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HOME読む・楽しむ「おばあちゃんの台所」のふるさと岡山を訪ねて  堀川 とんこう

読む・楽しむ 放送文化基金賞特集
放送文化基金賞の受賞者へのインタビュー、対談、寄稿文などを掲載します。

2015年10月19日
第41回放送文化基金賞

ルポ

テレビエンターテインメント番組 [奨励賞]

「おばあちゃんの台所」のふるさと岡山を訪ねて

堀川 とんこう

画:浅井批文アナウンサー

 今年のエンターテインメント番組で奨励賞に輝いた「おばあちゃんの台所」のロケ現場、そして番組を制作したテレビせとうちの遠藤美穂プロデューサー、浅井批文アナウンサーを堀川とんこうテレビエンターテインメント番組審査委員長が岡山にたずねた。

堀川 とんこう
(ほりかわ とんこう)
テレビエンターテインメント番組
審査委員長

遠藤 美穂さん
(えんどう みほ)

テレビせとうち事業局部長・
プロデューサー

浅井 批文さん
(あさい ひふみ)

テレビせとうちアナウンサー

吉備の郷 ばあちゃんの味 夏野菜

 岡山に取材に行くことになった。エンターテインメント部門としては異例のことだ。ラジオ部門では金田一先生が毎年のように地方へ取材に出かけていらっしゃるが、エンタメとしては初めてだ。この部門ではなかなか地方局が受賞する機会がないからである。
 個人的には岡山とは縁が薄くて、これまでに倉敷を一度訪ねたことがあるだけだ。また、別の機会に岡山で伯備線に乗り換え、まっすぐに中国山脈に入って日南町というところを取材で訪ねたことがある。松本清張さんの父親の出身地で山深い静かな町だったが、ここは岡山を突き抜けて鳥取県だから、岡山は通過しただけだった。

 東京では猛暑が続いていた7月下旬、岡山空港からいきなり「おばあちゃんの台所」のロケ現場へ向かった。折角行くなら撮影の現場を見せてもらうのが楽しいだろうと、迷惑を顧みず撮影のスケジュールに合わせて乗り込むことになった。場所は、岡山市の南部だろうか、吉井川沿いの静かな住宅地。タクシーは一軒のお宅の前にぴたりと着いた。話はそれるが、このタクシーの会社はドライバーが全員女性だと聞いて驚く。が、全員女性といえば、この番組も四人の女性チームで始まった。

 撮影はもう始まっていて、狭いリビングは人で溢れていた。スタッフとキャストが肩をぶつけ合うようにして動き回る様子は、私には実はなじみの風景だ。ロケセットのなかはドラマも同じ騒ぎだ。今日の富美子おばあちゃんの料理は“ミルフィーユカツ”だという。おばあちゃんらしくないお料理だが、これが得意だからこれを作りたいと、富美子さんは譲らなかったらしい。おばあちゃんは案外頑固。アナウンサーの浅井さんと富美子さんとが豚肉の薄切りをくるくると巻いている。カメラ位置が変わるとプロデューサーの遠藤さんがスチール・カメラを構えて巻いた豚肉を接写し始める。豚肉を並べ直したり皿の角度を変えたりしている。浅井アナが部屋の一角の余計な小物をテーブルクロスで隠している。普通は装飾係の人がやる仕事だ。見ると皆が一人何役もやっていることに気付く。カメラは二台あるがカメラマンは一人、照明スタンドをセットしているのもカメラマンだ。それぞれが忙しく動いている。手作り感が強い現場。主役のおばあちゃんが何かスタッフに指示、皆が笑う。誰かがおばあちゃんに注文をつける。すかさず「そんなにギャラ貰ってねえ」とおばあちゃん。今日のおばあちゃんは口が滑らか。遠藤プロデューサーとおばあちゃんは出演交渉で始まったお付き合いだそうだが、もうすっかり仲良し。浅井アナもお年寄りの懐にスルリと入り込むコツを心得てる感じだ。女性スタッフであることの強みである。審査委員会で票を集めたこの番組の「優しさ、ぬくもり、ほっこり感」は、こういう現場ならではのものだろう。

夏雲や ばあちゃんが笑う 台所

 翌日は、眺めのいい山陽新聞社の会議室で遠藤プロデューサーと浅井アナへのインタビューである。前日にロケにお邪魔し、さらに夜は瀬戸内のおいしい海の幸をご馳走になって歓談は十二分に済んでいるので、この日はいきなり本題に入る。

「この企画は、会社の企画募集の呼びかけに応募して、選ばれたものだそうですね」

「番組の企画としてはこれ一本が入選で、入選したのはいいんですが、
企画したお前が自分で作れっていわれまして」

「乱暴な話だけれど面白い。あなたは営業推進部の人だった。それで、どうしました?」

「自信がないからといって断りました。でも好きな人間を集めてもいいからやれ、と。
それで女性四人でチームを作り、知恵を出し合って何とかスタートを。だから素人なんですよ」

「九十本も作ればもう立派なプロです」

 番組は三年目に入った。一番の苦労は何かを聞いた。大変なのはおばあちゃん探しだという。推薦もあるが三人に二人は断られる。台所を見せたくない、というのがある。そういうものかと思う。確かに人に見せたいほどきれいな台所は少ない。おじいちゃんが「やっちもねえこと、やめろ」と反対するケースもある。おばあちゃんと呼ばれるのがイヤだ、という人もいる。番組では七十才以上と決めているが、今の七十才は若い。浅井アナからおばあちゃんと呼ばれることに抵抗があるらしい。仕方なく名前で呼ぶことにしたケースが二件あった。

 〈テレビに出たいおばあちゃんばかりではない〉のだ。
 テレビに出たい人ばかりを見慣れている目には、これがとても新鮮に映る。受賞作のおばあちゃんの一人がそうだった。
 「もう、いいだろ? もういいよ」と早く画面から出ていきたい風情だ(選考委員に大いにウケたシーンだ)。そういう時の無理をしない浅井アナもいい。無理におばあちゃんを面白い人に仕立てようとせず、おばあちゃんの個性が出るように距離を置いているのが、番組の〈ほのぼの感〉を作り出している。一人一人のおばあちゃんの個性を番組の色で塗りつぶさずに、ゆるやかに浮き立たせている。おばあちゃんの人柄、過ごしてきた人生に思いがいく。この番組が、おばあちゃんの手料理のレシピを伝えるだけでなく、いわば人間ドキュメントになっているのは、そうした味わいのせいであろう。

名園はいま夏 ばあちゃんは みな元気

 番組は三年目に入ってマンネリ化をいわれることがあるという。会社からはリフレッシュすることを求められたが、プロデューサーとしては折角定着したフォーマットを変える気になれない。番組の知名度は上がり、放送外のイベントやタイアップなどの広がりもできつつある。「おばあちゃんの台所」バス・ツアー、ショッピングモールの中にできた「おばあちゃんの台所」ストア、他の放送局への番組販売、出版。この出版では、すでに立派な料理本が二冊出ている。たくさんの写真を使ったきれいな本だが、この写真、主に遠藤プロデューサーと浅井アナが撮ったものだそうだ。そうか、撮影現場でしきりにシャッターを切っていたが、出版のためだったのかと合点がいく。それにしても第一回から出版をにらんで写真を撮りためていたとは、女性四人組のなんというしたたかさ。

 見せてもらった撮影では、ナターシャというブラジル出身の女性が浅井アナのアシスタントとして出ていた。岡山弁ぺらぺらの陽気な女性である。遠藤プロデューサーのテコ入れ策の一つだが、まだ彼女の役割が定まっていない印象だ。
 地域企業の協力もあって、いろいろとおもしろい展開があるものの番組の収支はなかなか黒字にならないらしく、社内での番組の評価は必ずしも高くないのが現実だという。放送時間のランクも少しずつ下がった。そんな折の今回の受賞だった。賞は大きな励ましになり、危ぶまれた番組の行く末にもひと筋の光が差した。辛抱強く提供スポンサーになってくれている会社が受賞のお祝い会をやってくれた。社長賞も出た。
 遠藤プロデューサーは社長賞の賞金をスタッフ全員で分けることにし、一人一人にメッセージを付けて渡したという。普通は飲み会などをやるのだが、スタッフは別シフトで動いているから、なかなか揃わない。浅井アナは、遠藤プロデューサーの配慮をスタッフがいかに喜んだかを興奮気味に語った。

 偶然ネットで面白い動画を見つけた。インタビューでもこの動画の話は出なかったけれど、別に秘密にしているわけではないだろう。おばあちゃんたちがAKB48の「恋するフォーチュンクッキー」を踊るという動画なのだ。遠藤プロデューサーがカメラの前でカチンコを打って始まり、おばあちゃんが踊る、踊る。次から次とおばあちゃんが出てきて踊る。振付もなかなか、リズムにも乗っている。画面に年齢が出る。最高齢92歳。浅井さんは勿論、カメラマンも音声さんも踊っている。約40カット、とにかく楽しいビデオで、YouTubeの閲覧回数は3千8百回だ。この映像をいつ、どこで撮ったのだろうと気になる。現場ごとに撮りためたものか。余裕だなあ!と舌を巻いた。番宣のためのビデオだと思われるが、遠藤部長もオモシロイことやるなあ。
(Youtube動画:https://www.youtube.com/watch?v=D79wFDyK59Y

 今回の訪問、「テレビせとうち」の皆さん、スタッフや役員の方々から温かい歓迎を受けた。心から感謝を申し上げたい。
 「おばあちゃんの台所」は、十五分のかわいい番組だが、プロデューサー以下の皆さんが懸命に育ててきた番組、小さいながら堂々たる存在感を示す番組のように感じた。番組に掛ける皆さんの濃やかな愛情の成果だとしみじみ思った。

発売:イースト・プレス

番組内で紹介した料理をまとめたレシピ本。レシピはもちろん、おばあちゃんたちの知恵や元気の秘訣を盛り込んだ1冊。
岡山県、香川県情報ページも充実している。
2014年「グルマン世界料理本大賞」グランプリを獲得。

プロフィール

遠藤 美穂 さん (えんどう みほ)
テレビせとうち事業局部長・プロデューサー
岡山県出身。岡山大学卒業後、テレビせとうち入社。
報道制作局報道部・四国支社報道部・総務局経理部・営業局営業推進部を経て、テレビせとうち初の女性の部長となる。2011年2月~おばあちゃんの台所プロデューサー兼務。「おばあちゃんの台所」は平成27年日本民間放送連盟賞 特別表彰部門「放送と公共性」優秀賞も受賞。2人の男子高校生の母でもある。

浅井 批文 さん (あさい ひふみ)
テレビせとうちアナウンサー
兵庫県出身。神戸女学院大学卒業後、テレビせとうちに入社。報道制作局報道制作部で「どようDEど~よ」「TSCnews5金曜版」「TSCニュース」「みらいリンリンおかやま」などの番組を担当。「おばあちゃんの台所」はプロジェクトメンバーの一員として企画から関わり、番組にもアシスタントとして出演。おばあちゃんの似顔絵をすべて描いている。