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読む・楽しむ 放送文化基金賞特集
放送文化基金賞の受賞者へのインタビュー、対談、寄稿文などを掲載します。

2021年10月7日
第47回放送文化基金賞

鼎談

ラジオ番組 [最優秀賞]

外からは見えぬ、いつかの隣人

米澤 秀敏 × 沢 知恵 × 金田一 秀穂

 『塀の中のラジオ ~贖罪と更生 岡山刑務所から』(RSK山陽放送)がラジオ番組の最優秀賞を受賞した。この番組では、岡山刑務所だけで流れるリクエスト番組に焦点を当て、受刑者の心情や刑務所が抱える本質的な問題に迫った。そこから見えてきた、音楽の力、ラジオの原点。番組を制作した米澤秀敏さん、ナレーションを務めた沢知恵さんに金田一秀穂委員長が話を聞いた。

米澤 秀敏さん
(よねざわ ひでとし)
RSK山陽放送報道局報道部

金田一 秀穂さん
(きんだいち ひでほ)
ラジオ番組審査委員長

受刑者主体のリクエスト番組

金田一

 最優秀賞おめでとうございます。まずは番組が制作された経緯について、お話しいただけますか。

米澤

 昨年、岡山刑務所所長の望月英也さん(当時)とお会いした時に、「実は岡山刑務所の中だけで流れる、受刑者のためのリクエスト番組がある」と聞いたんです。私はその話を全く知らなくて。それが40年続いていたということにも驚きました。このリクエスト番組を題材に、受刑者の高齢化や出所後の居場所といった私たちにも関わる普遍的なテーマを盛り込んでドキュメンタリーを作りたい、と強く思ったのがきっかけです。

金田一

 なるほど。刑務所の中でリクエスト番組が流れていることはとても驚きました。リクエスト番組とは、ラジオでリスナーが曲をリクエストする番組ですよね。改めてどんな番組なのか、ご紹介いただけますか。

米澤

 おっしゃる通り、構造は同じです。受刑者からのメッセージを読んで、リクエスト曲をかけるというシンプルなものです。全国いくつかの刑務所でも受刑者のためのリクエスト番組はあるのですが、岡山刑務所では受刑者自らDJをしているのが特徴です。この刑務所では、毎週土曜日にだけ、夜9時の消灯後、30分間リクエスト番組が流れる。受刑者はその番組を聞きながら眠りにつくわけですが、今回受賞した『塀の中のラジオ』も同じ土曜夜9時に放送しました。一般のリスナーの皆さんにも同じ時間を体験してほしいということで。

金田一

 あえて同時間帯に放送したんですね。意外だったのは、リクエスト曲に演歌じゃなくて洋楽が多かったことかな。エリック・クラプトンが流れるとは驚いたなぁ。今回、テレビではなくラジオで制作された意図はありましたか。

刑務所内を取材するということ

米澤

 刑務所を題材にドキュメンタリーを制作するとなると、テレビよりラジオがいいなと思いました。テレビだとほぼモザイクになってしまいます。受刑者の顔を隠すことももちろんですし、例えば所持品ひとつにもぼかしが必要なことがあります。今はあらゆる情報から本人を特定できてしまいますから。テレビを見ている側もモザイクに気を取られて、話が入ってこないことがあるかもしれません。そして何より、彼らが本当のことを言っているのか、「声」を聞いてみて欲しかったんですよね。おそらく聞いていると、彼らの風貌も「声」から見えてきたんではないでしょうか。

金田一

 そうですね。私は番組を聞いていて、声から受刑者の方は本当に穏やかだなと感じました。模範囚っていうんでしょうか。番組では半数以上が無期刑の受刑者が収容されていて、刑期が決まっていない受刑者も紹介されていました。いつ刑務所から出られるか分からないのに、生きる気力を感じましたし、素直に語っている。受刑者との信頼関係を築いていくのは大変だったんではないですか。

米澤

 まず、刑務所側との信頼関係が要りますね。そもそも情報公開に積極的な施設ではないですし。今回私が取材させていただいた当時の所長は、刑務所のことを地域の皆さんに分かっていただきたいというお考えがある方でしたので、何度も足を運んで交渉を重ねて、取材できる範囲を許される限り広げていったかたちです。取材は私一人がマイクと録音機を持っていくだけで事足りるので、受刑者へのインタビューでも彼らの警戒心を高めずに済んだのかな。

金田一

 米澤さんだから受刑者も心を開けたんでしょうね。受刑者を取材するときに、「この方でお願いします」とか、刑務所側から指示があったりするものなんですか。

米澤

 そこはやはりデリケートで、取材に動揺しない心の状態の人が選ばれたようです。実際、取材後に心に変化があって、インタビューを使わないでほしいという受刑者もいました。気持ちが弱くて自傷行為に及んでしまう可能性も刑務所の中では十分にあり得ます。昔だったら自身が起こした事件のことについてもかなり突っ込んで聞けていたんですが、今は聞きすぎてもいけない。

金田一

 インタビュアーとしては、いろいろと聞きたくなってしまいますが・・・。

米澤

 『塀の中のラジオ』では、受刑者が起こした事件の詳細に触れていなかったことにモヤモヤを感じられたリスナーもいらっしゃったようです。しかし、今はインターネットで検索すればいくらでも彼らの情報が出てきてしまいます。そういった情報を集めたサイトもありますし。刑務所側も受刑者の個人情報が特定できてしまうことを心配されていました。だから、私から深く突っ込んで聞くことはなかったです。本人の口から話してくれる分にはいいですけど。事件にこだわりすぎて本当に聞きたい「リクエスト番組」についてのことが聞けなくなってもいけません。

金田一

 自然に淡々と語られていたのがとても印象的でした。

米澤

 いざ取材をしてみると、彼らは驚くほど「普通」に会話ができるんですよね。何が塀の中と外を分けてしまったのか、私と彼らは違わないんじゃないかと、会話をしていると分からなくなる。

金田一

 彼らの声からは本当にいろんなことを感じました。嘘を言っていないな、本当の声で語っているなっていうのが伝わる番組でした。

受賞した米澤秀敏さんと沢知恵さん

顔色より、声色

金田一

 さて、沢さんはどういった経緯で番組に関わることになったのでしょうか。

 私は、歌手として米澤さんのインタビューを何度も受けてきました。昨年春からは、RSKラジオ『沢知恵 日曜日の音楽室』というリクエスト番組がスタートして、仕事をご一緒することになったんです。その時期と米澤さんが岡山刑務所で取材をしている時期が重なって、よく経過を聞いていました。実は、私の番組に岡山刑務所の受刑者からリクエストカードが届くので読んでいたんです。私はそれを普通のことだと思っていたのですが、米澤さんはものすごく驚いていまして。

金田一

 確かに刑務所からリクエストカードが届くような番組って、そんなにない。そもそも、沢さんの番組を刑務所で聞けるんですか。

 日曜日の夕方5時は聞ける時間帯なんですって。

米澤

 受刑者が聞きたい番組を選んで聞ける時間帯があるんです。

金田一

 そうなんですか。きっと沢さんの声の調子で何かが伝わるんでしょうね。

米澤

 沢さんは刑務所や少年院でコンサートをした経験もあるのが非常に大きいかなと思います。沢さんの歌を聞いて更生した男性から手紙が届いたこともありました。それを私が聞きに行ったライブで披露されたときに、その手紙の内容がまたすごくいい内容で。ナレーションをお願いするなら沢さんしかいないと思いました。

 私はナレーションというのを一度してみたかったので、本当に光栄なことでした。ただ米澤さんは非常に優れたアナウンサーですし、彼の声のファンも多いので、自分でナレーションしたいんじゃないかと。だから、米澤さんが伝えたい内容を邪魔しないように、自分の感情を入れすぎないように淡々と伝えることを意識していました。後から聞いたら、最初から私に頼むつもりで、私の声のトーンとか抑揚、癖みたいなものを全部踏まえてナレーションを書いてくださっていたんです。

金田一

 そうだったんですね。そのお話を聞いていると、改めてもう一度聞きたくなるなぁ。

 私は歌手として自分の声と向き合うことを30年やってきたわけですけど、声はごまかせないなと感じます。今回番組に出ていた受刑者の方々は本当にそう思って話をしているんだろうなということが伝わってきました。

金田一

 声って嘘を言っているかすぐ分かってしまいますよね。以前、私のところに目の見えない方が来られて、「私は顔色を読むことができないんです。どうしたらいいんでしょうか、先生」って聞かれて、いや顔色より声の方がよっぽど相手の気持ちが分かるんじゃないかなと思ってね。見えるとかえって騙されやすいんじゃないかな。ラジオって騙しにくいんじゃないかなって。このナレーションは沢さんのために書かれているから嘘はないですもんね(笑)。

 とっても怖かったです(笑)。ごまかせないですから。

米澤

 番組を聞いた教育担当の刑務官も、受刑者が、言わされた言葉ではない、自分で考えて話しているということに驚いていましたね。受刑者同士ではあんまり自分の弱みをさらせないようです。他の受刑者に付け込まれることがあるかもしれないとかで。

金田一

 怖いなぁ。でも本当の声が聞こえた番組でした。受刑者の言葉に心が動かされるなんて思わなかったなぁ。

リクエスト曲がかかる喜び

米澤

 そうですね。彼らの言葉に私たちが考えさせられることがたくさんありましたよね。DJを担当した64歳の無期懲役囚は「刑務所の中では、昨日が繰り返される。毎日が同じ」と語っていました。どこかで心機一転しないと反省の気持ちがマンネリ化する。だから節目とか、季節感を大切にしているようでした。この話は番組に盛り込めなかったんですが、彼は昨年12月の最後の土曜日を担当したとき、リクエストから髙橋真梨子の『ごめんね』といきものがかりの『ありがとう』を選びました。「ごめんねという反省と、迷惑をかけた人、お世話になった人へのありがとうという感謝がこの1年、受刑者のみんなにはあるだろうから」って。

金田一

 人としての気持ちの部分はもちろん、その構成力にも驚かされますね。彼が「塀の外の夢を見なくなった。夢で母親に会いたい」という言葉も印象に残っています。

米澤

 繰り返しになりますが、何が「塀の中」の彼らと「塀の外」の私を分けたのか。「受刑者の声が自分たちの戒めにも思えた」というリスナーの感想もありました。彼らは刑期を終えれば刑務所から出て私たちの隣人になる。彼らの償いの日々はもちろん続きますが、それでも「塀の外」に出れば私たちとは違わないんだって考えることが大事なのかなと思いました。これは、40年前にこの番組を始めた、当時の佐々木満所長の思いでもありますね。

金田一

 彼らは自己承認を求めていたんですよね。リクエストしてその曲がかかることで、やっと一人前の人間のように扱ってもらえたっていう、その喜びみたいなものを彼らの声から感じ取れました。そのことがラジオの原点みたいなものを強く思い起こさせてくれました。自分が学生だった頃、熱心にリクエストカードを送ったなぁって。この番組のおかげで、ラジオの力、音楽の力を再確認できました。本日は、ありがとうございました。

米澤

 「ラジオっていいなぁ」という思いが、この番組を通して伝わってくれたらうれしいです。ありがとうございました。

 天国で当時の所長もこの番組を聞いて喜んでくれているといいですね。ありがとうございました。


 

 

プロフィール

米澤 秀敏 さん (よねざわ ひでとし)
RSK山陽放送報道局報道部
1973年広島市生まれ、慶應義塾大学環境情報学部卒。ʼ96年山陽放送入社。アナウンス部、ラジオ制作部などを経て2007年より報道記者としてニュース、ドキュメンタリーを制作し、受賞多数。主な作品にメッセージ『格差社会を生きる~ホームレス2013~』(ʼ14 貧困ジャーナリズム賞)、メッセージ『引き裂かれた家族~ハンセン病孤児たち 初めての告白~』(ʼ19 日本民間放送連盟賞 テレビ報道番組部門 優秀賞)などがある。

沢 知恵 さん (さわ ともえ)
歌手
1971年、神奈川県生まれ。日本、韓国、アメリカで育つ。東京藝術大学在学中に歌手デビュー。〈雨ニモマケズ〉など28枚のアルバムを発表。第40回日本レコード大賞アジア音楽賞受賞。2021年、岡山大学大学院を「ハンセン病療養所の音楽文化研究」で修了。少年院、被災地などで精力的にコンサートを行う。