対談
テレビドラマ番組 [演技賞]
桜井ユキ「役の“その世界を生きる”ために」
『よるドラ だから私は推しました』(NHK大阪拠点放送局)は、周囲からの評価ばかりを気にし、リア充な自分を演じることに生きづらさを抱えたOL・遠藤愛(桜井ユキ)が、1人の冴えない地下アイドル・栗本ハナ(白石聖)と出会うことから始まる。愛は、不器用ながら等身大で頑張るハナに勇気をもらい、全力で応援しようと決意、オタク沼にはまっていく。物語は、ヒロイン愛の転落と成長を描いていく。
番組は、優秀賞を受賞。主演の桜井ユキさんには、演技賞が贈られた。
テレビドラマ番組の河合祥一郎審査委員長は、桜井さんについて、「単に役を上手にこなすのではなく、しっかりと役に向き合う強烈な役者魂を内に秘めた逸材だ」と述べた。
9月1日にオークラ東京で行われた贈呈式の直前に、河合委員長が、桜井ユキさんに話を伺った。
桜井 ユキ さん (さくらい ゆき)
1987年2月10日生まれ、福岡県出身。特技はサックス、ピアノ。2017年「THE LIMIT OF SLEEPING BEAUTY - リミット・オブ・スリーピング ビューティ」で映画初主演。2019年「よるドラ だから私は推しました」(NHK)で連続テレビドラマ初主演。近年の出演作に、映画「マチネの終わりに」(2019)、「アイムクレイジー」(2019)、テレビドラマ「火曜ドラマ G線上のあなたと私」(TBS/2019)、「木曜劇場 アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋」(フジテレビ/ 2020)などがある。映画「ヤウンペを探せ!」が2020年11月20日、「さんかく窓の外側は夜」が2021年1月22日に公開を控える。
河合 祥一郎 さん (かわい しょういちろう)
テレビドラマ番組審査委員長
日本シェイクスピア協会会長。東京大学教授。専門はイギリス演劇、表象文化論。著書に『シェイクスピア 人生劇場の達人』(中公新書)、サントリー学芸賞受賞作『ハムレットは太っていた!』(白水社)など。角川文庫から『新訳 リア王の悲劇』などシェイクスピア新訳を刊行。2021年6月に、『ウィルを待ちながら~インターナショナル・ヴァージョン』、シビウ国際演劇祭参加、ロンドンツアー予定。2021年7月2日~11日に、こまばアゴラ劇場にて凱旋公演予定。
オーディションまでの道のり
『だから私は推しました』での演技賞受賞、おめでとうございます。
ありがとうございます。
桜井さんは、2011年に、石丸さち子さん演出の舞台「ペール・ギュント」にご出演されているのですね。私は「彩の国シェイクスピア・シリーズ」の企画委員会の委員長をしていましたので、石丸さち子さんとは古くからお付き合いがあるんです。
そうでしたか!当時、お芝居を始めてまだ半年くらいの時だったので、石丸さち子さんのお稽古場には、毎日通っていました。
石丸さんのお稽古場に入られたのはどうして?
それはですね、当時のマネージャーさんに、「私がOKを出すまで、オーディションは受けさせません」って言われていたんですね。
まずはお芝居を勉強しなさいと?
はい。石丸さんに初めてお会いした時、台本を渡されて、「ここの一文読んでみて」って言われて、なんのことやらわからずに演じてみたのですが、私の芝居を見ていたマネージャーさんが、静か~に部屋を出て行きました(笑)。「あっ、ダメだったんだな」と思いました。もう忘れもしないです。帰りに、マネージャーさんに、「オーディションの次元ではないから、宣材写真は撮りません」って。
厳しいですね。石丸さんのところでは、どのようなお稽古をされたのですか。
当時の私は、愛想笑いをよくしてしまう癖がついていたんですね。それは、生き抜く術としてついてしまった癖だったのですが、石丸さんに、「今日から私の前で笑うな」って言われて。石丸さんと会話をしていて、くすって笑ってしまったりすると、「いま笑ったよね、なんで笑ったか教えて。一回笑いをとりなさい」って、厳しく言われました。 あと、“クラウン”(道化師)というお芝居のお稽古があるのですが、これが地獄でした(笑)。 石丸さんと10人くらいのお稽古場のメンバーが並んでいる部屋に一人で入っていき、全員が本気で笑うまで、一発芸でもお芝居でも、なんでもいいからするんです。
全員が笑うまでですか?
はい。それがこれまでやったお芝居の稽古の中で一番きつくて。「お芝居をする時に、“こう見られる”とか、“こう見られたい”というのが強すぎる、そういうのを取り払らわないと、他人なんて演じられないでしょ」って。
石丸さんは、お芝居に対する情熱がとてもある人ですよね。
そうですね。石丸さんが演者として立たれた舞台を見たことがあるのですが、エネルギーが素晴らしくて、役に対する想いといった次元ではない、役を“生きる”ってことをすごく感じました。
素晴らしい方に出会いましたね。
お稽古場は他にも?
もうひとつ通っていたお稽古場があって、そこでもこてんぱんにされました(笑)。
そこではどういうことをなさっていたのですか?
自分の過去を先生にひたすら話すんです。例えば、両親との関係を話すのですが、ごまかして話そうとしたり、きれいに話そうとすると、見抜かれて、丸裸にされました。あとは、「掃除機になりなさい」という、お稽古もしました。
掃除機?正直ではなくて?
掃除機です(笑)。
それは形態模写ということですか?
いえ、“掃除機の気持ち”を考えて、それを体現するんです。
ずいぶん珍しいお稽古ですね。
そういったお稽古を通して、それまでの生き方や価値観を否定されて、一度すべて崩されてしまったんです。でも、崩されたことで、いろいろと背負っていたものを手放すことができて、クリアになって・・・。ベースとなる自分を掴むことができたんです。大きな変化でした。
そこから道が開けた感じですか?
はい。そこからようやくオーディションを受けさせてもらえるようになったんです。
背負っていたものを手放して、真っ白な世界からスタートなさった。
私はスタートしたのが遅くて、24歳から始めたのですが、それまでお芝居に触れてこなかったのは良かったと思うんです。へんに自分の中で解釈をすることがないので。そうでなければ、演じるって「こうだろう」、「こうすれば、こう見えるだろう」みたいに、「~だろう」で、演じることを乗り切っていたと思うんです。
なるほど。そうやって役の概念をつくったりするのではなく、役を生きるようになったのですね。
役の自己承認欲求と共通する過去
さて、今回の遠藤愛という役は、これまで桜井さんが演じてこられた役柄とずいぶん違うと思うのですが、オファーされた時に、どのようにお感じになりましたか。
正直、「私で大丈夫ですか?」と思いました。これまで私が演じてきたどのあたりを見てくださり、選んでくださったのか疑問でした。なので、プロデューサーや監督とお会いした時に、率直に聞きました。
そしたらなんと?
「満場一致で決まりました」と言ってくださって。「えっ?近年、私がやっていた役は、だいぶパンチの効いた役が多かったんですけど、それを見てですか?」ってお聞きしたら、「そうです。私たちには桜井さんが思っているような不安はないです」と。
それで納得なさいましたか。
いえ(笑)。
そうですよね。
なので、撮影が始まるまで、不安でいっぱいだったんです。でも、始まってしまうと、遠藤愛にそこまで距離を感じることがなかったんです。
遠藤愛という役は、美人で職場に恵まれているのにコンプレックスを抱えている。「ネット上の“いいね”を得ることでしか自己承認欲求を満たせない」といった「痛い」までの心の複雑な屈折を表現するには、何かそういった経験をしていないと、なかなか難しいと思うのですが。
「まわりに、こう見られたい」とか、「どういう風に見られているのか」っていう結果ばかりを気にしていた頃の自分があったので、自分が振り返りたくない部分と通じるものがあったんだと思います。
映像の世界と舞台の世界
なるほど。
一番記憶に残るシーン、楽しかったシーンはどんなところでしょう?
第4話で、これまで小さなライブハウスで歌っていた地下アイドルグループ“サニーサイドアップ”が、大きなステージで歌うことになった時は、「すごいな。この子たち、ここでライブをするんだ!」って、本当に嬉しくて、感動しました。それまでのことを思うと、ほんと感慨深かったです。
その気持ちは、遠藤愛としてのものですか?それともご自身として感じたのでしょうか?
遠藤愛としての気持ちなのか、桜井ユキとしてなのかは明確ではないんですけど、一番幸せを感じたシーンでした。
桜井さんが遠藤愛の世界に入り込んでいて、役の世界に生きていらしたのは、見ていてもわかりました。では、難しかったのは?
難しかったのは、取り調べのシーンです。これは、数話分をまとめて撮っていました。事件は、物語の後半に起きるのですが、取り調べのシーンは、第1話から出てきます。事件の謎は、物語中の遠藤愛の気持ちの変化と関係してくるのですが、遠藤愛として、まだその変化を経験していない時に、その感情を想像して演じるのは、毎回すごく難しかったです。
そこが映画やテレビの世界と、演劇の世界の違うところだと思います。桜井さんは、映画やテレビの世界で活躍なさっていて、舞台でも演劇をされて、このふたつの世界を比べると、どのようにお感じになりますか。
たくさん経験されている方は、大きな違いがあるのかもしれないんですけど、私は、さして大きな違いがないのかなと思っています。“カットがかかって同じシーンを何度も演じる”のと、“カットがかからずに最初から最後までお芝居をする”という違いはあると思うのですが、役を演じるという部分では、違うなと思ったことはないです。
お互いに支え合って完成させた作品
初の連続ドラマ主演でしたが、改めて撮影を振り返ってみると、どうでしょう。
スタッフキャストの支えがあって、「ようやく役として成立する」ということを、すごく実感しました。撮影は、夏でしたし、ライブハウスは決していい環境ではなかったので、スタッフもキャストも大変でした。現場の士気が落ちそうになると、声を掛けあったり、お互いがお互いを見て、支え合いながらでした。
一丸となった感があったのですね。
桜井ユキに、自由に、思うままに演じさせようって空気をつくってくださって、みんなが同じ方向に向かってると思えた現場だったんです。そんな風にして完成した作品だったので、この賞を頂いた時、すごく嬉しかったです。
脚本は、『JIN‐仁‐』(TBS/第36回放送文化基金賞 奨励賞受賞)、『天皇の料理番』(TBS/同賞第42回 優秀賞受賞)や、NHKの朝の連続テレビ小説、大河ドラマなど、多くの作品を手掛けていらっしゃる森下佳子さんの脚本ですね。最初、台本をお読みになった時は、どうお感じになりましたか。
読み終わった時に、なぜか泣いてしまったんです。悲しかったわけでもなく、感動したり、嬉しかったわけでもないのに涙が出てきて。
それは、「どうしてうまくいかないのか」みたいなもどかしさ、つまり遠藤愛への思い入れの涙だったのでしょうか。
それとも違ったような・・・。私で大丈夫かなという不安もあったのですが、でも台本を読み進めていくと、早く体現したいという興味も出てきて、うーん、なんだろう・・・、遠藤愛の承認欲求に対する感情の葛藤や、執着みたいなものが、石丸さんに「笑うな」と言われた頃の、まわりを気にしていた自分と通じるものがあって、愛が成長、変化していく様子に、なんか揺さぶられて・・・。いろんな感情が入り混じっていたんだと思います。
役を“生きる”ために挑戦したいこと
撮影に入るまで、地下アイドルの世界について、ご存じなかったと聞いています。不思議な世界だと思うのですが、異世界に入ってみてどうでしたか。
不思議でした(笑)。現場には、エキストラの方が半分、アイドルファンの方たちが半分いらしたんですね。人目を気にせず応援する彼らの姿を見て、好きなものを極めているという人の強みってすごいって思いました。
好きなものを極めることは、演じることを極めるという意味で、それは役者の桜井さんがなさっていることでもありますよね。
私、このお仕事が大好きなんです。「極める」という意味では同じだと思うのですが、私たちのお仕事って、第三者がたくさんいる世界ですよね。でも、彼らは、誰にも否定されないし、誰の目も声も関係ない。暴走できるなって思うんです。
さきほど、自由にやらせてもらったというお話がありました。桜井さんも本当は暴走なさりたい?
したいです!お芝居の中では、基本的になんでも許されると思うんですね。通常ではだめと言われることも。
そういう意味で、今後、やってみたい役はありますか?
一番やってみたいのは、“罪を犯してしまった人”です。例えば、人を殺めてしまうことって、「無」でやっていないと思うんです。その感情を知りたくて。日常では触れることのない感情に触れてみたいなっていうのがあって。
普通だったら経験できないことを経験したい。
それもありますし、私の中に、「認めていない私」が、いるんですね。
どういうことでしょう。
それは必ずしもよしとされないような感覚で、口にしてはいけないような志向・・・が、何となく、自分の中にあるんです。そういうものを出していくと、どうなるんだろうっていう興味があります。それによって、自分が変化してしまうこともあるかもしれないのですが、「きれいなもの」ばかりをやっていると、自分が避けたいと思っている、「演じるってこうだろう」っていう役づくりを、いつかしてしまう気がして。それが怖いんです。
“役を生きる”ために、自分の中にある、自分にはわからない自分を出していく・・・・それは大変興味がありますね。その役を私も見てみたいです。今後ともぜひ役者としてご活躍ください。今日はお話し頂き、ありがとうございました。