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放送文化基金賞の受賞者へのインタビュー、対談、寄稿文などを掲載します。

2023年10月2日
第49回放送文化基金賞

ルポ

ラジオ [最優秀賞&企画・演出・脚本賞]

FM TANABE 訪問記
金田一 秀穂(ラジオ部門審査委員長)

 今年のラジオ部門は、和歌山県田辺市にあるFM TANABEの講談風大河ラジオドラマ「弁慶記」がコミュニティFM で初の最優秀賞に決まった。さらに企画・演出・脚本賞が大﨑健志さんに贈られた。
 「弁慶記」は田辺市が出生の地と伝わる武蔵坊弁慶の生涯を描いたラジオドラマ。コロナ禍で様々な打撃を受けた地域社会の皆さんが地元の偉人である弁慶の雄姿を身近に感じることで、元気を取り戻すきっかけを作ってもらいたいとの気持ちから企画・制作された。
 全60話11時間33分にわたるラジオドラマを制作したFM TANABEに、金田一秀穂審査委員長が訪ねた。

FM TANABEのキャラクター:ターマス 【あらすじ】『弁慶記』
 鬼子として生まれてきた武蔵坊弁慶。呪われた生を世に受けたが、主君源九郎判官義経と人生をともにするうちに、末法の世に生まれた意味を見出していく。ライバルの平教経、仲間の伊勢三郎、父親の熊野別当湛増、南無阿弥陀仏の発明家法然...。
 個性豊かなキャラクターと出会っていく弁慶の生きざまと死にざまを通して、日本史の一大転換点を、講談師の語りと役者たちの演技が織り成すドラマ仕立てでお楽しみください! » YouTubeで全60話配信中!

田辺は和歌山県の第2の都市である。人口7万人。面積は県内で最大。京都から熊野へ詣でるとき、山中を通る中辺路と、海岸沿いを行く大辺路との分岐点に位置し、古来より交通の要所だった。東京からの心的距離は遠いが、南紀白浜空港まで、離陸したと思ったらすぐに着陸態勢になる。一時間半もかからない。海明かりの輝く真夏の日差しの町だった。
 FM TANABEは、この町のコミュニティFM局である。小さなビルの狭くて急な階段を上っていくと入り口があって、フロアが三つに区切られている。お客さんの受付をする事務所は、4、5人が楽しそうに働いている。スタジオが二つあるのは、コミュニティFMとしては恵まれているほうではなかろうか。社員はみなアナウンサーもする。それぞれが勝手に営業もする。取材もする。機材の調整もする。編集もする。誰かがしゃべり、誰かが音を整えている。そうして週七日、朝7時から夜10時まで、何かの番組を流し続けている。エライことだ。

 地元の高校生に枠を提供して、かれらの好きなように番組を作らせて放送するという試みもされていて、高校生たちにとってはとても楽しいだろう。聞いている人たちは、その家族たちはもちろんのこと、知り合いたちにとっても楽しみな時間になっているに違いない。高校卒業後、都会から帰ってきて、クラス会のような放送もあるらしい。和気あいあいを絵にかいたようなスタジオになる。

防災放送だけではない自由な企画

 こんなところで、今年度の放送文化基金賞ラジオ部門の最優秀賞を獲得した「弁慶記」が制作された。ギャラクシー賞優秀賞も受賞した。狭い入り口には立派すぎるような大きな盾やトロフィーが所狭しと飾られていて、贈った我々にも、かれらの喜びが伝わってくる。贈りがいがあったというものだ。

大﨑健志さん

 事務室でワチャワチャしていた一人が、今回のラジオ部門の個人賞、すなわち企画・演出・脚本賞を総なめした大﨑健志さんで、仕事の合間を縫って親切に楽しく取材の相手をしてくださった。ラジオ局でおしゃべりしながら営業回りもするという、今はやりのマルチな能力の持ち主である。静岡出身で、京都の大学を卒業し、しばらく演劇活動をして、和歌山のここに落ち着いた。
 コミュニティFMの役割で多く言われることは、防災である。災害時にどう伝えるか、災害時に果たす役割として注目されることが多い。しかし、災害時に役立つためには、ふだんからの信頼感、平常時での強いつながりがなければならない。それは大切なことだ。このスタッフたちは街中を歩きながら、ネタを探し、話題を探し、それぞれの個性でそれぞれの番組を作っている。台本は自分たちで作る。それがいつものことだ。
 ただし、「弁慶記」は違う。これは特別な枠で作られた。毎回15分、一日3回、週5回、12週にわたって放送された。小さな放送局としてはかなり思い切った企画だったと思われるのだが、文化的な方面に理解のある経営者たちのおかげで、自由に作られた。週5話放送されて、週末はその総集編。NHKの連続テレビ小説のファンで、あのやり方にならったという。

現代的な魅力溢れる講談ドラマ

 弁慶は伝承では田辺出身ということになっていて、駅前に弁慶像があり、弁慶の産屋の跡も残されている。熊野信仰が根付いたこの地には、弁慶が出現してもおかしくないと思わせる雰囲気がある。弁慶はこの地に根付くヒーローなのである。
 弁慶は強い。かなり知的でもある。しかも、あくまでも主人に忠実で、けっして裏切らない。こんな頼もしい相棒はいない。日本の民俗信仰の中でも傑出した存在なのではないか。地元であるという幸運に恵まれたにせよ、この時代に弁慶を選び出した眼力がいい。

弁慶をまつる社の前で宮司の長澤さんから説明を聞く

 今ラジオドラマはマンネリズムに陥っていて、ラジオの審査員として、いささか食傷気味である。特に今回の応募作品はそのほとんどがファンタジーと称するタイムスリップもの。あまりにも安直である。その中にあって、弁慶の物語は、史実とはいえないまでも、誰もが理解できるおおよそのストーリー展開が基本にあって、安心して聞いていられる。弁慶だから、いくらかの作り事も許される。
 近ごろの多くのドラマは声優によって演じられるのだが、若手の声優たちの声は多くアニメ声。女性同士の会話はみな同じ声に聞こえてきてしまう。ラジオドラマは難しいところに来ているようなのだが、「弁慶記」は、古典的話芸の講談の手法を取っている。
 関西を中心に活躍している若手のホープ講談師玉田玉山の語りは、素晴らしく現代的で魅力的である。リズミカルで歯切れがいい。しかも、脚本は講談や平家物語などを研究した大﨑さんの手で、いかにも楽しく、しかも迫力ある日本語文体になっている。講談は大衆的娯楽である。骨格ががっちりと組み立てられている。安定感がある。多少の嘘は全く気にさせない。史実ではなくても、お話として聞かされてしまう。楽しい。弁慶を主人公とするドラマで、講談をつなぎとして使うのはいかにもふさわしい。狂言回しというか、地の文になっていて、快い。

「弁慶記」が深めた田辺の人々のつながり

 しかしドラマである。要所要所には音楽が入り、演者たちのセリフが入らなければならない。一流の役者がやっているわけではなく、たしかにどうもうまくはないのだが、聞いていて困らない。学芸会を超えた、ある種のリアリティがあるのが不思議だった。
 今回田辺を訪れてその秘密が解けた気がした。田辺の町がこの作品を生んだ土壌になっているということなのだ。
 出演者は70人あまり。それ以外に地元の楽団や中学の吹奏楽部。なかには当然、ラジオに出たことのない素人も含まれている。大﨑さんは脚本を進めながら、新しい役柄が出てくると、これをだれにやってもらおうか考えて書いていたという。町に住む誰彼の顔を思い浮かべながら書いていたのだろう。役者たちが親しいのだ。だから、素人劇のたどたどしさがあまりない。演者の素の姿が見えても、無理がない。そのように計算されて作られている。こんなことはこのコミュニティでなければできるはずがない。幸せな町によってはじめて可能になるようなことなのだ。

「夕焼けワクワクたなべ」に生出演中

 〇〇ロスということばがある。あまちゃんロスから始まったのではなかろうか。連続ドラマが終わってしまって、視聴者としては気の抜けたような心理状態になることを言う。この「弁慶記」は、受け取り手もロスを感じたらしいが、送り手の側も弁慶記ロスを感じたらしい。知っている誰かが出ている。それを聞いて話す。そこから話が盛り上がる。田辺の人々の集まる場では、そのようなことが起きていたに違いない。終わってしまった、がっかりした、俺も、わたしも出たかった、という声が多かったという。作られている現場が楽しかった。幸せな番組だ。これはコミュニティFMでしかありえない。大きな放送局制作では決してあり得ないことだろう。
 大きな放送局ができないことをちっぽけな放送局がしでかしてしまった。このことは全国の多くのコミュニティFMに目覚めを与えることになるだろう。いろいろなことができるという可能性の幅を広げた。緊急時の避難放送だけではない大切な機能を果たす。地域の人々のつながりを強めるという、本来的な役割があることを思い知らされる。
 その宵、番組の若いスタッフたちと宴を開いた。これをきっかけにしていろいろなことが始められるのではないかという話になった。新しい伝統、新しい文化を創り出すものになるのではないかと思えた。和歌山の田辺から芽が出るのかもしれない。

「弁慶記」制作実行委員会メンバーと

弁慶記 こぼれ話
 「弁慶記」には、武蔵坊弁慶以外にも和歌山ゆかりの人物が登場します。
 弁慶の父とされる、熊野別当・湛増。今の紀の川市出身という説がある歌人・西行。そして特筆すべきは、奥州の最期まで義経に付き従った鈴木三郎重家と亀井六郎重清です。
 この二人、名字は違うが、実は兄弟なのです。海南市の藤白神社境内には二人が住んでいた鈴木屋敷があり、「鈴木」姓発祥の地とされています。鈴木屋敷は、熊野信仰を広めた神官の一族である藤代鈴木氏がかつて居住していました。
 「弁慶記」では、奥州の武士・佐藤継信と忠信の兄弟が義経に付き従い、平家追討に一役買っていました。そして、佐藤兄弟と入れ替わるように、鈴木・亀井の兄弟が物語の前面に出て、奥州に逃れる義経に付き従い、佐藤兄弟の鎧を引き継ぎます。
 日本でもっとも多い名字である「佐藤」と「鈴木」。彼らが義経の配下として活躍していたなんて興味深いですね!

プロフィール

大﨑 健志さん(おおさき けんじ)
FM TANABE 営業・制作
1985年生まれ。静岡県出身。京都府立大学文学部史学科卒業。高校生のころから舞台脚本を中心に執筆活動を行う。同志社大学の演劇サークル「同志社小劇場」の所属を経て、20代のころは劇団を結成し京都で演劇活動に打ち込む。
KBS京都ラジオでのアルバイト経験を活かして、30歳のころ田辺に移住、FM TANABE入局。FM TANABEでは営業・制作の業務担当。和歌山県紀南地方の歴史や文化に造形の深い方々への取材コーナー「紀南レキブン道場」のインタビュアーを務めるほか、さわかみ関西独立リーグ所属で田辺市を拠点にしている野球チーム「和歌山ウェイブス」の実況生中継を手がける。 田辺での執筆活動に「また、あいた」(朗読劇)、「街角」(ラジオドラマ)などがある。

金田一 秀穂 さん(きんだいち ひでほ)
ラジオ部門審査委員長