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読む・楽しむ 放送文化基金賞特集
放送文化基金賞の受賞者へのインタビュー、対談、寄稿文などを掲載します。

2024年10月10日
第50回放送文化基金賞

対談

放送技術

照明バトンが灯す、働き方改革の光

瀧本 貴士 × 永井 研二

 スタジオ照明設備のLED 化を進めるにあたり、照明の吊り込み作業は白熱電球時代より格段に増えることが試算された。照明業務支援システム開発チーム(朝日放送テレビ、パナソニック、森平舞台機構)は、吊り込み作業の設定を効率的に行うシステムを開発し、吊り込み時間を大幅に短縮することに成功した。
 永井研二委員長は、このシステムを見学するため、朝日放送テレビへ訪問。代表の瀧本貴士さんから話を伺った。

永井 研二さん(ながい けんじ)
放送技術部門審査委員長

瀧本 貴士さん(たきもと たかし)
朝日放送テレビ 技術局 制作技術部

LED化で増える業務量

永井

 受賞おめでとうございます。番組制作技術には、撮影、音声、照明、VE(ビデオ・エンジニア)、CG、ポストプロダクション、送出技術などの分野があります。放送文化基金賞・放送技術部門では過去50 年間で他分野はすべて受賞したことがありますが、照明分野が受賞するのは第50回目にして初めてのことです。

瀧本

 本当にありがとうございます。とても嬉しいです。

永井

 本日は、実際にスタジオも見学させていただき、ありがとうございました。まずは、今回の開発に至った経緯をお聞かせいただけますか。

瀧本

 朝日放送テレビでは、環境問題への全社としての取り組みである「ABC グリーン宣言」の一環として、白熱電球より消費電力が小さく、なおかつ長時間使用できるLED 照明の導入を進めています。いわゆる「省エネ」ですね。しかし、スタジオの照明をLED 化するにあたって、これまで必要なかった作業が増え、業務負荷が格段に増えることが予想されました。

永井

 たとえば、どんな作業が挙げられますか。

瀧本

 今までは照明器具と電源の接続だけで運用できていましたが、LED 照明では明るさを調節するために、照明卓からLED 照明へ指示を送る作業が生じました。そのため、新たに制御線の接続が増えるなど、作業がとても煩雑になりました。また、LED 照明は1Kw ライトで約11kg と白熱電球に比べて4㎏も重くなり、吊り込むのに時間もかかります。これまでひと番組に2時間で済んでいた作業が3時間以上かかることが予想されました。

吊り込みの様子

永井

 スタジオでは、実際にLED 照明を持たせていただきました。なかなか重かったです。これを吊り込むのは大変な労力ですね。さらに設計図をもとに照明を1台ずつ設定しなければならないとなると、とても膨大な作業量に感じます。どのような開発で改善していったのでしょうか。

LED 照明を持ち上げる永井委員長

瀧本

 照明は軽くならないので、吊り込みにかかる時間をできるだけ短縮していきました。開発のポイントは、大きく2 つあります。まずは、設計図を「照明器具配置図面作成ソフト」としてシステム化しました。ソフトの中に、あらかじめ照明全台を登録しておくことで設計した情報が制御線を伝わり、LED 照明器具の設定だけでなく、照明ネットワークや照明卓のシステム設定のすべてを自動で反映させるようにしました。

永井

 実際にスタジオを見せていただいたときも、タブレットを操作していましたね。設定作業がとても効率的になったと感じました。

テープライトの遊び心

瀧本

 もうひとつのポイントは、照明バトンにテープライトを敷設し、それぞれタイプの異なる照明をどこに吊るべきなのか、テープライトの点灯色で判別できるようにしたことです。また、間違ったつなぎ方をすると赤色に点灯するなど、正誤確認を一発でできるようにしました。

テープライトが各色で光り、吊り込み位置を判別できる

永井

 すべての吊り込みが正しく行われると、テープライトが流れるように青く光る遊び心も斬新だなと感心しています。これはどういったアイデアから生まれたのですか。

瀧本

 以前、同僚の細川圭吾さんと、どうしたら吊り込みが早くなるか話していたら、彼が「吊り込み位置を光らせたらどうでしょう」と言ってくれて、それで決まりました。

永井

 「女性が照明業務に就く割合も増えている」と審査会の場でも話していましたが、そういった演出があると気分も違ってきますよね。職場の人数や女性の割合はどれくらいですか。

瀧本

 現在、朝日放送テレビでは私1名しかいないのですが、協力会社様3社に助けていただいています。全体としては28名いて、構成はちょうど男女半々ですが、20代から30代の女性が12名です。若手はほとんど女性になります。

永井

 本当に女性が進出している職場だということがよく分かりました。開発の成果については、どう感じていますか。

瀧本

 これまでスタジオで紙の設計図と照明を見比べながら、1台ずつ吊り込みの位置を確認しなければいけませんでした。正しい位置に吊り込むのは経験がものを言います。すぐに即戦力になってもらうためにも、業務の効率化は欠かせませんでした。結果的に本システムの導入によって業務時間が大幅に短縮され、LED照明業務はもちろん、それより前の白熱電球業務よりも短縮することができました。また、今や手ぶらで吊り込みができるので、安全性も高くなりました。

吊り込み完了時、青く光るテープライト

受賞を追い風に

永井

 白熱電球の時代よりも業務時間が短縮されたと聞いて、大変驚いております。共同で開発したパナソニックや森平舞台機構の貢献もかなり大きかったですか。

瀧本

 そうですね。どちらの会社も、もともと2008年に新社屋に建て替えた時から照明設備でお世話になっていました。今回も、こちらのチャレンジングな提案を親身になって受け入れてくれたので、とても感謝しています。役割を具体的に言うと、パナソニックは照明、森平舞台機構は照明の昇降装置や先ほども出た照明バトンを取り扱っています。

永井

 開発に苦労された点はありますか。

瀧本

 メーカー開発担当者と私が想定していなかった作業手順でスタッフが照明卓を操作したときに不具合が起きてしまうことですね。メーカー開発担当者と打合せを重ね、頑張ってソフト修正してくれたものを私が夜な夜な照明卓を操作して、不具合を潰し、正常に動作するようテストを重ねました。安定してから一度、テストで新機能無しで運用してみたのですが、現場スタッフはそのときこのシステムの便利さを痛感してくれていました。

永井

 最初はシステムを覚えるのに苦労しますが、一回便利さを味わうと元のやり方には戻れなくなりますね(笑)。ちなみに、瀧本さんから今回の開発のお話しを伺っていると、照明業務に対する情熱のようなものを感じますが、もともと照明にはご興味がありましたか。

瀧本

 大学時代、手品部に入っていました。ステージでのリハーサルのとき、分からないながらも照明スタッフさんに位置や明るさを指示するのですが、そこで興味を持ちまして。漠然と華やかなテレビ業界に入社したい思いもあったので、テレビ技術の中に照明があると知り、応募しました。

永井

 そのような過去があったのですね。最後に、今回開発した他の放送局にこのシステムを広めていくことは考えていますか。

瀧本

 日本照明家協会の技術賞を頂いたとき、見学したいと言ってくれる局が複数社ありました。

永井

 朝日放送テレビだけでなく、他の多くの放送局でも照明業務への女性進出が進んでいると聞いています。このシステムの導入による働き方改革が進めばよいですね。今回の受賞も追い風になることを期待しています。本日は、ありがとうございました。

瀧本

 これからも日々アップデートを重ねていきたいですし、その構想も頭の中にあります。こちらこそ、ありがとうございました。

左から、谷田和郎技術局長、永井委員長、瀧本さん、岡﨑麻依さん

放送技術の発展と基金賞の50年
永井 研二
 放送文化基金賞は、基金設立とともに今年で50周年を迎えました。大きな節目ですので、放送発展の歴史を振り返りつつ、今一度基金賞の役割を考えてみたいと思います。
 わが国では1925年にラジオ放送が開始し、来年で放送開始100周年を迎えます。世界で初めて電波を利用しての通信実験に成功してからわずか30年後、まさにその時代の最先端の技術を活用して放送が始まりました。そして1953年にはテレビジョン放送が開始し、BS放送、ハイビジョン放送、そしてデジタル放送と、放送は常に時代の最先端の技術を取り入れながら進歩・発展してきました。番組制作用の機材も小型化、高性能化が進み、機材の進化によって、番組コンテンツも進化してきました。
 放送は、番組・コンテンツの発展とともに、それを支える放送技術の発展という両輪で進歩・発展し続けてきたと思います。
 このような中で、放送文化基金は1974年に設立されましたが、設立趣意書の中で、「放送及びその受信の進歩発達に寄与することを目的とする」と謳ったうえで、「上記設立の構想を実現するため……放送文化及び放送技術に関する著しい貢献に対し表彰を行う」としており、第1回から放送文化部門とともに放送技術部門の表彰を行ってきました。
 NHK放送技術研究所初代所長は1930年の開所にあたり、「放送事業は最新の学理を応用したる社会的事業である。従って……これが進歩改善を図る上に於いて一日も研究調査を怠る事を得ないのである。」と言っています。基金賞の技術部門の表彰はまさにこの趣旨を受け、放送文化発展の基盤となる放送技術の発展をこれまでも、そしてこれからも後押しすることが期待されていると思います。
 受賞によって個人的な取り組みが組織的に行われるようになった例も多くみられます。基金賞が放送技術さらには放送文化、映像文化の発展にこれからも一層貢献していくことを期待したいと思います。

プロフィール

瀧本 貴士 さん (たきもと たかし)
朝日放送テレビ 技術局 制作技術部
1997年関西大学工学部機械工学科卒業。同年、 朝日放送入社。報道中継、回線センター、音声などを経て照明業務を合計20年担当。

永井 研二 さん (ながい けんじ)
放送技術部門審査委員長
1948年生まれ。東京都出身。1973年4月日本 放送協会入局。技術局長、理事、専務理事・技師長、放送衛星システム(B・SAT)代表取締役社長、NHKアイテック代表取締役社長を歴任。