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放送文化基金賞の受賞者へのインタビュー、対談、寄稿文などを掲載します。

2024年10月30日
第50回放送文化基金賞

インタビュー

ドラマ [演技賞]

気づきを促した“昭和のおじさん”像

阿部サダヲ
インタビュー・文 長谷川 朋子



 

 

 第50回放送文化基金賞の演技賞を受賞した阿部サダヲさん。金曜ドラマ「不適切にもほどがある!」で1986年から2024年の現代にタイムスリップした“昭和のおじさん”こと小川市郎を主演し、コンプライアンス遵守に縛られた令和の時代に一石を投じる愚直さを見事に表現した。適切に攻めながら娯楽に徹した本作の要にある役割を全うしたとも言える。演技者として阿部サダヲさん本人はどのような想いで挑んだのか。世間から話題を集めたドラマの内容を振り返りながら、率直な気持ちを訊いた―。(以下、敬称略)

©TBS

【あらすじ】『金曜ドラマ 不適切にもほどがある!』
 昭和の「当たり前」は令和の「不適切」!?
意識低い系“昭和のおじさん”小川市郎が令和にタイムスリップすることで感じるギャップや共感を描く。市郎の極論は、コンプライアンス遵守に縛られた令和の人々へ考えるきっかけを与えていくが…
 時代は変わっても、親が子を想う気持ち、子が親を疎ましく想う気持ち、誰かを愛する気持ちという変わらないものもある。妻を亡くした市郎とその一人娘、そしてタイムスリップしたことで出会う人々との絆も描く。時代とともに変わっていいこと、変えずに守るべきことを見つめ直す、宮藤官九郎脚本のオリジナルドラマ。

 「光栄です。本当に嬉しいです」。飾らない人柄を表すように、素朴に語り始めた阿部サダヲ。1992年に大人計画の舞台「冬の皮」でデビューして以来、舞台からテレビ、映画、音楽まで幅広く活躍する。この対談の日も主演舞台の合間を縫って、現れた。これまで映画「舞妓Haaaan!!!」(07年)などでは日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞する実績を持つが、テレビドラマ作品の演技で賞を受賞するのは今回が初めてだったという。「(賞とは)縁遠いものだと思っていましたから…」と、本人はそう呟くも、観る者の記憶に残る役を演じ切り、間違いなく受賞に値するものだった。
 宮藤官九郎のオリジナル脚本ドラマ『不適切にもほどがある!』は昭和の「当たり前」が令和の「不適切」になる現実を見つめ直す作品である。ある種の皮肉さを具現化したのが、“昭和のおじさん”像の小川市郎であり、阿部にとってハマリ役でもあった。役柄について初めて耳にした時から実は本人も自覚していたようだ。
 「宮藤官九郎さん脚本のドラマで、プロデューサーは磯山晶さん、監督は金子文紀さん。このチーム構成でTBSのドラマの主演をやらせてもらうのは初めてだったので、まずはどんな内容か聞いてみたんです。そしたら『“意識低い系のおやじ”の話です』と。『あっ、いけそうだな』って」。笑いにしながらテンポ良く話す。
 一方、その時点では1986年の昭和と2024年の令和を行き来するタイムスリップ設定であることは知らされていなかったという。「ホームコメディもの」とだけ聞かされていた阿部だったが、攻めた内容であることを後から知る。しかも、最初の台詞は河合優実が演じる市郎の娘、純子に向かって言い放つ「おい!起きろブス!盛りのついたメスゴリラ!」というもの。
 「随分と攻撃的ですよね。こういう台詞を最初に僕に言わせるんだなって思ったのは確かです。でも幸いにも相手は河合優実さん。河合さんとは舞台などで2度ほどご一緒して、応え方も凄く上手なことを知っていました。河合さんとだったらやりやすそう。だから多分大丈夫だなって思いました」。
 それでも放送前は「きっと苦情がたくさん来るのでしょうね…」といった会話を他のキャストと交わすこともあったという。いざ蓋を開けてみると、そんな心配は吹き飛ぶようにインパクトの強さが勝って評判を呼ぶ。「(回が進むほど)お客さんがこのドラマを待ってくれている様子を肌で感じたんです。良い方向に向かう作品なんだろうなって思いました」。

欠かせなかったテロップとミュージカル

 「この作品には、不適切な台詞や喫煙シーンが含まれていますが、時代による言語表現や文化・風俗の変遷を描く本ドラマの特性に鑑み、1986年当時の表現をあえて使用して放送します」
 このような注意喚起テロップは同作恒例のもの。話題にもなった。阿部は 「これがあるからいけるんじゃないか」と思っていたという。「吉田羊さんが演じるサカエさんに対して、『更年期?』って聞く台詞とか。なかなか言わない、言えないですよね。昔は本当にバスで煙草を吸えたし、飛行機でも吸えた。でも、昔も吸わない人がいたのに文句が出なかったじゃないですか。この数十年でずいぶん変わったんだなって」。阿部が言うように印象的なシーンが多い。昭和の時代を知る人にとっての“あるある”が今は不適切になることが再認識させられる内容の中にはテレビの裏側まで扱われた。


©TBS

 一方で、スマホを使いこなすなど、令和にすんなりと順応していく市郎の対応の早さを敢えて表現していたようにも見えた。これに対して阿部の中で答えがあった。「対応能力って言うんですかね。宮藤さんが感じていることのような気がしていて。あの人こそ対応が早いから。元々は紙に書いていたものがワープロになって、パソコンになって。自身と重ね合わせているところが結構あったんじゃないかって思っています。流されていいのかって疑問に思うこともあるだろうけど、対応していかないといけないですからね」。
 また昭和の時代を生きた人だけが楽しめるドラマというわけでもないことも人気を集めた理由にあるのかもしれない。阿部も頷きながら「子供と一緒に楽しんだとか、番組をきっかけに親と話すようになったという感想が多かったんですよ。ウチの子もそうでしたし。『本当にこういう時代だったんだね』みたいなことを言っていました」と、実感を込めて話していた。


©TBS

 毎話登場したミュージカルシーンもこのドラマを象徴する。「話し合いましょう」、「俺の働き方」、「セクハラ」といった様々なテーマが各エピソードで扱われた。「台詞にしてしまうとちょっとストレートすぎて恥ずかしくなるような言葉を曲でアレンジして見せるのが良かった気がします。最初こそ違和感があったのかもしれないけれど、徐々に盛り上がってきたというか」。歌って踊るミュージカル仕立てがあるテレビドラマは確かに珍しく、阿部も初めての経験になった。
 柿澤勇人などミュージカルの主演級俳優たちがゲスト出演するたびに話題も広がった。 「レギュラーのキャストや、どのゲストの方も受け入れてやれたのが良かったと思います。吉田羊さんも仲里依紗さんも歌えるし、踊っているのも楽しそうだった」という。ただし、阿部自身、唯一心残りの歌がある。尾崎豊の「15の夜」ならぬ「米寿の夜」という歌詞がある「おれの働き方!」という第2話で歌った曲だ。
  「歌は完全に別撮りなので、自分の熱量をどこに合わせていいのかわからなくなってしまって。ちょっと力を入れすぎたかなって思っています」。本人はそう言うが、ある種の可笑しみがあり、ミュージカルパートがこのドラマのお約束になっていくわかりやすい場面だ。TBS公式YouTubeチャンネル「YouTuboo」で公開されている切り抜き動画で見返したくなるほどの中毒性もある。

「地獄の小川」の可愛げを作る

 阿部が演じて作り上げた小川市郎はやはり記憶に残るキャラクターなのだ。「地獄の小川」と言われる鬼教師ぶりを発揮する序盤も、娘の純子(河合)と反発し合う時でさえも、憎めなさがあった。それが人間味となり、愛されるキャラクターに仕上げていたのではないか。阿部の説明で合点がいく。
 「ただただ厳しすぎると、怖い人っていう風になってしまうから、陰でちょっと馬鹿にできるぐらいの人にした方がいいのだろうなって。そう思って、市郎というキャラクターを作っていました。娘の純子の前でもどこかで可愛げみたいなものがあった方がいいかなと。というのも、いがみ合っているわけではなくて、愛情の裏返しであって。純子との深い絆を表現したいと思ったんですよね」。立ち上がり時から制作陣とはこの「親子愛」が重要なテーマの1つになることを共有していたこともあり、「演じやすかった」とも言う。


©TBS

 制作現場そのものも令和仕様にアップデートしていたようだ。役者もスタッフも事前にパワハラに関する講習を受けたことが大きかったのか、「みんな優しく、怒鳴り声もない。若い人たちへの教え方も優しく、優しい口調で教えているように見えた」という。なかでも、阿部の目には磯山プロデューサーや金子監督などが丁寧に人を育てることを意識していたように映った。 「監督の金子さん以下、監督が5人もいたり、天宮沙恵子さんがプロデューサーデビューする現場になったり、録音もカメラマンも教えている感じがあった。そういう意味でもいい現場でした」。しみじみと振り返る。
 「楽しんでお芝居がやれる脚本のドラマはやっぱりいいですよ」と話しながら笑みまでこぼれる。「いい現場だったと本当に思います。別の仕事の現場でも『観てます』って言われることがあったし、出演を名乗り出る役者の方までいて。『観てるよ、出たいな』と言う人がこれほど多かったのは初めてでした」。

 

 

「まずは寛容になる」ということ

 幅広い層から話題を集めるテレビドラマそのものが今は珍しい存在になった。昭和の時代と比べると明らかにその数は激減している。そんななかでも阿部は変わらずテレビっ子を継続中だ。「『テレビは見ない!』って平気で言う人がいるじゃないですか。僕なんかテレビしか見ない。テレビばかりです。でも、周りの皆から『Netflix も見ろ』と言われています」。
 時代の変わり目は『不適切にもほどがある!』の展開からも実は認識できる。国内で放送された後、Netflix で全世界配信されているのだ。アメリカを代表するメディアのニューヨーク・タイムズが記事で取り上げるなど、海外からも関心を集めた。今や日本人俳優がアメリカ最大のテレビアワード「エミー賞」で評価される時代でもあり、制作側に関わる役者が実績を残し始めてもいる。「役者がプロデュースしたり、海外にも活躍の場を広げていることは気になる話です。なんなら僕も何かやりましょうか。何かが生まれたら面白いかもしれない―」。
 会話の中からこうした気づきのきっかけが生まれることはある。そもそも『不適切にもほどがある!』はそんな気づきのきっかけを与える作品でもある。最終回のタイトルにある「寛容になりましょう」は作品全体で伝えたかったメッセージという。ストレートな表現だが、曖昧とも言える。誰かの表現不適切発言や行動にも多少の優しい気持ちを持って、それぞれの価値観を認め合うということが寛容になるということなのか。寛容って何なのか。阿部に聞くと、「別に答えは要らないですよ」と返ってきた。
 「寛容になることで、こうなった方がいいということも考えなくていいと思います。『まずは寛容になる』ってことじゃないですか?自分の意見を押し付けてもしょうがないことってありますから。つまり、何でもありなんです!」。
 そして、今回の放送文化基金賞にまで例える。「錚々たる方々が歴代の演技賞の受賞者に並んでいますし、賞自体にお堅いイメージがあります。それなのに演技賞を阿部サダヲにあげるなんて。これぞ寛容ですよ」。阿部サダヲだから小川市郎を演じることができたことをますます明白にする受賞の言葉ではなかろうか。


©TBS

 

プロフィール

阿部 サダヲ さん (あべ さだを)
1970年4月23日生まれ、千葉県出身。 1992年より大人計画に参加。同年、舞台「冬の皮」でデビュー。21年にNODA・MAP番外公演「THE BEE」にて読売演劇大賞優秀男優賞、24年に映画「シャイロックの子供たち」にて日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞。 近年の出演作に、舞台「ふくすけ」、映画「死刑にいたる病」「アイ・アム まきもと」「ラストマイル」、ドラマ「不適切にもほどがある!」「広重ぶるう」等がある。

長谷川 朋子 さん (はせがわ ともこ)
ドラマ部門審査委員
ジャーナリスト/コラムニスト。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに独自の視点で解説した執筆記事多数。「朝日新聞」「東洋経済オンライン」などで連載中。フランス・カンヌで開催される世界最大規模の映像コンテンツ見本市MIP現地取材を約15年にわたって重ね、日本人ジャーナリストとしてはコンテンツ・ビジネス分野のオーソリティとして活動中。著書に「Netflix戦略と流儀」(中公新書ラクレ)など。