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読む・楽しむ 放送文化基金賞特集
放送文化基金賞の受賞者へのインタビュー、対談、寄稿文などを掲載します。

2019年9月27日
第45回放送文化基金賞

対談

テレビドラマ番組 [演技賞]

被害者の痛みを食べさせる

桃井 かおり × 河合 祥一郎

 『NHKスペシャル 詐欺の子』は、オレオレ詐欺に手を染める若者たちと騙された被害者を描いたドキュメンタリードラマだ。
 オレオレ詐欺の実態を詳細に暴くのみならず、登場人物の心理を丁寧に描いたドラマ性が非常に優れていたとテレビドラマ番組の最優秀賞を受賞。
 桃井かおりさんは被害者の小山田光代役を演じ、『ドラマ 青い花火』(NHK、1999年)以来2度目の放送文化基金賞演技賞受賞となった。
 7月2日にホテルオークラ東京で行われた贈呈式の直前に、テレビドラマ番組の河合祥一郎審査委員長が、桃井かおりさんに話をきいた。

桃井 かおり さん (ももい かおり)
『幸福の黄色いハンカチ』で日本アカデミー賞助演女優賞最優秀賞を受賞し、一躍スターに。感性の鋭さで常に時代をリードし、俳優、監督、プロデューサー、デザイナーなど幅広く活躍中。『SAYURI』でハリウッド映画に初出演し、現在ロサンゼルスを起点に活動する。近況をSNSで発信している。監督作品『無花果の顔』(2006)ではベルリン映画祭でネットパック賞を受賞し20以上の国際映画祭で受賞また招待上映された。2016年には監督作品『火 Hee』を上映、今年3本目の監督作品を撮影予定。

河合 祥一郎 さん (かわい しょういちろう)
テレビドラマ番組審査委員長
日本シェイクスピア協会会長。東京大学芸術創造連携研究機構長、東京大学教授。専門はイギリス演劇、表象文化論。著書に『シェイクスピア 人生劇場の達人』(中公新書)、サントリー学芸賞受賞作『ハムレットは太っていた!』(白水社)など。角川文庫からシェイクスピア新訳刊行中。2020年7月に河合作・演出「ウィルを待ちながら インターナショナル・ヴァージョン」上演予定。

番組のあらすじ
 2019年の東海地方。一人暮らしの光代(桃井かおり)に、娘をかたる女から電話がかかってきた。騙された経験のある光代は、警察に通報し捜査に協力。14歳の「受け子」の和人(渡邉蒼)の逮捕に貢献する。和人を送り込んだのは、「かけ子」の大輔(中村蒼)と「見張り」の遠山(長村航希)。幼馴染の二人は詐欺を「老人の『死に金』を社会に還元する義挙」と信じていた。和人に続き遠山も逮捕され、裁判を傍聴しに行く大輔。そこで、証人の光代が、以前自分が騙した人間だと知り衝撃を受ける。実の息子が行方不明の光代は、息子をかたる大輔のニセ電話に騙され、それが原因で光代の夫は自殺した。大輔から詐欺の金だと知らず、仕送りを受けていた母の春美(坂井真紀)。一連の報道から、息子を問い詰め、貧困から息子を詐欺師にしてしまったと自らを責める。そんな母の姿を見て、大輔は騙し取った金を返すため光代を訪ねる。だが光代は、実の息子からの電話だったと言い張る。自らそう思い込ませることで、何とか光代は正気を保っていたのだ。詐欺は資産だけでなく、人生も奪い去ってしまう。ようやく気づいた大輔は、警察へ出頭する。

有り余るほどの資料を手にして

河合

 この度は2回目の演技賞受賞おめでとうございます。

桃井

 ありがとうございます。

河合

 まず『詐欺の子』を拝見してびっくりしたのは、実際の被害者の方だと思っていたら実は桃井さんだったこと。全然わかりませんでした。

桃井

 そうですか!わあ~うれしい。

河合

 桃井さんだとわかってからも被害者にしか見えなかった。素晴らしい演技でした。オファーがあった時の話からお伺いします。

桃井

 はい。実は今ロサンゼルスに住んでいるのですが、年老いた愛犬と一緒に過ごす時間が惜しくて一度はオファーをお断りしたんです。でも資料だけは送られてくるんですよ。ロサンゼルスにいると日本語を読むのがとっても嬉しいので、すっかり資料を読んでしまって、楽しんでしまって。本当に良い資料だったんです。社会部の記者の話も入っていて、ドキュメンタリーを撮っていくための資料って感じで、ドラマの資料って感じではなかったですね。DVDもついていました。

河合

 どんなDVDだったんですか?

桃井

 本物の詐欺の子や被害者の方が映っているんですよ。そのビデオの中の青年たちの軽い感じ・・・“軽やか”って言ってもいいかな。加害者としての意識がないんですよね。先輩に「ちょっとバイトしない?」って言われて犯罪に向かっていく。それに対して被害者の方はものすごく淡々と騙されたことについて話しているんです。でも、家の中はめちゃくちゃで、疲れて片づけられなくなってるんですね。これほど精神的にやっつけられているのに、一生懸命、人に説明している。まだ、どうにかしてほしい、どうしたら良かったんだろうかって思いがあるんだろうなと思って。これは詐欺で傷ついた人間を大きくちゃんと表現しないといけないと思いました。

おじいちゃん役をやりたい!?

河合

 桃井さんと今回の小山田光代の役柄はギャップが大きかったと思うのですが、おばあさんの役をやることに抵抗はなかったんですか?

桃井

 ちょうど私も老けたい盛りじゃないですか(笑)。長く化粧品のコマーシャルをやっていたのですが、そうすると老けられないんですよ。長いお付き合いでしたがやめて、その頃ロサンゼルスに住み始めたんです。時々東京に帰ってくる日々を過ごす間に、このままポンっと老けて出られると思ったんですね。だから次回作もおばあちゃん役っていうのは意識して、大事にしています。おばあちゃんか、おじいちゃんか?(笑)

河合

 おじいちゃん役ですか?!

桃井

 おじいちゃんもやれるんじゃないかって、いつか挑戦したいと思ってます。

河合

 それでは今回の役は、ある意味ねらい目だったんですね?

桃井

 そうですね。被害者の方たちの痛みを知ってもらわなくてはいけないというのは使命としてよくわかっていたので。それもあの軽やかな青年たちに対抗する重さで、あいつらにいけないことしたと思わせなきゃいけない。それはドラマを作る私たちのテーマでもあったと思うし、仕事だと思っていました。

河合

 実際に被害にあっていないわけですから、その心理に到達するのはすごく想像力が必要になると思うのですが。

桃井

 監督に全部嵌めていただきました。私にとっての詐欺師は監督だったので、私はただ被害者になっていれば良かった。

河合

 それは名言ですね。

監督とのアドリブ合戦

河合

 現場はいかがでしたか?

桃井

 みんなそれぞれのペースでやっていましたね。監督が仕掛けているのは私だけじゃないんです。若い監督なのに、上手にやろうみたいな欲が一切なくて、「ここはどうなっていきますかね」って少年のように素直に聞いてくれるんです。俳優同士で動きを確認して、「じゃあもう本番行きましょう!」っていつまでもカットがかからないのでずっとやってるみたいな。中村君たちもみんな監督の罠に引っかかって、でも自分の中の想像力しか出せないから、それぞれ違う風に監督に反応している感じで。一種のドキュメンタリーの中の人々になって現場にいるって感じでしたね。

河合

 現場でリアルがどんどん生まれてくるような感じなんですね。台本からは離れていく感じでやっていたのですか?

桃井

 私の場合はほとんどアドリブでした。監督が電話の声をやってくださったんですけど、「あのさあ、そのことは今は・・・ごめんね、あんまり話してられないんだけどさ、あのさ、あのさ、あのさあ、お金のことなんだけどさ」ってリアルなんですよ。あのさ、3回言う?!みたいな。台本じゃ書ききれないですよね。だから私も「うん、うん・・・うん」ってアドリブが続いていく感じでした。

河合

 でもそれが逆に緊迫感になっていたのではないですか?

桃井

 そうですね。台本に書いてあるセリフっていうのを現場が越えてしまっていて、もう何を言うかわからないけれど、本当に私を騙してくれなきゃこのシーンは成立しないってところまでいっちゃったんだと思いますね。監督も私を丸め込む使命に燃えてますから、私が、そんなものにはひっかからないわ、って壁を作ってもそれを越えてくるように何か言ってくるんです。現場で生まれたものを監督は紡いでいって、私はそこから次のシーンはどうなってるだろうって妄想して、被害者の思いを体感していくような作業でしたね。

河合

 印象に残っているのが、裁判のシーンで数年前にも詐欺被害にあっていたことを問われたときに「どうしてあれが息子じゃなかったって、はっきり言えるんですか!?」とおっしゃっていましたよね。

桃井

 あれもアドリブで言ってしまったんです。だってね、検察官は「騙されたんですね」って決めつけるんですよ。その言い方が突き刺さっちゃって素直に答えられなくなっていくんですよ。検察官に「はい、わかりました」って言われたら「何がわかったんですか」って呟いてた。放送見て、私呟いてるわ、と思って。

河合

 そこに小山田光代がいるって感じがすごくして、心を打たれました。

桃井

 とってもいい台本だったのでセリフを言おうと思うんだけど、その前に小山田光代は何を思ってたのかなっていうのをね、やっぱり入れてあげたくなるんですよね。

河合

 それがあったからこそ、この作品がすごく膨らんで、視る者に衝撃的に刺さったわけですね。

桃井

 オレオレ詐欺がテーマのドラマは誰も見ないと思って思い切りやらせていただきました。

「NHKスペシャル 詐欺の子」より

オレオレ詐欺をなくすための突破口

河合

 小山田光代がオレオレ詐欺に騙されたことを認めず、「あれは息子です。息子から電話がかかってきたからお金をあげたんです」と言い張る強さがすごく、ぐさっときました。

桃井

 台本にそれが書いてあったときに、本当にそうだなと思いました。「じゃあ私だれにお金あげたんですか?息子だから渡したんでしょ」って。検察官に「そういう気持ちにつけこまれたんですね」って言われたら、あなたになんでつけこまれたとか言われなきゃいけないの?って気持ちが動いていくっていうね。このやり取りは世間から見ると壊れて見えるんだなあって。

河合

 でも、ものすごく引き込まれました。だからこそ犯罪が続いていくんだなというのも同時に納得してしまって。

桃井

 本当ですね。

河合

 オレオレ詐欺というのは誰もが知っている犯罪だけれど、なぜなくならないのかということがよくわかって、身につまされる思いで拝見しました。被害者がどんなに苦しんでいるのか伝えなければならないということですね。

桃井

 それをドラマで少しは伝えることができた。味わわせることができたから良かったなと思うんですね。万引きだって見つかって、学校を退学になったり少年院に入れられたりして犯罪だって気づくのではなくて、万引きしているときにいけないって思わせるにはどうするんだってことですよね。だからオレオレ詐欺の場合も同じで、今の突破口としては被害者の方たちのってことですよね。

河合

 そうですね。被害者の気持ち、心ってなかなか表現できないけれども、それが本当にダイレクトに伝わってきました。

まだまだ伸ばしていけるぞ

河合

 今後もいろいろなお仕事をなさっていくと思いますが、なさってみたいことはありますか?

桃井

 環境を変えて仕事をすることですね。54歳からアメリカに住んで、言葉が通じない環境の中に一人飛び込んで仕事をしているので、主役の人や監督がどういう風に考えて映画を作ろうとしているのか、どこが面白いのか、わかるまでずーっと見ているんです。そうしていると、私や日本人と全然違う考え方をする人種、部族がいるんだってことに気づいて。私はもう知っているようなつもりで俳優という仕事、“桃井かおり”という俳優を見ていたんですけど、この環境に置いたらまだまだ伸びる子よ、という気持ちになっています。初めて映画に出たいって思った時、あのときめきの中に戻っている感じですね。

河合

 どんどん夢が膨らんで育っているんですね。

桃井

 はい。今は4年目に入る映画をやっているのと、今年の終わりには3本目の監督作品を撮る予定です。少しはね、私も進歩して新しいものをと思っているところです。

河合

 ぜひその夢を膨らませていただいて、今後もますますご活躍ください。監督作品も楽しみにしています。

桃井

 この作品を見ていて下さって本当に感謝です。ありがとうございました。