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2016年8月31日

子供たちの憧れを形に
~アナウンサー体験教室、8年目の夏~

寄稿

公益財団法人放送番組センター 業務課 齋藤香子

「アナウンサーの仕事」についてのお話

 放送番組センターは、NHKと民放のテレビ・ラジオ番組、CMを収集・保存・公開するアーカイブ施設「放送ライブラリー」を運営している。横浜市にある施設内には、番組視聴フロアの他に体験ができる常設展示があり、小学5年生(社会科の「情報」単元でメディアについて学習する)を中心に年間約1万人の校外学習の子供たちが来館する。「アナウンサー体験教室」は、彼らに放送の仕事に興味を持ってもらおうと2009年に開始した。
 対象は小学4~6年生で、先生はフジテレビとNHKのアナウンサー。生徒18人に対し先生2~3人という、かなり贅沢な少人数制だ。夏休み中に4回開催するが、毎年約300人の応募がある。応募の動機は、「将来アナウンサーになりたい」「ニュースに興味がある」というものから、「放送委員なので参考にしたい」「苦手な音読を克服したい」など様々である。

皆で発声練習

少人数での原稿読み練習

ニューススタジオでいざ本番

 この企画を始めるにあたり、留意したのは「本格的・実践的な体験教室」であること。「アナウンサーごっこ」にはしたくなかった。幸いにも、館内にはカメラやプロンプターを備えたスタジオがある。これを利用し、できるだけ本物に近い雰囲気でニュース番組の体験をする。校外学習の子供たちは、同じ学校の友達ということもあってか、体験中に照れたりふざけたりしてしまうことも多い。一般公募で集まった知らない子同士のほうが、むしろきちんと練習に取り組み本番に挑めるのではと考えた。
 先生も、現役のアナウンサーにお願いする。顔と名前を覚えてもらえるくらい近い距離で、仕事の苦労、工夫、喜びを聞き、普段気を付けている姿勢や発声、原稿読みのコツなど具体的なノウハウを教わりたい。「アナウンサー」という、子供にとってはテレビの中でキラキラと輝く憧れの職業だからこそ、プロの厳しさも楽しさも伝えたい。
 私事だが、5年生の夏休みにある一流の芸術家と接する機会があり、その日を境に大袈裟でなく世界が一変した。結果的にその道に進むことは叶わなかったが、彼らはその後も長いこと私の道標となっていた。同時に、私の中学校は校内暴力で大層荒れており、いわゆる不良や学校生活に無気力な生徒が多かった。憧れの大人が多ければ多いほど子供はグレない。それが当時を思い返しては実感する私の信条で、要は1人でも多く憧れの大人に出会い、直接指導を受け、その時の高揚を思い出すだけで再び歩き出せるような場を作りたかった。

 授業は、まず先生方の自己紹介を兼ねて、出演されている番組を視聴しながら「アナウンサーの仕事」についてお話を聞く。ニュースだけでなく、リポート、インタビュー、実況、司会、ナレーションなど、アナウンサーには様々な仕事がある。また、番組に出演している時間はほんの一部で、下調べや取材など準備に多くの時間を割いていることも知る。
 続く発声練習では、大きな口を開けて声を出す。最初緊張していた子供たちも、声を出すうちに少しずつリラックスしてくる。その後、キャスター、スポーツ、天気予報の三役に分かれ原稿読みの練習に移る。どの原稿を読みたいかは、子供自身に選んでもらっている。それぞれの役ごとに先生がつき、最大6人の小グループでじっくり練習する。読み方だけでなく、「天気予報は誰もが関心を持っている。今日の天気や気温の部分は少し落ち着いて」「明るいニュースだから笑顔も忘れずに」等、具体的な指導が入る。
 そしてスタジオに移動し、いざ本番。途中でつかえても最後まで原稿を読み切ろうとする子、プロンプターが見づらいと判断するや瞬時に手元の原稿に切り替える子。短い時間の中でも、緊張を乗り越えて何かをやり遂げたという成長が見られる瞬間である。
 しかし「アナウンサー体験教室」の最大の特徴は、この後だろう。皆で体験の録画を見ながら講評をもらうのだ。アナウンサーが一人一人の名前を呼び、「テンポの良い読み方が、とてもスポーツ向きでした」「練習の時よりずっと声が出ていたね」…等、それぞれの個性や練習時の様子、本番の様子を踏まえて、的確な言葉で誉めたり励ましたりしてくれる。自分だけに向けられるアドバイスを真剣に聞いている子供たちを見ながら、私にとっての“あの夏の1日”のようにはいかなくても、今日がこの先の彼らの小さな財産になってくれたらと毎回切に思う。

 今年で8年目を迎えたこの体験教室は、今までに500人以上が受講した。第1回目の参加者たちは、そろそろ大学生になる頃だ。あと数年したら、見覚えのある名前の新人アナウンサーが登場するかもしれないと、少しわくわくしている。

・人文社会・文化 助成
昭和50年度〜平成27年度 公益財団法人 放送番組センター  専務理事 松舘 晃