対談
テレビエンターテインメント番組 [最優秀賞]
楽しさを分かち合うテレビであってほしい
『チコちゃんに叱られる!』は、子どもからお年寄りまで絶大な人気を集め、家族が揃って楽しめるバラエティの新しい可能性を示したとして、テレビエンターテインメント番組 最優秀賞を受賞。
最新技術で誕生したバーチャルでリアルな「チコちゃん」は、かわいいけど毒舌でちょっと生意気な5歳の女の子。番組では、いろんなことを知っているチコちゃんが、ゲストの大人たちに「いってらっしゃーいってお別れするとき、手を振るのはなぜ?」のような、身近で素朴な疑問を問いかけて、答えられないと「ボーっと生きてんじゃねーよ!」という決め台詞で叱りつける。
丹羽美之委員が『チコちゃんに叱られる!』の収録を見学し、プロデューサーの小松純也さんに話をきいた。
子どもにも大人にも大人気なチコちゃん
最優秀賞受賞おめでとうございます。
大変光栄な賞を頂きありがとうございます。
『チコちゃんに叱られる!』は子どもからお年寄りまで三世代にわたって人気です。
社会現象と言ってよいと思いますが、こうなることを予想していましたか。
全くしてなかったです。ただ、普段の番組作りの時に、テレビがコミュニケーションの材料になるように、お茶の間が楽しくなるようにということを意識しながら番組を作っています。
『チコちゃんに叱られる!』は、子どもが素直な好奇心で「なんで?」と思って見れますし、大人も「そういえばわからない」と、それぞれが“自分ごと”として見ることができるので、幅広い世代の方々に見ていただけているのかなと思います。
今のテレビはあらかじめ視聴対象をしぼって作りがちですが、それとは逆ですね。
人口の割合からすると高年層の割合が大きいので、多くの人に見てもらうために、マスな世代に合わせて作ることは大事だと思うのですが、ただ、それが逆に若い方が見ない理由にもなっていると思います。例えばアンチエイジングを題材にした時に、子どもや10代の人には関心が薄い題材だと思いますし、またお年寄りのために語り口をゆっくりにすると、若い方にはもどかしいかもしれない。視聴世代をしぼってコアな部分に響くように番組を作るということは、実は全体としては視聴市場を小さくしていく考え方だと思っています。
そこで、どの世代にも響くものは、なんだろう?と考えてみると、それは“見たことがないもの”だと思うんです。
とはいえ、見たことがないものって難しいですよね。テレビは今まであらゆるものを映して見せてきましたから。でも、経験したことのない視聴体験をつくりだすことはできるのかなと思っています。
『チコちゃんに叱られる!』で言うと、知っていて当然のようで知らないことを問いかけますが、それだけだと特別ではないんです。でも、「そういえば知らなかった」とハッとし、そして、答えられないでいるとあの不思議な子どもに「ボーっと生きてんじゃねーよ!」と叱られる。その経験したことのない視聴体験が、新鮮に感じていただけているのかなと思います。
チコちゃんは、なぜ5歳?!
CGと着ぐるみを最新技術で合成した「チコちゃん」というキャラクターは不思議で新鮮な存在ですね。チコちゃんの魅力について聞きたいのですが、そもそもなぜ5歳児なんですか。
まずひとつは、大人の都合にコントロールされていない年齢、学校に行っていない年齢にしたかったのがあります。もうひとつは、「ボーっと生きてんじゃねーよ!」と言われても腹が立たない、逆にみんなが楽しくなってしまう存在は子どもじゃないかなと思ったんですね。 僕の実体験なんですが、葬儀があって、誰もがしんどい気持ちでいるなか、親戚の子どもがいて場が和む、子どもは何を言おうと生意気なことを言えば言うほど可愛くて、逆にその場が楽しくなったことがあって。
わかります。そういうことありますね。
子ども中心に大人たちが和やかになるって、誰でも共有できる幸せな空気だなと思うので、この番組でもそういう和やかな空気を作りたかったんです。
確かに、チコちゃんがいるだけで生真面目にならずに場が和みます。
チコちゃんのキャラクターと言えば、木村祐一さんが担当する声とチコちゃんの動きが見事にシンクロしていて驚きました。どうやっているのですか。
最初はスタジオPAをある程度遅らせて、先にチコちゃんの体が動くという方法も考えたのですが、そのほうがやりづらいみたいでリアルタイムで進行しています。
収録を拝見しましたが、木村さんのアドリブが相当入っていましたね。あれに合わせてリアルタイムでチコちゃんが動いているのがすごいと思いました。
おそらくお互いの想像力を働かせて無言のコミュニケーションをしているんだと思います。チコちゃんの動きを見て、木村さんは先を読んで話をしているし、チコちゃんも、木村さんが次に何を言うかを先読みしながら動いている。その息が、不思議にあってるんですよね。正直、なぜできるのか僕にもわかりません(笑)。
“クイズ番組”“雑学番組”ではない?!
チコちゃんという類まれなキャラクターもさることながら、私自身がこの番組に魅かれるのは、身近な疑問を見つけ、その謎を大真面目に探っていくことの楽しさを再発見させてくれるところです。以前に小松さんは、この番組をクイズ番組や雑学番組だという人がいるけれど、全然分かっていないと話していましたね。
生意気なことを言いました。
いえ、私も全くその通りだなと思うんです。この番組をクイズ番組とか雑学番組と言ってしまうと、その面白さを取り逃がしてしまう気がします。
おっしゃっていただいた通り、『チコちゃんに叱られる!』では、身近な疑問に対して、「知らなかった」とハッとしたり、「なぜだろう?」と考えてみると、いろんな面白いことがあるよと、気づくことを楽しんでもらいたいんです。正解しなくてもいいんです。
調べたけれど答えが諸説あってわからない回もありましたね。今はインターネットで調べれば何でも答えが手に入るとみんなが思い込んでいます。知ったかぶりしている私たちに対して、実はなーんにも分かってないよとチコちゃんが叱って気づかせてくれる。それが今の時代に響いたように思います。
みんなが知ったかぶりをしている限り、チコちゃんはまだまだネタに困らないですね。
そうですね。今ここにある水がなぜ透明なのかも僕はわからないですし、知らないことはたくさんあります。
日常の中の意外性が面白い
NHKでテレビの草創期から活躍した吉田直哉さんが、「未知を既知に、既知を未知に」というようなことを書いているんですね。
どういうことですか?
「未知のものを既知にする」というのがテレビのもともとの魅力であるんだけども、それだけではいずれ行き詰まる・・・。
うんうん。
だけど、既知のものを未知にする、つまりみんながもう既に知っていると思っていたことを、実は知らなかったと気づかせる。こっちはどれだけでも作れる。
なるほど、なるほど。
まさにチコちゃんに当てはまりますよね。
日常の中にある森羅万象に意外性を見出してそれを表現していくっていうことは常に意識しています。
このテーブルの一平方メートルに細菌がどれだけいるかって数えた事あります?顕微鏡で見てみたら、たぶんすごい数ですよ。あとね、高級車ポルシェの、グラム単価の値段を計算すると、黒毛和牛のグラム単価の方が高かったりとか。そういう面白さは無限にあると思うんですよ。
テレビの可能性は踏み込んだ先にある
テレビの原点は、遠く離れたものを映し出して届けることだと思いますが、それが一次情報であることが大切だと思っています。テレビを面白くしていくには、作り手が“こんな事に気づいた”“世の中こんな風に見える”と、自分の目で見て発見したこと、直接体験したことを届けることがもっと必要だと思います。
今はインターネットの検索窓で簡単に調べることができますが、それから先にさらに踏み込んでいくと、もっと面白い発見やストーリーがあると思います。これだけ情報の洪水が起こっていると、自分の頭で物事を考えたり、自分の目で物を見たりしたほうが、特別なものが作れる感じがして、テレビがやれる余地、新鮮なことができる状況はまだまだあるはずだって思います。
テレビエンターテインメントに限らず、テレビの作り手が今後やっていかないといけないことって、まさにそういう事だと思います。
テレビは一番身近なエンターテインメント
テレビは、生活に欠かせないメディアとなりましたが、テレビが流行った最大の理由は、共有体験ができたからではないでしょうか。皇太子殿下と美智子さまのご成婚パレード、力道山のプロレス中継をみんなで一緒に見て、楽しさを共有できたことが、「テレビって面白い」と普及していったんだと思うんです。
家族で一台のテレビを囲み、楽しさを分かち合って過ごす、そんなテレビの楽しみ方を『チコちゃんに叱られる!』でしていただけていたら最高です。
テレビは一番簡単に手が届くエンターテインメントだし、誰にでも楽しんでいただけるでしょ。僕にも、それを作っているんだっていうプライドがテレビマンとしてあります。一番身近なエンターテインメントを切実に必要とする方々や、社会的に生きづらい方々が楽しんでいただけるものを作っていたいという思いがあります。これからもそんな方々に寄り添いながら番組を作っていきたいです。
これからも驚きと発見のある番組をぜひ楽しみにしています。
プロフィール
丹羽 美之 さん(にわ よしゆき)
テレビエンターテインメント番組審査委員長代理
1974年生まれ。東京大学准教授。専門はメディア研究、ジャーナリズム研究、ポピュラー文化研究。テレビの文化・歴史を様々な角度から見直すテレビ・アーカイブ・プロジェクトを展開中。主な著書に「記録映画アーカイブ3 戦後史の切断面」(共編、東京大学出版会)、「テレビ・ドキュメンタリーを創った人々」(共著、NHK出版)、「メディアが震えた テレビ・ラジオと東日本大震災」(共編、東京大学出版会)など。
小松 純也 さん(こまつ じゅんや)
株式会社スチールヘッド代表取締役
1967年生まれ。兵庫県出身。京都大学在学中、放送作家として活動。1990年フジテレビジョンに入社し、『ダウンタウンのごっつええ感じ』『笑う犬の生活』『トリビアの泉』『ホンマでっか!?TV』『IPPONグランプリ』などの企画・演出を担当。バラエティ制作センター部長を経て、2015年から共同テレビジョンに出向。Amazonプライム・ビデオ『HITOSHI MATSUMOTO Presents ドキュメンタル』総合演出、プロデューサーとしてNHK『チコちゃんに叱られる!』、TBS『人生最高レストラン』など。2019年4月より現職。