対談
個人・グループ部門 [放送文化]
「FACES」プロジェクト (NHK)
いつか“図書館”のような場所にしたい
2017年に始まり、現在NHKと海外11の公共メディアが連携して活動する「FACES」プロジェクト。いじめの辛い体験から自分らしく生きられるようになったきっかけを語る2分の動画を制作し、放送やウェブで配信する国際共同プロジェクトだ。個人・グループ部門[放送文化]を受賞した、このプロジェクトの3代目チーフ・プロデューサーであるNHKの山中賢一さんに、河野尚行審査委員長が話を聞いた。
2分のこだわり
この度は、受賞おめでとうございます。
ありがとうございます。
いじめの問題というのは、世界において普遍的なテーマだと思いますが、このプロジェクトが始まった経緯と世界の公共放送が協力するメリットを教えてください。
初代チーフ・プロデューサーの時代の話になりますが、NHKの『いじめをノックアウト』という番組に関連して、2013年から「100万人の行動宣言」というプロジェクトが始まったんです。いじめをなくしていくために、自分たちはどういう行動をとっていくのか、多くの方々に宣言してもらう、というプロジェクトでした。当初目標としていた100万人を達成し、もっと国際的に拡げていこうと発案されたのが「FACES」プロジェクトの始まりです。
そうなんですね。海外の放送局は、最初から賛同してくれたんですか?
なかなか難しかったようですね。世界の放送局のプロデューサーが集まる会議で、初めて、いじめプロジェクトを国際的に展開したいと提案した際には、全く相手にされなかったそうです。そんな中、イタリアの公共放送局RAIのプロデューサーの方が助言してくれて、なんとか実現することができたようです。その後、2分の動画クリップ交換プロジェクトへと発展し、2017年4月から現在の形で機能し始めました。このプロジェクトでは、賛同した世界の公共放送局は、動画クリップを2本作れば、その他の動画を国内の放送やウェブで自由に使うことができます。あまり労力をかけずに、世界の様々な証言記録を自由に利用できるというのは、放送局にとって大きなメリットだと思います。
なぜ2分にこだわったのですか?
そのぐらい明確にしないと足並みが揃わないからでしょう。5分や10分にすると内容もやり方もいろいろと出てくると思うんです。2分だと工夫のしようがないので、それがかえって“取り組みやすい”と思えてもらえたみたいです。
それで2分にこだわったわけですか。文化や作法の違いはあっても、目的やテーマが明確で、かつ作り方も具体的だと取り組みやすいという認識は、世界共通なんですね。
そのおかげもあって、海外では成功しているプロジェクトとしてよく知られています。
その2分の動画クリップの構成は自由なんですか?
ルールブックで細かく決められています。最初のカットは必ず顔のアップで、テロップはここに入れて、最後はいじめを乗り越えた時の気持ちを語る、などとルール化されているんです。
なるほど。決まった形式の中で工夫をするわけだ。2分の動画の中で“いじめ”の実態を語ってくれた方の中には、ホームページの出演者募集を見て参加した方もいたそうで、かなりの勇気がいりますよね。あのサイトを見たら、逆に勇気をもらって、自分も発言しようと思うのかなぁ。中には、復讐をしたいという思いの方もいるのかな。
中にはそういう方もいらっしゃいますね。当たり前だと思います。ただ、我々としては、復讐の手助けをしてあげたいわけではないんですよね。
いろいろな人が悩んでいるということを知って、何かのきっかけでそこから脱出してほしいですよね。番組クリップは、どのくらいのペースで収録しているんですか?
現在、日本では、1年で5~7本のペースですね。
その日本で制作した番組は、海外からも見られるんですか?
インターネットを通じて見ることができます。「FACES」のホームページには動画の英語字幕版もあげられていますので、いつでもどこでも手軽に見ることができます。
海外の放送局では、どのように放送しているんですか?
各放送局は、クラウドサーバーにあげられている動画クリップをダウンロードし、それぞれの企画に合わせて、国内で放送しています。放送局によっては、いじめをなくすためのキャンペーンを行ったり、SNSやイベントに展開したりして、この動画を積極的に活用しています。
各国が自国の国内放送では自由に放送でき、動画クリップの使い方も自由、ということですね。改めて、この世界全体で取り組むべき問題に、NHKが旗振りできたことは非常に良かったと思います。
ありがとうございます。
もっと新たな可能性を
2分間の動画クリップだけでなく、ジャングルポケットの斉藤慎二さんが出演された30分の特番には心を打たれました。
先日もアンコール放送させていただいたんですが、Twitterでも好意的な反応が非常に多かったですね。
私は、特に学校の先生がクラスメイトの誕生日会に呼ばれず落ち込んでいた斉藤さんに、「君自身に原因があるのかもしれないね」と、クラス全員にダメな所を一つずつ挙げさせた、というシーンは残酷で、そこからどのように脱出し、やがてお笑い芸人になっていったかという話が非常に印象に残っています。
そうですよね。ご本人のインタビューが、ものすごく心を揺さぶられる話だったので、その場で30分拡大版を作る決意を固めていました。これを機に、次の段階として、これからはコンテンツの中身をさらに豊かにしていこうという思いもありました。その「はじめの一歩」になりましたね。
実際にいじめに悩んでいる人たちにとっては、拡大版でじっくり話が聞けるのは良いかもしれないですね。インタビューの拡大版には、名前の知られている方を選んだのですか?
海外に比べて低かった国内での認知度を上げるためにも、名前の知られている方にオファーしました。斉藤さんが出演された30分の特番は、「30min.」というシリーズとして、今後、様々な人にインタビューをして展開する予定です。現在は、ミャンマーの少数民族ロヒンギャとして生まれ、様々な事情から日本に来た女性の話で第2作目を制作しています。年内にはさらに3本くらいは制作して、年度変わりの時期など、新しい環境に飛び込んでいく人々が多い時期に、まとめて放送できるようなコンテンツにしていきたいと思っています。
それは国内放送ですか?
はい。まず国内放送でやって、次に英語版を作るという試みをしていて、現在、斉藤さんのも、英語版にするプロジェクトを進めているんです。30分にしたら、もっと新たな可能性が拡がるということを海外へ向けてアピールするためにも、特番と英語版を同時進行で進めているんです。
すごく良いアイデアです。翻訳ではなかなかニュアンスを伝えるのが難しいとは思いますが、斉藤さんがどのように壮絶ないじめから脱出したのか、番組を通して、是非、世界の方々にも知っていただきたいですね。
いじめの本質は変わらない
国や民族が違うと、いじめの違いも何かあるんですか。
国の違いでいじめの本質が違うという印象は受けませんでした。勿論、場所によって、人種の問題に結びつくこともあるんですが、異質なものを排除する、という本質は変わらないし、どこにでも起こってしまう問題という感じがしました。
いじめから脱出するきっかけや克服方法についてはどうですか?
それについても、国や民族の違いというより、個々人によって違うという印象を受けましたね。
山中さんは、今までの57人の証言の中で、どの方の話が一番印象に残っていますか?
最近ですと、RYOさんという方の話ですかね。いじめを受けていて、大人になって劇団を主宰し、自分のいじめ体験を実名で演劇にした、という話ですね。その中にも出てくるんですが、「いつ死のうか、そんな事ばかり考えていた」という話があるんです。斉藤さんの話にも出てくるんですが、死が恐怖ではなくて、救済になるんですよね。常に、死のタイミングを見計らっている、その状況が衝撃的でした。
辛いいじめから脱出するために、死を選んでしまうんですね・・・。いじめの種類について考えると、最近ではSNS上のいじめも多いのでしょう?
それはもう、日本でも世界でも共通の問題としてありますね。“居場所”の問題だと思うんですが、10代の子は、学校と家など自分の居場所が限られているので、その一つがダメになってしまうと、途端に追い込まれちゃうんですよね。最近では、スマートフォンを持っている子が大半で、学校から出ても、SNSの中でクラスの人間関係がずっと続いているんです。そこで失敗して、自分がいじめの標的になってしまった日には、もうとんでもないストレスを抱えるわけですよ。SNSの問題というのは、手軽さ故に、今までのリアルな関係だったらありえないことが普通に起こってしまう。暴力的ないじめは比較的少ないようなんですけど、簡単に人を追いこんでしまえるし、ある意味、とてつもなく暴力的ですよね。
いじめは僕らの時代からあったけど、新しいメディア環境の中で世代ごとに様々な問題があるんだなと改めて思いました。
いじめで苦しんでいる人の力に
これからもいじめがなくなることは難しいと思いますが、今後の「FACES」プロジェクトをどうしていきたいと考えていますか?
そうですね。まずは、「FACES」というプロジェクトがあることを認知してもらうためにも、国内放送で「30min.」のような長尺版の番組をできるだけ多く作りたいですね。そして、いじめで苦しんでいる方々が自分の経験を俯瞰したり、重ね合わせたりしていただける、いわば“図書館”のような場所にしていきたいと考えています。証言のバリエーションやボリュームをもっと増やして、より多くの方々の役に立つものにしていきたいですね。その上で、英語版を作り、国際的にもこのプロジェクトを発展させていければと思っています。今回の受賞は、このプロジェクトがあるということを多くの方に知っていただく良いきっかけになりました。
山中さんにとっても、このプロジェクトに関われたことは、将来の財産になりますね。頑張ってください。期待しています。
NHK 「FACES How I survived being bullied」
(邦題:FACES いじめをこえて)
https://www.nhk.or.jp/faces/jp/
プロフィール
山中 賢一 さん(やまなか けんいち)
NHK制作局第一制作ユニット(教育・次世代)チーフ・プロデューサー
1975年埼玉県生まれ。東京学芸大学大学院修了。2001年NHK入局。
「英語でしゃべらナイト」「爆笑問題のニッポンの教養」などの教養エンターテインメント番組や、原爆に関するドキュメンタリー番組(ETV特集「立花隆 次世代へのメッセージ~我が原点の広島長崎から(2015)」、ETV特集「『焼き場に立つ少年』をさがして(2020)」)などを制作。2020年夏より現職。
河野 尚行 さん(こうの なおゆき)
放送文化審査委員長
1939年山梨県南アルプス市(旧豊村)生まれ。1962年東京大学教養学科・文化人類学卒、NHK入局。番組ディレクター、札幌、北見、高松、大阪局を経て、NHKスペシャル番組部長、編成局長、専務理事・放送総局長、NHKサービスセンター理事長などを歴任。