRは原則やりません。それでも問題がある場合は私自身が出ていきます。喧嘩はコミュニケーションの一種と考えており、誰でも解決できるような問題は面白くありません。そこで、私の出番です。トラブルメーカーが強い味方になることがあるのです。
地域の皆さんが“中海テレビは、自分たちの放送メディアだ”と考えていることが判りました。ここで、髙橋さんが力を入れてきた「中海再生プロジェクト」の話を伺いましょう。
2001年、水質汚染が進んでいた中海を後世に誇れるようなきれいな湖にしようと「中海物語~新たな未来を見つめて」というキャンペーンを始めました。20団体が動き始め、生息魚類の展示会や浄化実験などを展示、水質を改善し、10年で泳げるようにしようと目標を定めました。やがて地域の企業・市民団体・学校などが中海の清掃活動をスタートさせ、年を追うごとに盛んになり、事実10年で水泳大会が開けるようになりました。日本水泳連盟の協力で「オープンウォータースイミング」の認定を受け、鈴木大地さんにもPRに一役買ってもらいました。今年の水泳大会にもスポーツ庁長官になった鈴木さんが参加してくれました。浄化作業を更に進め、きれいな汽水湖・中海を世間にPRして観光客を呼び、中海を取り囲む地域のまち興しに大いに活用しようと思い、いろいろ案を練っているところです。
髙橋会長のインタビューをいったん中断し、放送の現場を見せてもらう。部屋の一番奥がテレビモニターの並ぶ副調整室で、一番手前が編成グループ。チャンネルが多いから人数も多い。その間に取材から帰った報道部の記者やデスク10人ほどがパソコン編集機に向かって6時からのニュース送出に備えている。この日、天気が大荒れで、鳥取県西部に大雨警報が出されており、これがニュースの頭か。待っているニュースが、韓国光州で開催中の世界水泳選手権女子3m高飛び込みの予選の結果だ。この春米子の高校を卒業したばかりの18歳の三上紗也加選手の活躍がめざましい。ニューススタジオは、NHK地域局のニューススタジオに比べてもかなり大きい。
ニュース送出現場はこれからが修羅場になる。迷惑をかけないよう早々に退出。サテライトコミュニケーションズネットワーク(以下、SCN)に向かう。髙橋孝之さんは、この会社の社長でもある。
表に大きなパラボラアンテナが2本あるでしょう? アメリカのケーブルテレビ局などを視察して、はじめはケーブル各社にお互いの番組ソフトを交換する会社を作ろうと思ったのですが、需要が少ない上に衛星のコストが高くうまくいかない。そこで全国を結ぶ地上回線を使い、各地の気象警報や河川の水量、地震、噴火、交通など災害に関する緊急情報や生活情報を全国から米子にいったん集め、必要な情報を速やかに各局に提供するシステムを作りました。夜間は無人の局が多く、人を介さず自動的にその地方に必要な緊急情報を画面にL字型に表示できます。東日本大震災以降、この機能と役割が広く認められ、今は120社余りが、情報受けの端末器を備えてSCNと契約しています。
ここで同席していたSCN髙橋宏之専務(髙橋氏のご子息)が、補足説明をしてくださった。SCNの映像センターでは、全国120局の現在放送しているコミュニティチャンネルを全て映し出し、常時監視している。そして、災害時など、必要な局の画面には、ここSCNから緊急情報のスーパーを載せることも、更に現地の大雨で増水した河川カメラや道路カメラの映像を同じ画面にマルチに表示することもできる。最近、国交省とケーブル連盟が契約を結び、仕事は一層やり易くなったとのことだ。
地域のコミュニティチャンネルには、こうしてSCNなどを通じて緊急時の防災情報が流れるシステムが整いつつある。だが、地域の住民にそのチャンネルが、日常どれだけ利用されているかにより効果には差が出る。地域メディア・ケーブルテレビの責任は大きい。
翌朝、中海テレビの総合チャンネルを視聴する。6時30分から生のニュースが始まった。トップは鳥取県西部の天気情報、視聴者撮影の映像も入っている。続いて飛び込みの三上選手が水泳世界選手権で予選を突破、東京五輪代表の内定が決まった映像、3番手は夏休みを意識して南部町のとっとり花回廊で「食虫植物展」が始まったニュース、次は境港市でのマグロの内臓料理の試食会の話題などなど、これらの地域のニュースが数回繰り返される。その間に地域企業のCMや企画番組の「健康ぷらざ」などが挟まる。
日中や夜を埋める自主制作番組はタイトルを見ただけでもユニークだ。「山陰そら散歩」、「そぞろ歩き」、「女酒場めぐり」、「ド近所さん」などの気楽な話から「ふるさとタイムスリップ」「中海物語」「日野川物語」で郷土の歴史を発掘。「ボーリング大会」「若者の挑戦」「地元のJ3サッカー全試合中継」などもあれば「米子高専セミナー」「看護大セミナー」「鳥取環境大学・未来への事業」などの地元の知性と技術を利用する番組や職人シリーズなど、実に多彩。「県議熱中討論」など地方政治にも目配りしている。
「あなたはハザードマップを知っていますか」では、市町村ごとにシリーズを組み、自治体の防災関係者と危険地域を歩いて映像化。タイミングを見て、部分的に改良し何度も放送する。
2000年に発生した震度6強の「鳥取西部地震の教訓」では、埋め立て地の液状化現象とその対策など、地震に備える地域の課題をシリーズ化して放送。更に、数は少ないが「米子が生んだ心の経済学者~宇沢弘文が遺したもの」などの本格的なドキュメンタリーも制作、地域住民の信用・信頼をがっちりと掴んでいる。
帰途に就く前に再度髙橋さんと会食。今後について伺った。
髙橋さんは、35年前、中海テレビにお金を出した170社の出資者を前に、このテレビ会社は「金は配当できないかも知れないが、文化は配当する」と宣言したそうですが、財政的基盤も安定した今、なにか心境の変化はありますか。
私たちが電力の小売り事業を始めた時も、この地方で生み出したエネルギーはこの地方で消費、お金をこの地域内で活かそうと、地産地消を訴えました。私たちの地域メディアの仕事は地域社会が栄えてこそ成り立っています。
これから5Gの時代を迎え、ネット社会はますます変化するでしょう。その時にも多彩な情報サービスを通じて、地域活性化に役立ち、地域から信用され支持される地域メディアでありたいと願っています。
髙橋さんは地域の組織化が上手である。中海テレビがカバーする2市6町1村を結んで「テゴする」(手伝う・世話の方言)人たちの組織「テゴネット」という地域交流のネットワークを立ち上げた。その情報交換を通じて、郷土の魅力を再発見することや地域活性化に活かす試みも始めているという。
髙橋さんには、既に地域社会の総合プロデューサーとしての実績が備わっている。仕事を楽しみながら地域発展の為にも大いなる活躍を期待してやまない。
プロフィール
河野 尚行 さん (こうの なおゆき)
放送文化審査委員長
1939年山梨県南アルプス市(旧豊村)生まれ、1962年東京大学教養学科・文化人類学卒、NHK入局。番組ディレクター、札幌、北見、高松、大阪局を経て、NHKスペシャル番組部長、編成局長、専務理事・放送総局長、NHKサービスセンター理事長などを歴任。
髙橋 孝之 さん (たかはし こうし)
1946年生まれ。1968年米子フォト工房を設立。1980年㈱山陰ビデオシステムを設立、現在は相談役。1984年㈱中海テレビ放送を設立、現在は代表取締役会長。1993年㈱サテライトコミュニケーションズネットワークを設立、現在は代表取締役。