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HOME読む・楽しむもっと怒って、一市民が行政を動かす  平良 いずみ × 桐野 夏生

読む・楽しむ 放送文化基金賞特集
放送文化基金賞の受賞者へのインタビュー、対談、寄稿文などを掲載します。

2024年10月30日
第50回放送文化基金賞

対談

ドキュメンタリー [奨励賞]

もっと怒って、一市民が行政を動かす

平良 いずみ × 桐野 夏生

 『OTV報道スペシャル 続・水どぅ宝 ~PFAS汚染と闘う!Fight For Life~』(沖縄テレビ放送)がドキュメンタリー部門の奨励賞を受賞した。
 最近では日本各地でも検出されているPFAS・有機フッ素化合物。沖縄の米軍によるPFAS汚染の深刻さを訴え、立ち上がった母親たちに密着したこの作品は、緊急性に満ちていて、力強い作品と評価された。ディレクターの平良いずみさんに桐野夏生委員長が話を聞いた。

桐野 夏生さん(きりの なつお)
ドキュメンタリー部門審査委員長

平良 いずみさん(たいら いずみ)
沖縄テレビ放送元アナウンサー・ディレクター

【あらすじ】OTV 報道スペシャル 続・水どぅ宝 ~ PFAS 汚染と闘う! Fight For Life ~  基地の島・沖縄で起きている水の異変。県民45万人が飲んできた水道水に得体の知れない化学物質が含まれていた。その正体は、PFAS・有機フッ素化合物。
 「子どもたちを守ってほしい」―。不安を募らせる母親たちが声を上げた。しかし…、発覚から8年が経つ今なお日米地位協定が壁となり汚染源とされる米軍基地の調査すら実現していない。命を守る母たちの闘いの記録。
 一方、米国ではPFASの毒性を重く見て規制値の厳格化が進む。米国で何が起きているのか!?前作『水どぅ宝』(2022年)に沖縄・米国の最新情報を織り交ぜて完成させた2時間の長編ドキュメンタリー。

桐野

 ドキュメンタリー部門奨励賞おめでとうございます。

平良

 ありがとうございます。

桐野

 2016年に沖縄でPFASが検出されたということですが、私が知ったのは東京・多摩地域で汚染されているという記事を見たのがここ数年のことで、それまで知らなかったです。沖縄で分かったというのは何が契機だったのですか?

平良

 アメリカ本国で、発がん性の恐れがあるPFASという科学物質が注目されてきている。それが米軍基地で使用されている泡消火剤に含まれていて、基地の周辺で高濃度の値が検出されていることが分かったんです。それで、沖縄はどうなんだ?ということで、沖縄県が県内を隈なく調査しました。そうすると、やはり米軍基地周辺で高濃度のPFASが検出されました。

桐野

 明らかな事態だったのですね。

日米地位協定の壁

平良

 沖縄県としては、調査から汚染源は米軍基地である蓋然性が高いとしたのですが、8年経ってもなお、汚染源の調査にすら入れていないんです。本当に一県民として、そんな理不尽なことが許されていいのかという思いです。

桐野

 それは日米地位協定のせいである、ということですね。

平良

 はい。

桐野

 そのことが、とても分かりやすく作品に表されていたと思います。
 日本以外の国にも米軍基地がありますが、他国はどうなんでしょう?

平良

 ドイツでも米軍基地の周りでPFAS汚染が広がっているということが分かったのですが、ドイツの地位協定は国内法が適用されるので、ドイツ当局がすぐに調査に入りました。米国側も汚染源であると認めて、「浄化に対して真摯に取り組みます。お金も全部出します」と。米軍基地の外にある浄水場までも米国のお金で補修しています。

桐野

 日本の地位協定というのは、昔の日米和親条約みたいなものですね。一方的で国内法が適用されない。

平良

 そうですね。改定されない。議論のテーブルにさえつけていません。
 韓国にも地位協定があります。ただ、韓国は米兵による女性殺害事件や環境汚染をきっかけに環境に関わる条項が創設されています。

桐野

 沖縄で米兵による女性暴行事件がありました。特に今回の事件は、国が隠蔽していたという話です。日本も地位協定を改定しないといけないのに、何か間違っていますよね。地位協定については以前から問題にはなっていますが、日本が世界レベルではない、ということは意外と知られていないと思います。

平良

 そうかもしれません。問題の根深さというか、それを映像として伝える難しさというのは常にあります。
 韓国では、環境汚染が発覚したのがソウルの基地だったということもあって、世論の高まりを受けて見直されているんですよね。ドイツでも市民団体がPFAS汚染を突き止めて国を動かしました。世論が本当に大事なんだと感じています。

声を上げれば社会は変えられる

桐野

 今回も、一市民である女性たちが声をあげました。

平良

 彼女たちは居ても立っても居られなくて声を上げたんです。2016年に沖縄で水道水のPFAS汚染が発覚して、正直、彼女たちも政治家がどうにかしてくれるだろうと思っていたといいます。実際に立ち上がるのは3年程経ってからです。“結局誰も私たちの声を代弁してくれない”“自分たちが行動を起こすしかない”と、本当にやむにやまれず声を上げていったという感じです。

桐野

 そういう切実さみたいなものは、すごく伝わってきました。

平良

 彼女たちのピュアな思いが少しずつ沖縄の行政を動かしてきているので、“市民の力も捨てたものじゃないぞ!”“諦めるな!”ということを教わりましたね。
 「声を上げなかったら容認しているのと一緒。声を上げれば、社会は変えられるということを分かって欲しい」と今では市民団体の代表を務める町田さんが仰ったのがすごく印象的でした。

桐野

 沖縄の場合は、市民の力で行政を動かした。だけどまた、そこから国の壁があるということも感じました。

平良

 そうですね。日本では、暫定ですが水道水であれば目標値、河川の水であれば指針値として1リットルあたり50ナノグラムという数値があります。これを設定させたのも沖縄の人たちが声を上げて、沖縄県が動いて、水面下で環境省などに働きかけて、ようやく国が動いたということなんです。

桐野

 そうなんですか。

平良

 あまりこの話は表には出ていませんが。

桐野

 出さない理由は?

平良

 おそらく国としては、ただ偶然、時期がそうなっただけということにしたいからだと推測されます。

桐野

 結局、自分たちが考えたことだよ、ということですね。

平良

 そうです。
 私は、当事者でもあります。子供が1歳に満たないときに、PFAS汚染の問題が発覚しました。産婦人科でミルクは水道水を煮沸して与えなさいと推奨されます。ミネラルウォーターのミネラルが赤ちゃんの内臓の負担になるからですが、ミネラルウォーターならサーバーから温度管理されたものが出るのに、必死に、寝不足になりながら人肌に冷まして与えていた水道水に、子供の成長に悪影響を及ぼす汚染物質が入っていたと分かったときは、本当に怒りと不安で震えが止まらなかったですね。

母親以外のクールな声も聞きたい

桐野

 こういう作品は感情や意識だけではなく、根拠としての数字やグラフも出さないといけないし、証言も出さないといけないから、その意味でも制作は難しいだろうと思いました。

平良

 客観的な批判に耐えうるような科学的な検証はしないといけない。でも、抒情的に描くというか、視聴者の感情に訴えないと、見てもらえないですし、響かないんですよね。

桐野

 確かに情緒的な物語には感情に訴える力はおおいにあると思います。しかし、この作品は女性が活躍し、頑張っている印象の作品でした。男性があまり出てこないというのが不思議ではありましたね。

平良

 PFASは産業界では欠かせないものなんですよ。半導体を作るのに必須だったり、化粧品、フライパンなど多くの身の回りの品に使われています。そうした経済的な背景もあり、男性が声を上げづらいということがあるかもしれません。

桐野

 経済的背景での乖離といいますか、それはこれからの課題かもしれません。子供の命、家族の健康を守るということはすごく大事なことなのに、男性にとっては二の次になっていく感じが伺い知れます。生活の中から問題を知って、もっと怒らないといけないのに、怒るのが女性ばかりなのは違和感があります。

平良

 男性でも懸命に声を上げている方もいますが、数は少なく、感情を揺らす発言が少なかった。次世代の命を守りたいと願う象徴として今回は母親に焦点を当てました。

桐野

 ドキュメンタリーの中で感情を動かすという点ですが、泣いているお母さんがいてもいいけど、ちょっとクールな声も聞きたいです。母親ばかりが「子供が、子供が」と言うと、大事な問題ではありますが、引いてしまう独身者や若者もいるのではないでしょうか。特に最近は、子供を持たない人も増えています。だから、母親サイドではない人の声も聞きたいですね。

平良

 なるほど。良いヒントをありがとうございます。次の作品に生かします。

“沖縄の魂”が感じられる語り

桐野

 津嘉山正種さんが出演されていました。滋味の中に強い芯があって、とても良かったです。

平良

 県出身の名優さんで、あの声を聞くと“沖縄の魂”を感じられる気がします。2018年に『菜の花の沖縄日記』を制作したときに、駄目元でオファーしたのですが、「沖縄のことならなんでも引き受ける」と二つ返事で受けてくださいました。
 今回も「僕が手伝えることはやるから」と喜んで引き受けてくださいました。

桐野

 台本を読んでいるのではなく、切実な感じがすごくして、津嘉山さんご自身の言葉だなと伝わってきました。作品の迫力が増した感じがしました。

平良

 2時間の作品だったので、見ていただくために、メリハリが必要だと思い、津嘉山さんに顔出しもしていただくことにしました。10か所ぐらい撮らせてもらい、1パートあたり30秒、長くて1分位のたたき台を書いていたのですが、1パート15分ぐらい喋ってくださって。

桐野

 語り尽くされたのですね。

平良

 「全部は使えないんですけど」って言ったら、「全然使わなくていいから、とにかく僕の気持ちを聞いてくれ!」って。

桐野

 それは充分伝わってきました。
 ちなみに、地方民放局でゴールデンタイム2時間のドキュメンタリーを放送することはあまりないですよね?

平良

 そうですね。画期的なことです。会社の皆が頑張ってくれました。

桐野

 平良さんにとって“沖縄”とはどういう土地ですか?

平良

 故郷であり、言葉を選ばずに言えば、“ネタ”の宝庫でもあります。伝えなければいけないこと、伝えるべき問題が山ほどあるので。

 

ドキュメンタリーの魔物

桐野

 ドキュメンタリーの魅力というのは何だとお思いですか?

平良

 よく周りから言われるのは、「お前はドキュメンタリーの魔物に取りつかれた」と(笑)

桐野

 その魔物とは何でしょう?

平良

 何でしょうね?“事実は小説より奇なり”ではないですが、ドキュメンタリーの神様が降りる瞬間みたいなのがあるんです。時をためるのがきっとドキュメンタリストの力が試されるところなんですが、これって本当に意味あるのかな?って思いながら、撮りためていく。今回は5年追いかけて、最初の頃の映像で、主婦だった彼女が街頭で泣いているところがあるのですが、もちろん一般人なので、他局は誰も撮影していない。その映像はうちの独占映像になるんですよね(笑)。
 そして、彼女が、段々と成長していって、最後は議員にまでなってしまった。そういうものを見せていただけると、どんなドラマよりも面白いし、嬉しいです。

桐野

 確かに、最初はマイクを持っても言葉に詰まっていたような方が、最後は滔々と、そして堂々と話されている。こなれたのではなく、一つの問題を追いかけているうちに成長されたのだと感じました。
 平良さんは、これからもPFASについて取材を続けられるのですか?

平良

 7月末で会社を退社するのですが、これからもPFASの問題は追い続けていきたいと思っています。

桐野

 そうですか。でも、取材は続けられるのですね?

平良

 はい。昨日も横須賀に話を聞きに行ってきました。排水処理場からの排水にすごく高い値のPFASが含まれていたことが明るみに出ました。それは飲み水ではないのですが、海に流されて、生物に蓄積されていく危うさがあるので、横須賀市が動きました。PFASは活性炭フィルターというものを通せば、だいぶ除去できるので、米軍はタンクを設置して、きちんと対応していますということだったのですが、昨年末に「あのタンク、ホースが繋がってないぞ」と市民団体が横須賀市を通じて米軍に問い合わせたんです。そうしたら、「2か月前から停止しました。でも、ちゃんと浄化しています」「日本には排出基準の法令がないから、検査は不要で情報提供の義務もありません」と米軍が言っていますと防衛省が発表したんですよ。

桐野

 酷い話です。

平良

 本当に酷い。きちんとサンプリングを調査して、データを公表して、だから大丈夫ですよと言って欲しいです。でないと納得できないですよね。

桐野

 PFASはこれからもずっと使わざるを得ない物質なわけでしょう?

平良

 そこは科学技術の進歩を信じるということですかね。EUではPFASを厳しく規制していこうという流れになっていて、逆にビジネスチャンスとして捉えている企業もあります。PFASに代わるものを開発すれば、それこそワールドビジネスになりますから。

桐野

 そうですよね。日本には、そういう発想の転換がないんですね。ビジネスチャンスにはならずに、ひたすら隠して誤魔化して、問題が沈静化するのを待っている。

沖縄の問題が私たちの問題である

桐野

 PFAS以外のテーマも考えていらっしゃるのでしょうか?

平良

 はい。那覇空港のすぐ隣に軍港があるのですが、そこが遊休化していて、ほぼ使われていないんです。一等地なので、そこを返還するという計画が復帰前から、それこそ半世紀以上前からあったのですが、条件は「県内移設」。いろんな変遷を辿って、結局、隣の浦添市の浜辺を埋め立てて軍港をつくることが前提になったんです。辺野古と同じで、移設ありきで合意してしまった。それが今、埋め立てに向けて動き始めたんです。本当に議論が尽くされたといえるのだろうかと思っています。県民にインタビューしても知っている人が多いとはいえないんですよ。50年程前に持ち上がった計画で、沖縄県も容認していることなので、静かに進められているんです。

桐野

 こっそり?(笑)

平良

 そうなんです。

桐野

 日本政府って、いつもバレないようにやろうとする。

平良

 市民も必死になってこの問題にも目を向けて欲しいと声を上げています。それをどうにか全国に伝える方法はないかと考えています。

桐野

 確かに、変な言い方ですけど、“ネタ”の宝庫ですね。
 米兵の女性暴行事件とか、表に出ないということに関してはどうお考えですか?

平良

 本当に憤りを感じますね。公表される意味は何か?と考えると、犯罪の抑止に働いていくんですよね。米軍もその時は再発防止ということを徹底する。安全に子育てをし、暮らしていくということは最低限度守られなければならないことなのに、事件の情報が隠蔽されるということは、安全が脅かされることになりますよね。メディアに携わる人間としても許しがたいことだと心底思います。

桐野

 隠蔽の意図というものは、基地の存在をネガティブなものにしたくないという意向ですよね。どうしてそんな姑息なことをするのかと思いますが、隠蔽されていると分かりませんものね。もっと怒って、沖縄の問題が私たちの問題であると考えた方がいいと思いました。

平良

 終戦後の1950年代は9割、米軍基地は本土にあったんですよ。沖縄は1割しかなかった。それが本土で基地の反対運動が起きて、復帰を境に沖縄に収斂され、現在の7割が沖縄に集中する歪な状況になりました。地続きの問題を私たちは訴えつづけないといけないし、若い人たちにもその一端を知って欲しいと思います。

桐野

 そうですよね。それに加えて、南西諸島に自衛隊の基地が集中してきていますよね。対中国についてちょっと煽られている感じもしますが、そこで基地問題も自衛隊も正当化されていくような恐ろしいものを感じます。

平良

 日本を防衛するためにというならば、南西諸島を要塞化するのではなく、東京に作った方がよくないですか?と。基地があるところが標的にされるというのが沖縄戦の教訓で、多くの沖縄県民は胸を痛めています。

桐野

 以前、与那国島に遊びに行ったことがあるのですが、のんびりした良いところでした。そこも自衛隊の人たちが大勢入ってきていると聞いています。変わったんでしょうね、周辺の島も。

平良

 そうですね。宮古島などに行くと、のどかなさとうきび畑の中に、突然レーダー施設が現れたりして、無機質な鈍い色のものがたくさん並んでいるという異様な光景です。

桐野

 どうなってしまうのでしょうか。沖縄の方々は二重の苦しみになるだろうと思いますが、これを他人事と考えないことですね。

平良

 その為にも沖縄メディアとしてきちんと伝えていきたいと思います。

桐野

 期待しています。
 今日はありがとうございました。

 

プロフィール

桐野 夏生 さん(きりの なつお)
ドキュメンタリー部門審査委員長
作家。1998年『OUT』で日本推理作家協会賞、99年『柔らかな頰』で直木賞、2004年『残虐記』で柴田錬三郎賞、08年『東京島』で谷崎潤一郎賞、09年『女神記』で紫式部文学賞、10年『ナニカアル』で島清恋愛文学賞、11年同作で読売文学賞を受賞。23年『燕は戻ってこない』で毎日芸術賞と吉川英治文学賞を受賞。15年紫綬褒章受章。24年日本芸術院賞を受賞。近著に『真珠とダイヤモンド』『もっと悪い妻』『オパールの炎』など。

平良 いずみ さん(たいら いずみ)
沖縄テレビ放送元アナウンサー・ディレクター
那覇市生まれ。1999年沖縄テレビ放送入社後、基地問題、医療、福祉など多岐に渡るテーマでドキュメンタリーを多数制作。『どこへ行く島の救急へり』、『まちかんてぃ』などで民放連賞優秀賞。映画『ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記』(2020年)で初監督を務める。PFAS汚染を追った『水どぅ宝』(2022年)ギャラクシー優秀賞など受賞多数。GODOM沖縄ディレクターとして取材活動を続ける。