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読む・楽しむ 放送文化基金賞特集
放送文化基金賞の受賞者へのインタビュー、対談、寄稿文などを掲載します。

2021年10月7日
第47回放送文化基金賞

鼎談

テレビドキュメンタリー番組 [最優秀賞]

入管制度は何の為にあるのか

村瀬 史憲 × 前田 怜実 × 桐野 夏生

 西山誠子さん(75)は、約10年にわたって名古屋入管に通い、収容されている外国人と面会を続けている。西山さんの活動を通して、入管行政に翻弄される外国人の姿や、制度の課題を描いた『メ~テレドキュメント 面会報告』がテレビドキュメンタリー番組最優秀賞を受賞。プロデューサーの村瀬史憲さんとディレクターの前田怜実さんに、桐野夏生委員長が話を聞いた。

前田 怜実さん
(まえだ れみ) 名古屋テレビ放送 報道情報局 記者

村瀬 史憲さん
(むらせ ふみのり)
名古屋テレビ放送 報道情報局
ドキュメンタリー担当プロデューサー

桐野 夏生さん(きりの なつお)テレビドキュメンタリー番組審査委員長

桐野

 テレビドキュメンタリー部門最優秀賞おめでとうございます。

村瀬
前田

 ありがとうございます。

桐野

 まず、この番組を作ることになったきっかけを教えてください。

村瀬

 この番組は、私と前田ともう一人、小島佑樹というディレクターとの3人で取材をしました。小島が今年の4月からワシントン特派員になり、今、アメリカにいるのですが、その小島が当時、愛知県警の記者クラブのキャップをしていまして、取材先でしばしば「仮放免」という言葉を耳にして、「仮放免」の外国人がどんな生活をしているか調べてみたいと。それから、仮放免中の外国人の方を探して、取材し始めたのが最初です。

桐野

 番組を拝見させていただいて、知らないことが多く驚きました。最近、スリランカの女性が亡くなられて、入管法の改正問題にも少し陽が当たってきたようですが、まだまだ知られていない事が多いです。「仮放免」という言葉が、犯罪者に対する言葉のような感じがします。

村瀬

 そうですね。日本に在留する外国人が不法な在留と判断された場合、その外国人は強制送還の対象となって、入国管理局の収容施設に収容されてしまいます。仮放免は、条件付きで、あくまで一時的に身柄を解放される制度にすぎませんからね。

西山さんのエネルギー

桐野

 この番組では、ひとりの市民である女性の地道な活動によって、今、入管で何が行われているのか、また、入管法について明らかになっていく点が、面白いところでした。
 西山さんとは、どのようにして出会われたのですか?

前田

 入管の中を知りたいということで、支援団体を探したんです。そのときに西山さんに出会いました。彼女のパワフルなところに小島が惹かれまして、取材させていただくことになりました。

桐野

 確かに、とてもパワフルで、魅力的な方ですね。
 西山さんは、どうしてこのような活動を始めたのでしょう?

村瀬

 幼少の頃から読書が大好きで、特に偉人伝が好きだったそうです。自分もいつか世の中の役に立つ人間になりたいと思っていて、その後教師になり、結婚して、子育てをしたけれど、なかなか自己実現が叶わなかった。しかし60歳を過ぎて、高校の写真部に入っていた息子さんと一緒にホームレスの炊き出しに行って、「このままではいけない。自分にも何かできることがあるはずだ」と思ったとき、偶然、フィリピン人の友達に誘われて入管に行き、「私はこれに懸ける」と腹をくくったと仰っていました。溜まりに溜まったエネルギーがそこに注入されたんでしょうね。

前田

 インタビューすると2時間ぐらいずっと話されるんですよ。法律のことも、面会でいつ、誰と、どんな話をしたかも克明に覚えていらっしゃいます。

桐野

 傑出した方というのは、番組を見ていても伝わってきました。

村瀬

 西山さんは積み重ねてきたものを自主出版で本にはしたんですけれど、今回、我々が番組にして、世間の方々に入管の実情を知っていただく機会ができたことを喜んでくださいました。
 西山さんは、入管制度そのものを否定しているわけではありません。在留資格がないということに対しては、非と認めたうえで、全件収容が本当に正しいのかどうかを考え、収容されている人たちの処遇をもう少し人間的にして欲しいということを要求しています。
 例えば、入管で医療を受ける環境が整っていないので、「人道的な医療が受けられるようにしてください」「施設の中の空調をもう少しなんとかしてあげて」「面会時間が短すぎる」など、改善策を申し入れてきました。ひとつずつ、ひとつずつコミュニケーションを取っていくことで、入管側も全部拒絶することはなく、改善につながっています。

桐野

 確かに入管が“悪”という単純なことではないですね。全否定よりも、ひとつずつ改善につなげていくことも大事だと思います。
 西山さんは、雑誌や石鹸など色々と買って入管に収容されている方たちに届けていましたが、あれは自費で賄われておられるのですか?

村瀬

 お金は収容者から受け取っています。立替えはしますが、お金を貸すことは絶対にしないのが西山さんのルールです。身元引受人や金銭的なところを援助すると、一人か二人が限界になってしまうので、それはしないことにしているそうです。

桐野

 最初から決めてらしたのですね。賢明な方ですね。
 西山さんがお会いしている方々は、どのようにして西山さんをお知りになるのですか?

前田

 入管の中に入っている人から紹介してもらったりするのですが、入管の中で名前が広がるらしいんですよ。なので、口コミですね。入管の中から電話もかけられますので。あとは、家族の方から連絡があったりですかね。

処遇の改善だけでは根本的な解決にはならない

桐野

 入管の中の映像もありましたが、ベッドを見ただけでも、収容所のようでかなり非人間的ですよね。あそこに何年も閉じ込められるのは、酷い処遇だと思います。入管の方にも取材はされたのでしょうか?

前田

 取材のお願いはしているのですが、断られ続けています。今回も収容されている人たちについては、「全部個人情報なので話は差し控えます。」と何も教えてもらえなかったり、名古屋入管ではなく、入管庁からの答えをただ読み上げるという感じです。

桐野

 ずいぶん官僚的です。しかし、それは映像にはしにくいですね。ノンフィクションなどで書くことは出来るかもしれませんが、画にはなかなかできない。そこはテレビの苦しいところだと思います。

前田

 そうですね。今回は施設の中を撮影することが出来ました。あまりメディアも入っていないと思います。ただ、人がいるところはNGでしたけど。運動場やトランプなどの娯楽用品、そしてシャワー室や洗濯機もありました。

桐野

 ご家族は一緒に居られるのですか?

前田

 男女で別れているので、夫婦は別々です。

桐野

 子供もいる場合があるのでしょうか?

村瀬

 未成年は収容できないことになっています。母親は仮放免が認められるケースが多いのですが、絶対ではありません。子供の面倒を見る人がいると判定されると、収容されてしまいます。

桐野

 基準が良く分からないですね。処遇の改善は大事とはいえど、根本的な解決にはならないのが、もどかしいです。

村瀬

 そうなんです。入管の中がどのように運用されているのか、全く外に出てこないんです。外からチェックする機能もないですし。そもそも何故、仮放免にならないのか、いつまで収容されるのか、本人たちにも説明はありません。
 西山さんは、「在留資格がないという時点で全員収容すること自体が現実的ではないのではないか」「第三者が監視しないと、人権侵害は必ず起こる」と仰っていて、確かにそうなんですよね。
 入管制度が何の為にあるのかということも、成り立ちも含めて議論されていないんですよ。

桐野

 一見したところ、収容されている方はアジア人が多いように感じます。そこには人種差別もある気がするのですが。

村瀬

 確かに、アフリカ、アジア系が多いですね。入管法の成り立ちが、サンフランシスコ講和条約が発効した後、台湾、朝鮮半島出身の方を、帰国させるまでの一時的な措置として、彼ら彼女らの法的位置づけを整理するための規則だったんです。それがのちに法律に変わっていったんですよ。

桐野

 その成り立ちは皆が知るべきことですし、考えないといけない重要なことですね。
 今は、日本の外国人労働者に対する産業構造の問題もあると思います。技能実習生の労働環境も問題になっていますよ。劣悪な環境で給料が安いとか、休みがないとかで、そこを辞めれば、次に移ろうとしても在留資格を取り消されて、結局違法の状態になってしまう。この番組では、そこまでは描いていませんでしたが、そのあたりも、もう少し知りたいと思いました。

強制送還で中国取材へ

桐野

 番組の中で、中国人女性、林佳昕(りんかしん)さんが出演されていました。彼女とはどのようにして出会ったのですか?

前田

 西山さんから紹介していただきました。

村瀬

 小島が「とにかく、いい子なんです!是非取材させてください!」と懇願してきたんです。ただ、取材を始めて、10日たらずで林佳昕さんが強制送還されてしまって・・・。大学の合格通知を受け取ったところと、弁護士に相談に行ったところまでしか撮れてなかったんですよ。なので、まずは中国のスタッフに取材を依頼し、その後取材ビザを取得して、取材に行くことにしました。

桐野

 確かに、状況によって、取材側も右往左往している感じが伝わってきました。
 その後、中国から再来日できるようになったとき、中国の空港で林佳昕さんのパスポートが切れていたことが分かりますが、あれは事前にはわからなかったのでしょうか?

村瀬

 はい。日本の就学ビザを取得する時に、中国のパスポートも一緒に提出するのですが、そのときにはわからなかったです。

前田

 佳昕さんが出国するときは私が一緒に居たのですが、私は外国人なので、審査が別々だったんです。私が審査を終えて、座っている佳昕さんの姿が見えたので、そこへ向かうと座っている彼女の周りに囲いがされて驚きました。彼女は、日本で生まれ育っているので、中国語は聞き取れるのですが、話せないので困っていました。私も中国語は話せないので、焦ってしまい、村瀬に電話したんですよ。

村瀬

 びっくりしましたよ。すぐに通訳さんを呼びなさいといいました。

前田

 冷静なアドバイスをもらって、私も落ち着きましたが、「パスポートが切れている。何故なら、あなたは日本で罪を犯したから」と言われて、目の前でザクっとパスポートを切られてしまいました。強制送還された時点でデータ上では無効にされていて、日本の裁判所が強制退去を取り消しても、修正はされていなかったんです。

桐野

 非情ですね。でも、そのあと、パスポートが再発行されて来日できたので、見ている私たちもほっとしました。西山さんとも抱き合って泣いておられましたね。

村瀬

 彼女の周りには温かくて、理解してくれる人が多いと思います。高校の先生もそうですし、大学も入学手続きを猶予してくれましたし。

制度が人権を上回るのはおかしい

桐野

 佳昕さんも西山さんも、とても良い人ですが、何か否定的な反響などはあったのでしょうか?

前田

 佳昕さんのお父さんがかつてパチンコをしていた話を入れたバージョンも放送したのですが、見た人から「お父さんがそんなんだから仕方ないんじゃない」「お父さんによって、林佳昕さんへの好感度が薄れました」などと言われました。

桐野

 外国の方だって、恋愛もするし、喧嘩もするし、お酒も飲むし、パチンコだってしますよ。不寛容ですね。影の部分も描くことは大事だと思いますが、テレビでは許されなくなってしまうのでしょうか。

村瀬

 そんなことはないのですが、インターネットの普及と共に難しくはなってきているかもしれません。
 佳昕さんのお父さん林強(りんきょう)さんは、受験をして名古屋大学の大学院に合格するほどの秀才なんですよ。日本が大好きで、ずっと日本で暮らしたいと思っていたんです。
 ただ、結婚して、子供が出来て、子供を育てる為にアルバイトをする。そうすると学業が疎かになって、学校に行かなくなるという悪循環に陥ってしまって、結局、退学した。それで在留資格を失い、非正規滞在になってしまったんですよね。

桐野

 子供ができると、滞在許可が取りやすくなることがあるのですか?

村瀬

 それは分からないのですが、不確かな情報が口コミで回っているのは確かです。仮放免についても、どうしたら仮放免を取りやすいのかとか、不確かな情報が出回って、それを皆信じて、結果的に自分で自分の首を絞めてしまうというケースがすごく多いです。それも入管の情報が開示されないからだと思います。

桐野

 インターネットでも番組を配信されていますが、そちらの反応はいかがですか?

村瀬

 「制度が守れないのだから、人権なんか認める必要はない」という書き込みがあって、ショックでした。制度が人権を上回っているのはおかしい、と思って番組を作ってきたのに・・・。
 制度が人権を上回ってしまったら、別の制度が出来たときに、“あなたの人権が抑圧されてもいいんですか?”と問いたいです。そして、自分が「制約を受ける側」になるかもしれないということを考えて欲しいです。

桐野

 その通りだと思います。その書き込みをした人は、想像力が足りないのだと思います。自分が施政者と一緒になって糾弾する側に回っている気がします。自分だって、立場が違えば酷い目に遭うのに。そういう人が増えている気がして、ちょっと怖いですね。
 だからこそ、このような番組が必要だと思います。

“国家と個人の対峙”

桐野

 村瀬さんは第44回放送文化基金賞の時に優秀賞を受賞された『防衛フェリー~民間船と戦争~』や昨年応募があった『不自由アート~閉ざされた芸術展』も制作されていますね。『不自由アート』は残念ながら受賞には至らなかったのですが、私はとても良い番組だと思いました。

村瀬

 ありがとうございます。
 振り返って考えると、“国家と個人の対峙”を取り上げてきているなと思います。『防衛フェリー』では、憲法を大切にしてきた船長さんが国の思惑で第9条を踏み越えざるを得なくなってしまった。『面会報告』では、入管制度を変えていく努力を一般市民がしているというような。

桐野

 『防衛フェリー』の話も全然知らなくて、いつの間に、有事を想定したことになっているのだろうと、とても驚きました。まるで戦争中の徴用船でしたね。

村瀬

 名古屋テレビ放送に入る前に、東京の制作プロダクションにいたのですが、その時に安全保障の問題とか、軍事関係のことをずっとやっていました。その後も自衛隊の法改正などがあると、気にはしていたんですよ。そんな時、名古屋港に米軍の船が入ってきて、米軍の車両を降ろして、演習地に向かうみたいな記事が出ているのを見まして、こんなこと以前はなかったな、と思い、調べてみたら民間の輸送船を使って運用しているということが分かったので、取材を始めました。

桐野

 その法律が決まったというのは、あまり報道されていないですよね。

村瀬

 ストレートニュースで少しやるぐらいですかね。

桐野

 「あいちトリエンナーレ」の企画展「表現の不自由展・その後」が中止になった事態を取材した番組『不自由アート』も差別問題です。

村瀬

 そうですね。脅迫FAXの現物の写真を見たのですが、女性蔑視と民族差別を強く感じました。

桐野

 この後はどんなことを考えていらっしゃいますか?

村瀬

 スリランカ人の女性が名古屋入管で亡くなったので、この件についても何が起きていたのか検証しないと、と思っていて、取材もしています。そこからまた何か色んなことが見えてくるだろうなと思っていますので、入管についても取材は続けます。自衛隊の今後のことも気になりますし、各地で「表現の不自由展・その後」が開催される予定ですので、この問題も顛末を見届けないといけないと思っています。

桐野

 是非、知りたいです。

前田

 私は、今、「性」に関することに関心があって、「性教育」や「性暴力」について考えていきたいと思っています。事が起きてからわかる性教育の大切さというのを多くの方から聞いたんですよね。

桐野

 重要なテーマです。性暴力は、根底に根深い性差別の問題があると思うので、もっと根本から教育をして欲しいです。

前田

 「性教育」は、「命を守る教育」として扱われていますが、日本にはまだ浸透していないと思います。

桐野

 女性の方がドキュメンタリーの分野で活躍されるようになって、これまで無視されてきた性暴力の問題を取り上げたり、少しずつ変わってきていると感じています。昨年の最優秀賞の『なかったことに、したかった。未成年の性被害』、今回の優秀賞『レバノンからのSOS』もそうですよね。
 女性ならではの視点が出てきていて、すごく頼もしいです。
 メ~テレさんの次の作品も楽しみにしています。本日はありがとうございました。

村瀬
前田

 ありがとうございました。


 

 

プロフィール

村瀬 史憲 さん (むらせ ふみのり)
名古屋テレビ放送 報道情報局 ドキュメンタリー担当プロデューサー
1970年愛知県生まれ、早大法学部卒。大学在学中から番組制作会社「オフィスボウ」に所属し、ディレクターとしてテレビ朝日「ニュースステーション」やNHKなどで報道を中心に番組制作に関わる。フリーランスを経て2005年に名古屋テレビ放送入社。報道局でニュース記者やニュースデスクを担当。日常業務と平行して1970年代の中国報道や日本で暮らす外国人、自衛隊などをテーマにしたドキュメンタリー番組を制作。

前田 怜実 さん (まえだ れみ)
名古屋テレビ放送 報道情報局 記者
1990年大阪府生まれ、大阪大学外国語学部卒。東京で番組制作会社に所属し、ディレクターとしてテレビ朝日「サンデーステーション」の番組制作に関わったのち、2018年に名古屋テレビ放送入社。報道局で記者として、県警や自衛隊を担当。

桐野 夏生 さん (きりの なつお)
テレビドキュメンタリー番組審査委員長
作家。1998年『OUT』で日本推理作家協会賞、99年『柔らかな頰』で直木賞、08年『東京島』で谷崎潤一郎賞、09年『女神記』で紫式部文学賞、10年『ナニカアル』で島清恋愛文学賞、11年同作で読売文学賞を受賞。15年紫綬褒章受章。21年日本ペンクラブ会長に就任。近著に『日没』『インドラネット』など。