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読む・楽しむ 放送文化基金賞特集
放送文化基金賞の受賞者へのインタビュー、対談、寄稿文などを掲載します。

2024年10月23日
第50回放送文化基金賞

鼎談

ラジオ [優秀賞]

耳で聴く 空想労働絵図

冨士原 圭希 × 山田 悦二 × 金田一 秀穂

 『空想労働シリーズ サラリーマン』(RKB毎日放送)がラジオ部門の優秀賞を受賞した。この番組は、ラジオと特撮ものという大きな矛盾を見事に融合させ、新しいラジオドラマの可能性を開拓したと評価された。
 2024年7月、金田一秀穂委員長がRKB毎日放送の冨士原圭希さんと山田悦二さんに話を聞いた。

冨士原 圭希さん(ふじはら たまき)RKB毎日放送 アナウンサー

山田 悦二さん(やまだ えつじ)RKB毎日放送 オーディオコンテンツセンター長

【あらすじ】 昭和98年(≒令和5年)、高度経済成長の末、労働人口が9割を超えた日本。突如として出現した“会獣”(=会社の獣)の前に蹂躙される労働者たち。立ち向かうRKB(=労働環境防衛保障)だが、絶体絶命のピンチを迎える。その時、人々の前に姿を現した巨人、その名は“サラリーマン”。身長51m、体重5万1千トン、必殺技は“ストライキ光線”。地球での就業時間はわずか1分で、時間が経つとザンギョウランプが点滅する。プロレタリア星からやってきた彼は、会社員として多くの制約を抱えながら、労働者のため会獣に立ち向かう。

サラリーマン誕生

金田一

 優秀賞受賞、おめでとうございます。この番組は冨士原さんが全て作られたんですか?

冨士原

 企画・脚本・キャスティング・演出・収録・編集・出演・・・とほとんどを担当させていただきました。

金田一

 入社4年目でとんでもない企画をよく通しましたね(笑)

山田

 彼がユニークなのは、入社したときから知っていました。ベテランパーソナリティと一緒にラジオワイド番組に抜擢し「好きなことをしていいよ」と言ったら、『男はつらいよ』コーナーを作ったり、初代仮面ライダーの藤岡弘、さんをゲストに迎えたり、本当に自分の好きなことをやったんです。その後もラジオのフロアによく顔を出していたので、「特撮好きだったよね?ラジオならお金かからないから、何かやってみたら?」と、軽い気持ちで言ったら『サラリーマン』の企画書を出してきました。

特撮で空想、ラジオで想像

冨士原

 私の大好きな特撮は空想を表現する一つのジャンルとして確立されています。しかし実写の特撮は数千万円の制作費がかかる。ラジオは音だけでその世界を表現できます。聴く人が、特撮を脳内で想像して完成させるコンセプトでこの企画を考えました。そこに入社してから知った社会人の葛藤を反映させようと、会社員をテーマにしました。

金田一

 現代ではなく、昭和の雰囲気にしたのはなぜですか?

冨士原

 働き方改革が進んだとはいっても、現代の我々は昭和の延長線上にいると感じています。その現状を比喩するためにあえて昭和っぽい設定にしました。もし高度経済成長が止まらずモーレツが続いていたら、という発想をもとに昭和40年代特撮風に。でもあくまでそれに似た現代で、昭和98年という設定です。

金田一

 設定がすごくわかりやすかった。出てくる会獣がそれぞれ面白いですね。特に“リフ人”は怖かった。

冨士原

 社会の理不尽を仕組んでいる異次元人“リフ人”はいつもどこかに潜んでいる。絶対に死なないキャラクターで何度も出てきます。他にも尻尾会獣ロングテール(長い物には巻かれろ)、二面会獣オベッカー(本音と建前)など社会人が直面する問題を巨大生物に“擬獣化”しています。

金田一

 日曜夜に現れる巻貝会獣“サザエデス”もリフ人が後ろで操っている。日曜でサザエといえば・・・って笑えるし、深刻にならず痛快に聞けるのがいいですね。
 今回、ラジオで特撮の手法を使ったことには驚きました。さきほどおっしゃっていた「空想×想像」のマッチングで、ラジオだからできることだなと感心しました。ラジオは想像力の世界。そこを逆手にとってきたな、と。でも、割とビジュアル化もされていますよね。ポスター等でビジュアルが公開されている。私はそれはない方がいいんじゃないかと思ったけれど。

冨士原

 そこは悩みました。この作品は放送だけでなく、最初からYouTube等で全国への配信を意識していました。地元だけでなく、全国の方に知ってもらいたいし、ラジオに興味がない人がビジュアルイメージから興味を持ってラジオが盛り上がったらいいなと思い、一部ビジュアルを公開しました。

 

金田一

 リフ人は姿が公開されていないですよね。姿が見えないからこそ面白いなと思いました。どんな奴なんだ?と想像が膨らむ。

冨士原

 ビジュアルを全部見せてしまうのは違うと思いました。SNS全盛期で何でも見せてしまう今こそ、想像力を喚起するものを作ったらいいのではと考えました。

金田一

 サラリーマンはどういう動きをしてるのか、言葉での描写も全くありませんよね。

冨士原

 闘いを音だけで表現していいのか葛藤がありましたが、放送が始まると、サラリーマンや会獣が動き回るさまがイメージできたという反響が寄せられました。先達によって数多くの特撮ドラマが作られ、人々にイメージのレールが敷かれているおかげでもあります。ラジオドラマを単にテレビドラマの絵無しバージョンと捉えるのはもったいない。絵がないことを逆手にとって、音だけでどこまで勝負できるか。その点で、特撮ものはいくらでもイメージを膨らませられる。空想を表現する特撮モノと想像を刺激するラジオとの親和性は高いと思います。

 

「働く」とは?

金田一

 ヒーローものといっても強い武器は出てこないし、サラリーマンはただ闘っているだけで、勝ち負けがはっきりしないままいつの間にか終わっちゃう。でも、それがいい。必ず敵を倒せる技なんかがあると、イメージを狭くしちゃってつまらなくなるから。

冨士原

 サラリーマンはそんなに会獣をやっつけてないんです。強くない。サラリーマンの心の変化だけで勝手に話が終わります。

金田一

 リフ人、絶対死なないしね。

冨士原

 全ての働いている人に向けて作ったので、みんなが「ああ、そうそう」と思えるものを入れたいと思いました。働いていて、理不尽を感じない人はいないだろう、と。

金田一

 世の中では誰もが闘っていますよね。だけど誰も解決はしていない。

冨士原

 『半沢直樹』みたいにきれいにやっつけるなんて実際はありえない。

金田一

 そうそう。世の中は簡単にはできていない。日々、みんな闘い続けている。

冨士原

 そもそも人は、食べるため、生きるために共同体を作って働き始めました。でもそのシステムが複雑化しすぎて、生きるための労働が人を生きづらくさせる、という本末転倒が起こっている。『サラリーマン』では「働くのは生きるため。でも働くことが人を生きづらくさせる」ことをテーマにしています。

金田一

 「働く、って一体何なんだ」ってね。エッセンシャルワーカーなど一部の人を除いて、大多数の人は、自分が社会の役に立っている実感はない。

冨士原

 自分の「好き」の欲求に従って働けている人は、たとえ理不尽があっても闘う燃料は持っているとは思いますが。

金田一

 「さっさと会社なんかやめちまえ」と毎回登場するフリーランスのコジローが救いになるのかなと思ったら、彼も世間に飲み込まれている。

冨士原

 コジローもかっこいいニヒルなキャラクターのようでいて、中途半端な部分もある。

金田一

 中途半端さや、解決できない虚しさ。それがこの番組の本質ですね。能天気に見せかけて、実は内容は暗くて深い、というコントラストがいい。特に最終回は悲劇的ですよね。

冨士原

 ロボットサラリーマンが出てきて、新しい労働の幕開けだ!とハッピーエンド風に終わりますが、実は・・・。物語の最後に後味の悪さを残して終わるのがサラリーマンらしいかな、と。きれいさっぱりいかないのがサラリーマンですから。

金田一

 続編の放送が決まりましたよね。『帰りたいサラリーマン』。

冨士原

 働く時の「いってきます」は「働いてきます」ですよね。「ただいま」はどこに帰るのか、面白いテーマだなと思いながら台本を書いています。

 

ラジオで熱を伝える

金田一

 それにしても、ラジオは経済的に厳しい状況の中で、よくこの番組が実現しましたね。

山田

 やっぱりやる気ですね。気持ちと企画力がある人に作らせてあげたい。特にラジオはかなり自由に好きなことができる。作り手が面白がらないと、聴く人も面白くない。それを実現したのが冨士原だと思います。

金田一

 聴いていて、面白がって作っているなと心に響きます。

山田

 すぐにスポンサーを連れてきたり、BiSHや新しい学校のリーダーズなどの楽曲を手掛ける松隈ケンタさんに音楽制作を依頼したり、エレベーター前で社長を待ち構えて出演交渉したりする彼にスタッフも巻き込まれて楽しく作ったと思います。他のメンバーも彼から刺激をもらって「自分たちも頑張ろう」と思ってくれたらいいなと思っています。

冨士原

 アナウンサーの立場で制作する意味もあると考えています。私は小さい頃から好きなものが極端で、アナウンサーのキラキラしたイメージからは程遠い青春時代でした。アナウンサーは表に出る人間なので、地元のリスナーは、私が学生時代に教室の隅っこで夢中になって見ていた特撮ものを『サラリーマン』で実現した、というストーリーを知っています。それを喜んで、応援してくれる。過去の私に似た若い子たちが今の私を見て、自分を否定しないでいてくれたらいいなとも思います。

 

 

金田一

 この番組は作りが凝っていましたね。洛中洛外図屏風のように俯瞰で想像して楽しめる。誰かにアドバイスをもらいながら作ったんですか?

山田

 最初の頃はチェックしていましたが、途中からは彼一人に任せました。私も新作を楽しみにするファンになっていたので、事前に聴きたくない(笑)。ディレクターが最終チェックはしています。

金田一

 人の意見が増えれば増えるほど正解が増えてつまんなくなりますしね。

冨士原

 編集は難しいですし、プレッシャーはありますが、自分の世界観は表現しやすい。ドラマにはそういう要素も必要だと思います。みんながいいね、というものには「色」がなくなってしまう。

金田一

 会社として、それができる雰囲気なんですね。

山田

 ラジオだからできることかもしれませんね。私はラジオの責任者になり、自分がこれまでできなかったこと、反対されたことを反面教師に、若い人から相談されたものは、基本的に全てやらせてあげたいと思っています。

冨士原

 ラジオは好きなものや熱意がダイレクトに反映できるメディアです。でも受け手があってこそ。聴いている人と一緒に作っていく感覚でもいいのかなと考えています。

金田一

 一時期、ラジオは終わりだとも言われていましたが、むしろラジオの可能性が出てきたな、とここ数年感じます。若い表現者たちがラジオで自己表現することが増えていて、面白い時代になっている。

冨士原

 それぞれの番組のファンがいて、それぞれの世界が出来ていく。ラジオはゼネラリストでなくていいと思っています。

金田一

 ラジオは肌ざわりや気配が感じられるメディアですよね。その世界に入って、楽しめる人が楽しめばいい。
 冨士原さんの今後が楽しみですね。『サラリーマン』続編を含め、これからの活躍を期待しています。

 

プロフィール

金田一 秀穂 さん (きんだいち ひでほ)
ラジオ部門審査委員長

冨士原 圭希 さん (ふじはら たまき)
RKB毎日放送 アナウンサー
1998年生まれ。千葉県野田市出身。2020年RKB毎日放送入社。現在の担当番組はテレビ『タダイマ!』ラジオ『カリメン』『冨士原圭希 日曜のウラ』『RKBエキサイトホークス』。趣味は特撮・『男はつらいよ』鑑賞。特技は啖呵売。尊敬する人は古舘伊知郎、安住紳一郎(TBSアナウンサー)、福島暢啓(MBSアナウンサー)ほか。

山田 悦二 さん (やまだ えつじ)
RKB毎日放送 オーディオコンテンツセンター長
1971年生まれ。東京都出身。1994年RKB毎日放送入社、テレビ営業局営業部配属。その後テレビ、ラジオの営業として、東京支社、大阪支社を経て、2020年ラジオ局編成業務部部長、2022年オーディオコンテンツセンター長。ラジオの可能性を広げるための番組制作のみならず、パーソナリティの発掘、起用と若手の企画を積極的に採用。オリジナルのPodcast番組制作の推進と新たな音声コンテンツ配信の研究を進める。