寄稿
個人・グループ部門 [放送技術]
新クロマキー技術「ニジクロ」の開発について
ニジクロ開発チーム(関西テレビ放送、日東電工)は、クロマキー技術と呼ばれる映像合成技術において、積年の課題を解決する画期的な方法を生み出し、個人・グループ部門[放送技術]を受賞した。この技術の開発、活用について寄稿していただいた。
1.はじめに
「ニジクロ」をひとことで説明すると、「無色透明なフィルタタイプのクロマキー」です。従来のクロマキーの複数の課題を、比較的簡単な方法で解決したことが大きな特徴です。その開発に至る背景と概要をご説明いたします。
2.開発の背景
クロマキーとは、特定の色成分を透明化し、そこに別の映像を合成する技術です。その撮影では、グリーンバックと呼ばれる緑色のパネルや布を背景幕として使うことが多く、その場合、
① 背景幕からの反射光によって、被写体が緑に色づいてしまう
② 背景幕の奥から被写体に逆光を当てることができない
③ 背景幕と同じ色の被写体には使用できない
といった課題があります。
背景幕からの反射光が被写体に色づくのを防ぐ照明部の現場作業や、色づいてしまった部分を修正するポスプロ作業は非常に大変です。しかし、それらをおろそかにすると、被写体の顔色が悪くなり、エッジが不自然になるなど、合成映像のクオリティが低下します。また、背景幕の奥方向から被写体に逆光を当てるためには、被写体と幕の距離を離す必要があります。その分背景幕は大きくなり、幕を準備する美術部や、それを均一な明るさに照らす照明部の作業量はさらに増えてしまいます。これらの課題は、撮影・照明業界では長年の悩みでした。
そこで、上記の3つの課題を解決したクロマキーを開発し、世界の撮影・照明業界に貢献したいと考えました。
3.開発イメージ
無色透明なフィルタを背景幕として使用し、カメラを通すとそのフィルタが緑色に見える仕組みとすれば、幕の反射によって被写体に色がのらず、逆光も当てることができる理想的なクロマキーが実現できると考えました。
そこで、開発イメージは以下のとおりとしました。
Ⅰ. フィルタAとフィルタBはともに無色透明。
Ⅱ.フィルタAを通して見ると、フィルタBが緑色に見えるフィルタを新規開発する。
Ⅲ.フィルタAをカメラのレンズ前に装着し、フィルタBを背景幕に使用する。
Ⅳ.するとカメラを通した映像は、背景が緑色に映る。
Ⅴ.背景幕は実際には無色透明なため、被写体に色がのらず、逆光を当てることも可能となる。
4.概要
2枚の偏光板を偏光軸が直行するように重ねると、光を透過せずに暗く見えることはよく知られています。その応用として、2枚の偏光板の間に位相差板を挟むと、位相差板の複屈折により、透過する光が色づいて見えます。その色は、位相差板の厚みや材質によって決まります。我々は、この原理をクロマキーに応用しました。
背景幕に偏光板を使用し、カメラのレンズ前に位相差板と偏光板を貼り合わせたフィルタを装着します。
位相差板は、緑色に色づくタイプを準備します。そして、カメラと背景幕の間に被写体を配置します。するとカメラで撮影した映像は、背景が緑色となります。
その先は従来のクロマキーと同じ方法で、緑色を透明化し、そこに別の背景映像を合成することでクロマキー合成が完成します。
実際の使い方を想定した使用例は以下の通りです。
窓のある部屋のセットの前に人物がいて、その窓の景色を合成したいという状況です。窓の裏に背景用偏光板を貼り、カメラのレンズ前に偏光板と位相差板を合わせたフィルタを装着しました。
窓に貼った偏光板は無色透明なため、その裏から逆光を当てることも可能です。
カメラを通した映像と合成後の映像は以下の通りです。
5.特徴
背景幕の偏光フィルタは無色なため、幕からの反射で被写体が緑色に色づくことはありません。被写体と背景幕の区別が明確になり、布製の幕よりも簡単で、より自然な合成が可能となります。
さらに、透明で光を透過するため、幕の奥から逆光を当てることができます。これにより、照明の自由度が高まり、合成映像に現実感が増します。図3の右のカーテンのように、外からの日差しを感じさせることも可能となります。布製のクロマキーを窓に貼ってしまうと、これができません。逆光を当てていない左のカーテンとの違いを比べると、逆光の効果が大きいことがよくわかります。
また、被写体が緑色の場合、布製の幕であれば緑色以外の幕を用意する必要があります。大きな背景幕を必要とする撮影で、被写体の色に応じて複数の色の背景幕を用意することは大変です。しかし、このクロマキー技術であれば、カメラ側の小さいフィルタを交換するだけで背景の色を容易に変えることができます。
6.オンエア使用実績
2021年3月19日に関西テレビ・フジテレビ系列で放送された特番「潜入!ウワサの大家族」の収録で使用しました。
スタジオ部分は出演者6人で、全編ニジクロによるクロマキー収録です。
被写体に背景幕の反射による色づきがないため、合成処理の精度が高く、合成映像も高品質となり、編集担当者や制作陣からたいへん好評でした。
7.まとめ
以上のように、我々は従来の布製クロマキーの複数の課題を解決し、合成映像の品質向上及び作業効率向上に寄与する新しいクロマキー技術を開発しました。
このクロマキー技術が広く普及し、世界中の撮影・照明従事者が従来のクロマキー撮影の悩みから解放され、コンテンツのクオリティ向上の一助になれば幸いです。
解説実演の動画は下記YouTubeでご覧いただけます。
https://youtu.be/vpSqqU46nMI
謝辞
ニジクロを開発するにあたり、多大なご協力をいただきました日東電工株式会社、ならびに日本コーバン株式会社にこの場をお借りして改めてお礼申し上げます。
プロフィール
金子 宗央 さん (かねこ むねお)
関西テレビ放送 制作技術統括局 制作技術センター
1998年、神戸大学工学部 情報知能工学科卒業。同年、関西テレビに入社。照明部に配属。現在まで照明一筋。ドラマやバラエティのライティングディレクターを務める。