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読む・楽しむ 日本賞企画部門特集
日本賞の企画部門の最優秀賞/放送文化基金賞の受賞者へのインタビューを掲載します。

2020年12月14日

インタビュー

第47回「日本賞」教育コンテンツ国際コンクール【企画部門】 最優秀賞企画

『拒絶の声』 受賞リポート

ローズ・ワングイさん

 NHKが主催する第47回「日本賞」教育コンテンツ国際コンクールの各受賞作品が11月5日、発表・表彰されました。例年、審査と授賞式は東京で行われますが、今年は新型コロナウイルスの世界的な感染拡大の影響で、オンラインでの開催となりました。
 今年の企画部門には、13の国・地域から30企画の応募があり、最終選考に残った5企画の中から、『拒絶の声』(ケニア)が、最優秀企画の放送文化基金賞に選ばれ、賞金10,000ドルとトロフィーが贈られます。

 企画部門は、予算や機材などの条件が十分でないために番組制作が困難な国・地域の放送局や制作プロダクションなどの優秀なテレビ番組企画を表彰し、番組として完成させることを目的としています。

 今回、放送文化基金賞に選ばれた『拒絶の声』は、女性性器切除(FGM)という伝統的慣習の手術を拒否した5人の女性に焦点を当てるドキュメンタリーです。FGMは女性の身体と心の健康に影響を与え、ケニアでは2011年に法律によって禁止されたものの、成人女性への「通過儀礼」や結婚の前提条件として今も数多くのコミュニティで行われています。主人公の女性たちは、社会的に非難され、家族に疎まれながらも、最終的にコミュニティの理解を勝ち取っていきます。このストーリーは、この微妙なテーマを、闘う女性たちの視点に立って描くことで、全ての女性がありのままで生きてよいのだというメッセージを発信します。

 放送文化基金は、後日、『拒絶の声』を企画したNTVのローズ・ワングイさんにオンラインでインタビューを実施し、FGM問題の現状や、なぜ『拒絶の声』の制作を企画したのか、お話を伺いました。

ローズ・ワングイさんへのインタビュー

Q)放送文化基金賞の受賞、おめでとうございます。今年の日本賞開催は困難だと思っていましたが、オンラインでの開催が叶い、ローズさんを支援できることになって大変嬉しく思っています。まずは日本賞に応募しようと思ったきっかけを教えてください。

Rose) ありがとうございます。受賞できて大変光栄に思います。実は日本賞に応募したのは、今回が初めてではありません。最初の応募は2008年でした。確か企画部門には2度応募しましたが、最終選考には残りませんでした。そして今年、書き上げていたこの企画で再チャレンジしたんです。この2年間、ずっとこの企画を実現したいと考えていました。日本賞のFacebookアカウントをフォローして、更新情報もeメールで受信しているのですが、今年の日本賞の締切りは7月だとのメールを受け取ったので、応募しようと決めました。これまで一度も最終選考に残れなかったので、受賞できて本当に嬉しかったです。

Q)例年は最終選考に残ると日本に招待されてプレゼンテーションを行うのですが、今年はオンラインでの開催になりました。いかがでしたか?

Rose) 日本には一度も行ったことがないので、もちろん実際に日本まで飛んでいきたかったです。新型コロナのパンデミックのためにこの状況になったことは理解していますが、次回は日本に行くことができて、すべて落ち着いているよう願っています。

Q)それでは企画について詳しくお聞きしていきたいのですが、まず、ローズさんの経歴について教えてください。なぜテレビ・プロデューサーになったのですか?

Rose) 2000年にインターンとしてNTVでキャリアをスタートさせた際、報道部では、政治、時事、ビジネスの話題をとても重視するのに、開発や社会の問題をまったく扱わないことに気がつきました。このギャップを埋めなければならないと感じ、自分は現場に出て行ってそういう問題を取り上げる仕事をしようと決心しました。そこで、人間として関心を抱く内容に特化し、過酷な環境の地域を頻繁に訪ねて忘れ去られた人々の問題に光を当てています。子供たち、若者、女性、社会的公正に関する話題を扱いますが、一般の人々の反響を呼ぶこともあれば、政府の政策に影響を与えることもあります。こういう仕事をする人がいなかったので、私はこの道でいこうと決めました。

Q)キャリア全体にわたって、さまざまなジェンダー問題を取材していらっしゃいますが、女性性器切除(FGM)に関心を持ったきっかけは何ですか?

Rose) FGMは長年の問題ですが、男性ジャーナリストは女性やジェンダーの問題を取り上げようとしません。この問題は、主流メディアで十分扱われていないと思ったことがきっかけです。FGMは2001年に児童法の一環として禁止されましたが、FGM自体を取り締まる法律はありませんでした。その後、FGMの全容についてメディアで盛んに報道されたことによって、2011年にFGMを禁止する法律が制定されました。法律が存在しても、FGMは今も22のコミュニティで行われており、実施率がほぼ100パーセントの地域もあります。FGMがどういうものなのか医学的な見地から十分理解できるようになると、ジャーナリストとしてこの問題をさらに深く掘り下げ、FGMを実施しているさまざまなコミュニティの現状を伝える必要があると実感しました。メディアが沈黙し続ければ、長年続いているこの時代遅れの文化を一掃することはできません。そこで、苦難を乗り越えた人々、FGMを経験したことのない女性、FGMに関わった男性などの話を聞き、FGMをいろいろな角度で捉えたいと常に考えています。そうすれば社会にインパクトを与え、FGMとはどういうものなのかを社会に知らせることができるのです。

Q)ケニア政府は、2022年までにFGMを撲滅する政策に着手しましたが、昔から続くFGMの慣習を無くすのは簡単にはいかないでしょう。『拒絶の声』は、政府の戦略を成功させるためのどんな一助になりますか?

Rose) FGMは、大昔に始まり深く根付いている文化です。政府は以前、法律を使って逮捕するぞと迫る強引な方法を取っていましたが、その結果、コミュニティはFGMを隠そうとしました。政府は、これは深く根ざした慣習であり、戦略の変更が必要であると認識しました。重要なのは、彼らに話しかけ、なぜこの慣習を排除しなければならないのか理解させることです。『拒絶の声』では、FGMを拒絶した女性達を描きます。彼女たちのほとんどはコミュニティからのけ者にされましたが、今はなんとか受け入れられています。彼女たちの大部分は学校を卒業し、大学に進み、仕事をしています。このドキュメンタリーは、「FGMを行わなくとも、あなたの娘や姉妹は成功できる」ということを他のコミュニティに教えるためのものです。FGMには、神話と誤った認識がたくさんあります。宗教的な行為だと信じている人もいれば、FGMを受けずに結婚や出産はできないと思い込んでいる人もいます。FGMを受けずに生んでしまった子供を殺してしまう事例すらあります。このドキュメンタリーは、そのようなコミュニティの神話と誤った認識を変え、FGMを受けなくても成功している女性たちがいることを他のコミュニティに教えます。話の切り口を変えるのです。今までメディアは、FGMを乗り越えた人の話や少女たちの救済を試みる話を報道はしますが、逆にFGMを受けていない女性たちの話は全く取り上げてきませんでした。今回のドキュメンタリーの主な狙いは、この女性たちが逆境に打ち勝ち、社会で成功を収めていることを伝えることです。

Q)ドキュメンタリーには、さまざまなコミュニティや部族から5人の若い女性が登場しますが、どのように知り合ったのですか?

Rose) 私はFGMについて数多く報道し、さまざまな場所を訪ねました。人づてに情報を得たり、セミナーやワークショップに参加して個人的に出会ったり、コミュニティとのつながりによって会える場合もあります。何人もの女性たちに出会って、これほど説得力のある興味深い経験を持つこの若い女性たちをぜひ取材したいと考えました。この女性たちは、とても勇敢で、困難を跳ね返す力があり、古い慣習に立ち向かう粘り強さも備えています。彼女たちは皆、家父長制社会の出身で、そこでは女性は姿を見せることも意見を言うこともできません。女性は主張してはいけないのです。

Q)彼女たちには、同じ会合や活動ではなく個別に知り合ったわけですね。

Rose) そうです。それぞれ別の機会で出会い、状況もまったく違いました。例えば、ある女性には彼女がまだ16歳だったときに出会いました。2010年の話なので、今は26歳ですね。当時はまだ高校生でしたが、FGMを拒絶した若い女性としてコミュニティではお手本のような存在になっていました。高校を修了し、大学を卒業した後、現在は自身のキャンペーンを立ち上げています。彼女の話は、未成年の頃から成人した今も追いかけています。また、ワークショップで出会った人たちもいます。ソーシャルメディアで積極的に発信している人たちは、FacebookやTwitterに常に意見を投稿しています。中には、ラジオ番組に出演して自分の経験を話す人もいます。

Q)その女性は、もう自分のコミュニティには住んでいないのですか?ナイロビや大都市に住んでいるのですか?

Rose) いいえ、ほとんどの女性は自分のコミュニティに住んでいます。彼女たちの大部分は、大学に通うためにナイロビに来たようですが、卒業して就職したら、自分のコミュニティに戻って啓蒙活動をしています。FGMと闘う地元のNGOと仕事をしている人もいます。中には、有害な慣習と闘う地域密着型の小さな基金を自分で立ち上げた人もいます。

Q)若い女性たちがFGMのことを全く気にしなくてよい社会になるにはどれぐらい時間がかかるでしょうか?

Rose) FGMを拒んだ女性たちは、自分のコミュニティではヒーローとして知られているようですが、外の世界では知られていません。彼女たちが外の世界に紹介されるのは今回が初めてです。今もFGMを行っている他のコミュニティの若い女性たちのお手本になってくれるよう願っています。若い女性の中には、FGMから逃れるために家出しなければならなかった人もいます。このドキュメンタリーは、若い女性たちに、「あなたには権利がある」と教えるための手段です。私たちにはこういう法律があり、政府はあなたを守ってくれる。もし自宅から逃げたいと思ったら、施術が嫌だったら、救済センターがある。そして、あなたにはFGMにノーという権利があると伝えます。FGMにはノーと言えること、施術を受けなくとも女性でいられることを若い女性たちに伝えます。

Q)ドキュメンタリーの放送と政策の計画について教えてください。

Rose) 放送は、来年の5月から6月頃を計画しています。主人公の女性たちはみんなケニアの中でもそれぞれ著しく辺ぴな地域の田舎に住んでいて、移動に10時間以上かかります。さらに、彼女たちはコミュニティを訪ねたり、啓蒙活動を行ったり非常に忙しいので予定も合わせなければなりません。少なくとも12月か1月には撮影の計画を立てるつもりです。おそらく1月末か2月までに撮影を開始することになるでしょう。撮影を終えるのに2か月ほどかかると思います。

Q)シエラレオネでも同様の話を聞いたことがあります。FGMの問題はアフリカの多くの地域だけでなくアジアの国々の一部でも起きています。『拒絶の声』を他の国々でも放送することは考えていますか?

Rose) 今回のドキュメンタリーはケニアに焦点を当てることが重要だと思っています。FGMはシエラレオネやガンビアでも行われていますが、ケニアは、アフリカの中でもFGMを実施するコミュニティが最も多く存在する国です。データを見ると、FGMに関してケニアはどの国よりも多く、非常に幅広い地域で行われています。ケニアには42のコミュニティと部族がありますが、そのうち22のコミュニティで今もFGMが行われているのです。また、FGMは一つ一つのコミュニティ、部族、国ごとにそれぞれFGMに対して特有の価値観を持っています。たとえばイスラム教徒のソマリア族のコミュニティにとって、FGMには宗教的な意味があります。そのようなコミュニティでは、女性は結婚する前に施術を受けなければなりません。それぞれ事情が異なるのです。

Q)ケニアではインターネットでも番組が見られるのですか?

Rose) アフリカの中でも、ケニアはソーシャルメディアが盛んです。最近は、みんなスマートフォンを持っていますから。私たちが取材して特集番組を放送するときは、必ず丸一週間番宣します。「日曜日に必ず見てください。こういう番組をやります。」と。これによって、全国の人々が視聴してくれることもあります。数多くの視聴者を獲得し、ソーシャルメディアでトレンドを得られれば、ケニアの人々は意見を交わすでしょう。また、この方法を使えば、FGMを拒んだ女性たちのことをケニア社会に知ってもらうことができます。アメリカやイギリスなど国外に居住しているケニア人も、私たちの番組をYouTubeで見ることができます。

Q)ありがとうございました。ご健闘をお祈りします。来年こそ東京でお会いできるよう願っています。